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第46話:森の奇跡と理の代償

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

早いもので、ヴェリディアの街に来てから一週間が過ぎた。この惑星の空気を吸い、人々との交流を重ねるたび、ここが単なるデータ上のシミュレーションなどではなく、生命が息づく現実であることを深く実感する。


朝、宿を出た俺は、クゼルファが待つ冒険者ギルドへと向かう。今日も今日とて、ギルドで依頼の受注だ。クゼルファと話し合った結果、俺たちの活動ペースは、五日活動して二日休むというサイクルにすることにした。多くの冒険者はそこまで詰めて依頼を受けないようだが、これには俺の個人的な目的も含まれている。この惑星の生態系、文化、そして魔素の流動といった様々な情報を効率的に収集するため、そして何より、いずれ商人として活動の基盤となる金銭的な余裕を持つためだ。おかげで、これまで熟した依頼ではそれなりに儲けることができたし、宿代もきっちり俺が払っている。ドヤるほどでもないが……。


ギルドの扉を開くと、中からは既に熱気を帯びた喧騒が押し寄せてきた。壁一面に広がる依頼板の前には、早朝から獲物を探す冒険者たちが群がり、その隣では、大声で武勇伝を語る者がいれば、黙々と酒を飲む者もいる。


俺たちはキアラがいる受付カウンターへと向かった。キアラは俺たちの姿を認めると、忙しい中でもいつものにこやかな笑顔で迎えてくれた。


「カガヤさん、クゼルファ、おはようございます! 今日は?」


キアラの問いに、クゼルファが元気よく答える。


「キアラ、今日も討伐依頼をお願い」


「はいはい、わかったわよ、クゼルファ。今朝は大きな討伐依頼は出てないけど、最近報告が増えている魔獣の討伐依頼があるわ。数は多いけど、比較的安全なものよ」


キアラがそう言って差し出した依頼書には、影鼠(シャドウマウス)の討伐が記されていた。危険度は低いが、数が多い。冒険者としての経験値と、何よりこの惑星の生態を学ぶには最適な依頼だ。


「これにしよう」


俺は迷わずその依頼を選ぶ。キアラも、俺の返事に納得したように頷いた。


こうして、俺たちは新たな討伐依頼を受注し、ギルドを後にした。



依頼場所は、ヴェリディアの街から半日ほどの距離にある「緑の淵の森」と呼ばれる場所だった。比較的安全な森とは聞いているが、魔獣の生息域であることには変わりない。俺たちは森への道を歩き始めた。足元には落ち葉が敷き詰められ、時折、小鳥のさえずりが響き渡る。道中、クゼルファは周辺の植物や魔獣の痕跡について熱心に解説してくれた。彼女の知識は、この惑星の理解を深める上で非常に役立つ。


森の奥深くへと進んでいくと、突然、遠くから怒鳴り声と悲鳴が聞こえてきた。複数の声が入り混じり、ただ事ではない雰囲気を醸し出している。


「カガヤ様、あれは……他の冒険者パーティーの声でしょうか? 何か異変があったようです!」


クゼルファが剣の柄に手をやり、警戒態勢に入る。俺もまた、周辺の様子を探ろうと意識を集中させた。


《マスター。不穏な魔素の揺らぎが感じられます》


「ああ、向こうで何かあったようだ。行ってみよう」


俺とクゼルファは、声を頼りにそちらへと向かう。茂みをかき分け、開けた場所に出ると、目の前には、三人の冒険者が、一人の男を囲んで狼狽している姿があった。男は地面に倒れ込み、顔色は見る間に土気色になり、呼吸も浅い。腕には、おぞましいほどに赤黒く腫れ上がった咬み跡が、まるで蔓が絡みついたように浮かび上がっている。他のメンバーが必死に介抱しているが、どうすることもできないようだ。


