第45話:ツノアリとツノナシ
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翌朝、宿屋の部屋で目を覚ますと、窓の外から柔らかな陽光が差し込んでいた。窓を開けると、まだしっとりとした街の空気が、朝露の匂いと焼きたてのパンの香りを運んでくる。
俺は、身支度を整えギルドに向かった。ギルドでは、クゼルファと待ち合わせている。今日も何か依頼を受けるつもりだ。
「おはようございます。カガヤさん。クゼルファ」
カウンターへ行くと、キアラが出迎えてくれた。
「今日も何か討伐依頼が無いかと思ってね」
俺はキアラに依頼の選別を頼む。
「そうね。生憎今日は良い感じの依頼はあまり残ってないのよ」
そう言いながら、キアラは依頼書の束を手に取り、一枚一枚めくっていく。
「あっ、これなんてどう? ツノウサギの討伐依頼」
「ツノウサギ?」
聞き慣れない名前に、俺は思わず聞き返した。隣でクゼルファが説明を始める。
「ツノウサギとは、カガヤ様。その名の通り、角が生えたウサギの魔獣のことです。彼らは、一般的なウサギとは違い、体内の魔力臓に魔力が過剰に蓄積した結果、それが角を形成したと言われています。そのため、その角には多量の魔力が含まれており、薬品の生成や、魔道具の素材として非常に重宝されるんです。肉は柔らかくて美味しいですし、皮も良質な革になりますから、本当に捨てるところがない魔獣なんですよ」
クゼルファは、少し誇らしげに語る。
「ですが、ツノウサギは体が小さく、その上非常にすばしっこいんです。警戒心も強くて、主に単独で行動するため、結構、手こずったりすることもあるので、討伐依頼としては、経験豊富な冒険者は敬遠しがちな依頼なんです。どちらかといえば、初・中級者向けの依頼ですね。でも、二つの意味で『美味しい依頼』なんです」
クゼルファの説明を聞き終え、俺は依頼書に書かれたツノウサギのイラストを眺めた。角が生えたウサギ、か。確かに、この惑星の魔獣は多様だな。しかし、説明を聞く限り、厄介ではあっても危険度は低いだろう。そして何より、クゼルファが言う「美味しい依頼」という言葉が、俺の興味を引いた。
「なるほど、いいじゃないか。それにしよう」
俺は迷わずツノウサギの討伐依頼を選ぶ。クゼルファは、俺の返事に目を丸くした。
「え? いいんですか?」
クゼルファの驚きに、俺はフッと笑みをこぼした。
「ああ、いいさ。だって、美味しいんだろ?」
俺の言葉に、キアラは呆れたような、しかし納得したような顔で頷いた。クゼルファも、少し呆れた顔をしながらも、楽しそうに笑っている。こうして、俺たちは「ツノウサギ」の討伐依頼を受注し、ギルドを後にした。
ヴェリディアの街を出て、ツノウサギの生息地である森へと向かう。道中、時折、草むらから小さな影が飛び出す。
「あっ!」
俺が見る先には、耳の長い小動物がピョンピョンと跳ねている。警戒心は強いらしく、こちらに気づくとすぐに身を翻し、茂みの奥へと消えていった。
「あれはタダのウサギですね。魔獣ではなく、ただの獣ですよ。ツノウサギほどじゃないですけど、あれも結構美味しいんです」
クゼルファが説明する。なるほど、角がないからタダのウサギか。
《マスター。魔獣とそうでない獣の存在。興味深いですね。魔素の有無が種の分化に影響している可能性を示唆します》
アイが脳内で淡々と分析結果を伝えてくる。確かに地球連邦では考えられない分類だな。この惑星の生命体は、本当に奥が深い。
数時間後、俺たちはツノウサギの生息地である森へと到着した。見渡す限り、背の高い木々が鬱蒼と生い茂り、地面には落ち葉が堆積している。
ガサッ、と、近くの茂みから音がした。俺とクゼルファは、同時にその方向へ視線を向ける。
跳ねて出てきたのは、一匹のウサギだった。しかし、その頭には、俺が想像していたような立派な角は生えていない。
「なんだ、タダのウサギか」
俺は、少しばかり残念に思った。角が生えていれば、それがツノウサギの証だと思っていたからだ。
だが、クゼルファが隣で息を飲んだ。
「あれは! カガヤ様、あれはツノナシツノウサギです!」
クゼルファの声には、驚きと興奮が混じっていた。
「ツノナシツノウサギ? なんだそれ?」
俺は眉をひそめた。角がないのにツノウサギ? どういうことだ。
「ツノナシツノウサギは、ツノウサギの亜種です。一般的なツノウサギよりも体が小さく、警戒心が非常に強いため、発見が難しいと言われています。そして、その名の通り角がないのが特徴ですが、実は体内に高純度の魔力を秘めており、それが普通のツノウサギの角よりもはるかに貴重な薬品の素材となるんです! ツノウサギよりも更に高級品ですよ!」
