第47話:孤独な冒険者の休日
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朝日が窓から差し込み、宿屋の部屋を柔らかく照らす。ヴェリディアでの生活も一週間が過ぎ、今日は待ちに待った初めての休養日だ。冒険者としての日々は刺激的で充実していたが、やはり身体を休める時間は必要不可欠だった。
クゼルファは、今日は私用があるとのことで、俺は一人で行動することにした。エラルの見舞いか、あるいは彼女自身の用事か。いずれにせよ、彼女にもプライベートな時間は必要だろう。四六時中、俺の世話を焼かせるわけにもいかない。
昨日の魔牙の蝕蔓の一件は、その日のうちに、ギルドに報告しておいた。ギルド側は、遭遇した場所と状況について詳しく聞き取りを行い、すぐに調査依頼を出すとのことだった。俺たちが受けていた影鼠の討伐クエストは、結果的に放置して帰ってきたことになるが、人命救助という緊急事態であったため、幸いにもお咎めはなかった。
さて、今日一日をどう過ごそうか。休養日といっても、この街で特にやりたいことがあるわけでもない。考えてみれば、この街に来てから、クゼルファ以外とまともに話したのは、ギルドのキアラくらいのものだ。改めて気づけば、俺は結構なロンリー冒険者である。まあ、いいか。地球連邦にいた頃も、研究に没頭している時は、周囲との交流を深めることはほとんどなかったし、宇宙商人時代でも船内には俺とアイしかいなかったしな。それが、この異世界でも続いているってだけのことだ。
《マスター。休養も重要ですが、この機会にヴェリディアの市場調査を行ってはいかがでしょうか。今後の活動における物資調達の効率化、及び経済基盤の安定に繋がります》
脳内に、相棒の冷静な声が響く。休日まで仕事の提案とは、さすが俺のAIだ。
「そうだな。じゃあ、街をぶらついてみるか」
俺は頷き、身支度を整えて部屋を出た。
◇
一人で歩くヴェリディアの街は、クゼルファといる時とはまた違った顔を見せた。大通りから一本外れた路地裏に入ると、そこは生活の匂いで満ちていた。軒先で洗濯物を干す女性、石畳でコマを回して遊ぶ子供たち、日向で昼寝をする猫の獣人。そのどれもが、この街が確かに人々の暮らしの場であることを物語っている。
俺はまず、商人や職人が集まるという東地区へと足を向けた。そこには、多種多様な専門店が軒を連ねていた。
「ほう、これは……」
俺の目に留まったのは、一軒の魔道具店だ。店先には、淡い光を放つランタンや、風もないのにひとりでに回る小さな風車、触れるとひんやりと冷たい石などが並べられている。
俺は、店先に並べられたランタンの一つを、興味深く手に取った。金属製の筐体は、見た目よりもずっと軽い。手のひらに乗せると、じんわりと、しかし確かな温もりが伝わってくる。中に入っている魔石が、まるで生きているかのように、穏やかな光を放っていた。
「ご主人、これは面白いな。どういう仕組みなんだ?」
俺が声をかけると、店の奥から、人の良さそうな髭面の店主が顔を出した。
「へっへっへ。お客さん、目が高いねぇ。そいつは魔石ランタンさ。……もしかして、どこか遠い所から来たのかい?この辺りで魔石を知らねぇヤツなんて、赤ん坊くらいのもんだぜ?まあ、仕組みも何も、ドワーフの連中が山から掘り出したこの魔石に、俺らがこうしてガワを付けてるだけだよ。何で光るかなんて、そりゃ神様くらいしか知らねぇだろうが、光るもんは光るのさ」
店主は、悪びれもせず豪快に笑う。なるほど、この世界の人間にとって、これはそういうものとして、完全に日常に溶け込んでいるらしい。科学的な探求など、野暮の骨頂というわけか。
《マスター。そのランタンの魔石から放出される光の波長は、地球のLED照明に酷似しています。しかし、エネルギー変換効率はこちらの方が遥かに高い。魔素を直接、光子に変換しているようです》
〈面白いな。動力源も配線もなしに、半永久的に光り続ける照明か。うちの船の予備電源より、よほど優秀かもしれん〉