「どうした?」


俺は声をかけ、近づいた。


俺たちに気づいた冒険者の一人が、藁にもすがる思いでこちらを振り返った。


「た、助けてくれ! 仲間が、魔牙の蝕蔓(デーモンファング)にやられたんだ! 解毒薬も効かない、もう…!」


男の声は絶望に震えていた。


魔牙の蝕蔓(デーモンファング)? 聞き慣れない名前だが、状況からして相当な猛毒を持つ魔獣らしい。


魔牙の蝕蔓(デーモンファング)、それはどんなヤツだ?」


俺は、鋭い声で問う。冒険者の一人が、必死に答えた。


「牙のついた蔓の化け物だ!こいつの毒は普通の解毒薬じゃ無理なんだ!見てくれ、ベルの腕が、もう…!」


冒険者の説明を聞きながら、俺は脳内のアイに指示を出した。


〈アイ。今の情報を照合しろ〉


一瞬の沈黙の後、アイからの情報が脳内に直接響いた。


《マスター。それは、データベースにある、識別コード:シュラウド・ヴァインと酷似していると思われます。猛毒性神経毒と細胞壊死毒の複合毒です。通常の医療では治療は極めて困難です》


シュラウド・ヴァインか。魔牙の蝕蔓(デーモンファング)の毒が、それほど強力なものとは……。


〈アイ、この毒の解毒薬は作れるか?〉


俺は間髪入れずにアイに尋ねた。


《現在地での精製は不可能です。しかし、アルカディア号の医療モジュールであれば、毒素の分析から最適な解毒薬の生成まで可能です》


アイの返答に、俺は一瞬、眉をひそめた。アルカディア号……。この場で生成できないのは当然として、ここから遠く離れたアルカディア号で生成した薬を、どうやってこの場に持ってくる?


《マスター。量子転送システムを利用すれば、生成した後に、ここに転送することは可能です》


〈待て、アイ。量子転送システムはまだ修復が終わってないんじゃないのか?アルカディア号までの距離は、確か200キロ近くあったはずだ。そんな長距離の転送が、今の状態で本当に可能なのか? 下手をすれば、転送物が消失するだけじゃ済まないぞ〉


《マスターの懸念は論理的です。確かに、大型の物体や生命体といった複雑な構造を持つ対象の転送は、現在のシステムでは不可能ですが、転送対象を小質量の液体、この場合は解毒薬のバイアル1本に限定し、魔素リアクターのエネルギーを一時的に量子転送システムに集中させれば、転送は理論上可能です。単純な分子構造である解毒薬のデータ欠損率は0.01%未満と算出されます》


〈エネルギーコストはどれくらいだ?〉


《魔素リアクターの現行チャージ量の約68%を消費します。実行後、システムの再充電には数時間を要し、その間、我々の防御能力は著しく低下します》


アイの冷静な分析が、その行為のリスクと代償を明確に突きつけてくる。高い代償だ。商人として考えれば、見ず知らずの冒険者のために、自らを危険に晒すほどのエネルギーを消費するのは、割に合わない。採算度外視の愚行だ。だが……。


俺は目の前で苦しむ冒険者に視線を落とした。顔色はますます悪くなり、呼吸も途切れがちだ。アカデミーにいた頃、目の前で救えたはずの可能性を、規則や建前に縛られて見過ごした苦い記憶が蘇る。


〈……くそっ〉


「誰か! 誰か助けてくれ! このままじゃ……!」


「ベル! しっかりしろ、ベル!」


仲間たちの悲痛な叫びが、俺の決心を固めさせた。


〈よし、やってくれ、アイ!〉


《承知いたしました。精製を開始します》


アイは、即座に作業に取り掛かった。周りの冒険者たちは、今にも息絶えそうな仲間を前に、ただ狼狽するばかりだ。クゼルファもまた、俺の様子を窺いながら、苦しげに顔を歪めていた。


「カガヤ様……何とかならないのですか!? このままでは……」


彼女の切羽詰まった声に、俺は何も答えず、ただ静かにアイからの連絡を待った。数秒が、まるで永遠のように長く感じられる。その時、脳内にアイの声が響いた。


《精製できました、マスター》


「さすが早いな、アイ。じゃあ、すぐに転送してくれ」


俺は思わず地球連邦の公用語を声に出してしまった。他の冒険者たちには、俺が誰に話しているのか分からなかっただろう。


《転送します》


アイの声と共に、俺の右手のひらに、空間が揺らめくような微かな揺らぎが生まれた。それは、まるで透明な水面に波紋が広がるようであり、同時に、無数の微細な光の粒子が瞬くような現象だった。その光の揺らめきが収束すると、そこには掌に収まるほどの小さなガラス瓶が、静かに現れた。内部には、淡い緑色の液体が揺れている。