クゼルファは興奮気味に説明する。まさか、角がない方が価値が高いとは。この世界の命名センスは、やはり独特だ。
《マスター。この命名規則は、地球の生物学においても稀に見られます。例えば、20世紀頃に生息していたハムシ科に分類される昆虫に『トゲアリトゲナシトゲトゲ』という種が存在します。名前に『トゲナシ』とありますが、実際には体表に棘状の突起を持つ個体と持たない個体が確認されています。この『ツノナシツノウサギ』も、同様の命名学的矛盾を抱えていると推測されます》
アイの脳内解説に、俺は思わず天を仰いだ。
「トゲアリトゲナシトゲトゲ……。なんだそれ? 本当にそんなのがいたのか? いや、今は目の前のツノナシツノウサギだ。まあ、何でもありなのは分かっていたが、ここまでくると呆れるな」
俺は呆れ半分に呟き、目の前のツノナシツノウサギに意識を向けた。貴重な個体と聞けば、狩らないわけにはいかない。
神経干渉による討伐は、魔猪でその効果を実証済みだ。ツノウサギは体が小さく、すばしっこいのが難点とされているが、動きを鈍らせることができれば、クゼルファの剣術にかかれば造作もないだろう。
〈アイ。あのツノナシツノウサギの神経系に干渉。動きを鈍らせてくれ〉
《承知いたしました、マスター》
俺の腕のブレスレットが微かに光を放つ。数秒後、目の前のツノナシツノウサギが、その場でピタリと動きを止めた。
「今だ、クゼルファ!」
俺の声と同時に、クゼルファが大剣を閃かせた。鮮やかな一閃が、ツノナシツノウサギを一撃で仕留める。
「……意外とあっさりだったな」
俺はそう呟き、クゼルファと顔を見合わせた。彼女も満足そうに頷いている。その後も、俺たちは幾匹かのツノウサギ、そして数体のツノナシツノウサギを見つけて討伐した。神経干渉による効率的な討伐は、この依頼にとって最適な方法だった。
俺とクゼルファにとっては、この依頼は何て事ないものだった。クゼルファは手際よく魔獣の血抜きをしていく。俺もアイの指示に従い、貴重な素材を採取していった。
そろそろ持って帰るのが大変になるくらい狩れたので、俺とクゼルファはギルドに帰ることにした。
ギルドに戻ると、キアラが受付カウンターで俺たちを待っていた。俺たちが差し出した大量のツノウサギと、その中に混じるツノナシツノウサギを見て、キアラは再び目を丸くした。
「ええっ?! こんなにたくさん! しかも、これ……もしかしてツノナシツノウサギもいるじゃない! すごいわね! 鑑定するから、ちょっと待っててね!」
キアラは興奮気味にそう言うと、大量の獲物を鑑定部門へと運び込んだ。
しばらくすると、鑑定部門から血相を変えた人物が現れた。先日のオルミュエの蜜の時の鑑定担当者だ。彼もまた、俺たちの顔を覚えていたのだろう、俺たちに一直線に歩み寄ってきた。
「君たちか! このツノウサギを狩ったのは!」
彼の息は荒く、興奮を隠せない様子だった。
「で?」
俺は冷静に返した。
「で、じゃない! これは……『ツノアリツノナシツノウサギ』だ! とても貴重な個体だ! 此奴の角に含有されている魔力は質量共に他のとは比べものにならない! 一体、どこにいたんだ?!」
鑑定担当者は、まくしたてるように尋ねてきた。
「いや。普通にいたけど? そこの森に」
俺は、正直に答えた。彼の興奮が理解できないといった表情で。
「そうか! なら、早速討伐依頼を出さないとな。こうしちゃおられん!」
鑑定担当者はそう叫ぶと、再び騒がしく鑑定部門の奥へと戻っていった。
俺とクゼルファ、キアラは三人で顔を見合わせる。やがて、キアラが「ふふっ」と小さく笑い声を漏らした。それにつられて、俺もクゼルファも、思わず笑いがこみ上げてきた。
まさか、鑑定担当者がここまで激しく反応するとは。
「ツノアリツノナシツノウサギ……。そんなのもいるなんてね」
キアラが面白そうに呟く。
「では、カガヤさん。鑑定結果を伝えますね」
キアラは改めて冷静な表情に戻り、俺に書類を差し出した。そこに記された金額を見て、俺は再び驚いた。どうやら「ツノアリツノナシツノウサギ」のおかげで、なかなかの実入りになったようだ。
報酬を受け取り、俺はギルドでクゼルファと別れ、宿屋へと戻っていくのであった。
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