俺は手の中のランタンを眺めながら、思考を巡らせた。
〈なあ、アイ。この技術、アルカディア号に応用できないか?魔素リアクターと直結させれば、船全体のエネルギー効率を大幅に改善できるかもしれない〉
《理論上は可能です。しかし、そのためには魔石が魔素を光子へ直接変換するメカニズムを完全に解明する必要があります。現時点でのデータでは、解析は困難です。現物を入手し、詳細な分析を行うことが最も効率的なアプローチかと》
〈研究用のサンプル、か。確かに、この技術を解析できれば、アルカディア号の修復と機能向上に大きく貢献するだろうな。よし、一つ買っていくか。未来への投資だと思えば、安いもんだ〉
「ご主人、すまないが、このランタンを一つもらおうか」
俺が声をかけると、先ほどの店主が「へい、毎度あり!」と威勢のいい声を上げて奥から出てきた。
「こいつは銀貨3枚だよ。ちいとばかし高いが、夜道も安心ってもんだ」
「ああ、問題ない。じゃあ、これで頼む」
俺は懐からギルドカードを取り出し、店主に渡す。店主は慣れた手つきでカードをカウンターの水晶板にかざした。チリン♪、と軽快な電子音が鳴り、支払いが完了する。
「確かに。じゃ、兄ちゃん、達者でな」
店主からランタンを受け取った俺は、その不思議な温もりと光を改めて感じながら、店を後にした。
隣の鍛冶屋からは、カン、カン、とリズミカルな槌音が聞こえてくる。覗き込むと、屈強な男たちが真っ赤に焼けた鉄を叩き、剣や鎧を形作っていた。その光景は原始的だが、彼らの作る武具には、魔力を帯びた鉱石が巧みに組み込まれている。魔法と物理法則が、奇妙な形で融合したテクノロジー。この世界の技術体系は、本当に興味が尽きない。
昼時になり、俺は適当な酒場に入った。ギルドに併設された食堂とは違い、ここは地元の職人や商人たちが集う、より庶民的な場所のようだ。木のカウンターに腰掛け、エールらしきものと、日替わりの煮込み料理を注文する。
運ばれてきたエールは、地球のものより少し甘みが強く、フルーティーな香りがした。ただ、いかんせん、ぬるい。キンキンに冷えたビールに慣れ親しんだ身からすれば、この生ぬるさは、正直少し物足りなかった。煮込みは、昨日『古木の憩い』で食べたものとはまた違う、素朴で家庭的な味わいだ。
《マスター。このエールの主成分は、ホビット麦と、地球のホップに類似した植物です。発酵プロセスに、特定の魔素を帯びた酵母が使われている可能性が示唆されます。これが、特有の風味を生み出しているのでしょう》
〈なるほどな。つまり、魔法のビールってわけか〉
俺は一人、カウンターで食事をしながら、周囲の客たちの会話に耳を傾ける。「最近、南の森でフォレスト・インプの目撃情報が増えた」だの、「王都から新しい税の徴収官が来るらしい」だの、「隣の店の娘さんが、騎士団の誰々といい仲だ」とか。他愛もない噂話や世間話。だが、その一つ一つが、この世界の「日常」を構成する、貴重な情報だった。
それは、孤独ではあるが、決して孤立ではない。かつて研究室やアルカディア号の船内で感じていた、世界から切り離されたような孤独とは、明らかに質が違った。俺は、確かにこの世界の息遣いの中にいる。その事実が、不思議と心地よかった。
食事を終え、酒場を出る。午後は、街の南側にあるという、古い書物を集めた知識院と呼ばれる場所へ行ってみることにした。
知識院は、静かな地区にひっそりと佇んでいた。石造りの重厚な建物で、中に入ると、古い紙とインクの匂いが鼻をつく。利用者は少なく、数人の老人が、黙々と分厚い書物を読みふけっていた。
俺は、このヴェリディアの歴史や地理に関する書物を探し、閲覧を申し出た。神経同期学習システムで言語は習得したが、この世界の独特な筆記体を読むのは骨が折れる。アイに文字をスキャンさせ、リアルタイムで翻訳してもらいながら、ページをめくっていく。