「なっ……!?」


目の前で見ていた冒険者たちは、その不可解な現象に言葉を失い、驚愕の声を上げた。詠唱も、魔法陣もない。ただ、虚空から物質が出現した。彼らの常識では、到底理解できない奇跡。クゼルファもまた、息を呑み、俺の手に現れた瓶を呆然と見つめている。


俺は彼らの驚きに構うことなく、無言でその瓶をベルの隣で介抱していた冒険者へと差し出した。


「これは解毒薬だ。飲ませてやってくれ」


冒険者たちは一瞬、その奇妙な瓶を受け取ることを躊躇した。しかし、目の前の仲間の命が消えかかっている現実と、俺のただならぬ雰囲気に、彼らは有無を言わさず瓶を受け取った。


「大、大丈夫か? これを飲め、ベル! 解毒薬だ!」


彼は震える手で瓶の蓋を開け、倒れているベルの口元へと運んだ。緑色の液体が、ベルの喉を通り過ぎていく。


すると、どうだ。みるみるうちに、ベルの顔色が良くなっていった。土気色だった肌に血の気が戻り、浅く苦しそうだった呼吸も、徐々に落ち着きを取り戻していく。数秒前まで死の淵に立っていた男が、生気を取り戻していくその光景は、まさに奇跡としか言いようがなかった。


「お、おい! ベルが……!」


「顔色が良いぞ! 解毒薬が効いてるのか!?」


冒険者たちは、その劇的な回復に歓声を上げ、安堵の表情を浮かべた。誰もが、今起こったことが信じられないといった様子で、俺と、そして回復していくベルを交互に見つめている。やがて、ベルがゆっくりと目を開けた。まだ意識は朦朧としているようだが、その瞳には確かに光が宿っている。彼を抱き起こした仲間が、安堵と喜びの涙を流しながら、俺に深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……! あなたは、命の恩人です! この恩は、決して忘れません!」


彼らの言葉に、俺は首を横に振った。


「気にするな。間に合ってよかった」


その様子を見ていたクゼルファは、俺の背後で息を呑んでいた。彼女の瞳は、まるで奇跡を目撃したかのように輝き、その表情は畏敬の念に満ちている。


「カガヤ様……やはり、あなたは神の御使い……!」


クゼルファのその呟きが、周りの冒険者たちにも聞こえたのか、彼らもまた、改めて俺を見る目に畏怖と崇拝の念が宿り始めていた。そのクゼルファの様子を見て、俺は内心、困惑した。ちょっとやり過ぎたかもしれないな。この惑星の人間を救うことは、俺の倫理観に反しない。だが、その手段が、この世界の常識から逸脱しすぎると、無用な誤解や波紋を広げかねない。


〈アイ。今後、こういった状況で技術を使う際は、もう少し、目立たないように調整できないか?〉


《検討いたします、マスター。しかし、緊急性を鑑みれば、今回は最善の選択であったと判断されます。……それと、ご報告が。量子転送システムの使用により、アルカディア号のメインリアクターのエネルギー残量は32%。船体防御シールドは最低レベルまで低下しました。現在、我々はほぼ無防備な状態です》


アイの冷静な報告は、俺の力の「代償」を明確に突きつけてきた。


ともあれ、人命が救われたことに変わりはない。その後、ベルの容態が完全に安定したことを確認した俺たちは、魔牙の蝕蔓デーモンファングについて、ギルドへ報告をすることにした。移動をする珍しい毒性を持つ植物だそうで、普段この森にはいないはずの魔獣らしかった。


今回の件は、俺の「知識」と「技術」が、この世界でいかに異質であるのかを改めて感じさせた。そして、同時に、その力の見せ方と、行使に伴う責任の重さを、俺は心に深く刻んだのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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