〈アイ、まずはこの街、ヴェリディアの成り立ちから調べてくれ。それと、この辺りはどこかの国に属しているのかもな。〉
《了解しました。……地理・歴史書のセクションに『辺境伯領ヴェリディアの歩み』及び『フォルトゥナ建国記』という書物が存在します。内容をスキャン、要約します》
アイが瞬時に情報を整理し、俺の脳内に送り込んでくる。その書物によれば、このヴェリディアは「フォルトゥナ王国」という広大な国に属する、辺境伯が治める領地だという。そして、その王国は約五百年前に、大陸を覆っていた「大災厄」と呼ばれる混乱の時代を終わらせた五人の英雄によって建国されたそうだ。
〈フォルトゥナ王国……。やはり、国はあったか。五人の英雄、ね。一人が初代国王になり、残りの四人が公爵家になった、というわけか〉
《その通りです、マスター。初代国王がフォルトゥナ家。そして、四公爵家はそれぞれ東西南北の要衝を守護する役目を担ったと記されています。そのうちの南の公爵家として名を連ねているのが、ゼラフィム家。クゼルファの家名と一致します》
なるほど。クゼルファが「公爵令嬢」と呼ばれていた理由が、これで明確になった。この国の根幹を成す、建国の英雄の末裔。彼女が背負っているものの重さを、改めて実感する。
〈大災厄、ね。その正体は?〉
《記述は曖昧です。天変地異、悪しき魔獣の氾濫、そして「神々の怒り」といった、神話的な表現に留まっています。しかし、地質データと照合すると、この時期に惑星規模での大規模な地殻変動と、魔素の異常な乱れが観測された時期と一致します。単なる神話ではない可能性が高いです》
俺は別の書物に手を伸ばす。「神々の遺物」についての記述だ。そこには、古代の神々が残したとされる、現代の技術では再現不可能なアーティファクトの数々が、挿絵と共に描かれていた。その中には、ギルドカードのシステムに酷似したものや、俺が魔道具店で見たランタンの原型のようなものまであった。
〈アイ。これらの記述と、俺たちが観測したデータを照合してくれ。神話の中に、真実の断片が隠されている可能性は十分にありそうだ〉
《了解しました、マスター。照合を開始します》
こうして俺は、アイの助けを借りながら、この世界の成り立ちに関する貴重な情報を、夢中で読み解いていった。
知識院から出ると、すっかり夕暮れになっていた。夢中で書物を読み進めているうちに、時間の感覚を忘れていたようだ。
宿屋への帰り道、俺は広場を通りかかった。そこでは、子供たちが、光るボールのようなもので遊んでいる。ボールは、誰かが投げると、意思を持っているかのように軌道を変え、相手の手元へと吸い込まれていく。
「あれも、魔道具か」
子供たちの屈託のない笑い声を聞きながら、俺はふと、自分がこの光景を、ただの分析対象としてではなく、純粋に「微笑ましい」と感じていることに気づいた。
不時着した当初は、生き延びることで頭がいっぱいだった。だが、今は違う。この世界の謎を解き明かしたい。この街の人々の暮らしを、もっと知りたい。そんな、純粋な探究心が、俺の心を占めている。
宿屋に戻り、部屋の窓からヴェリディアの夜景を眺める。家々の窓から漏れる温かい光が、まるで星々のように瞬いていた。
〈なあ、アイ。俺は、この星が少し、好きになったのかもしれないな〉
俺のらしくない呟きに、アイは少しの間を置いて、こう答えた。
《肯定します、マスター。その感情は、今後の我々の活動において、極めて重要なモチベーションとなるでしょう。……私も、この惑星のデータ収集は、非常に楽しいです》
その声は、いつもと同じく淡々としていたが、ほんの少しだけ、温かい響きを帯びているように、俺には感じられた。
孤独な冒険者の休日は、静かに、しかし、確かな充実感と共に、暮れていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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