第43話:新たな一歩
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よく晴れた朝だった。澄み切った青空の下、俺とクゼルファは冒険者ギルドへと足を運んでいた。隣を歩く彼女は、いつもの軽装だが、その表情には昨夜までの苦悩の色はなく、どこか晴れやかさが見て取れた。俺との会話で、彼女の中で何かしら区切りがついたのかもしれない。
ギルドの扉を開けると、朝の活気が俺たちを迎えた。依頼板の前には人だかりができ、カウンターでは冒険者たちがキアラと談笑している。いつも通りの光景が、なぜか新鮮に感じられた。
俺たちはクエストを受注しようと、キアラがいる受付カウンターへと向かった。すると、その途中で見慣れた顔ぶれと鉢合わせる。クゼルファの元パーティーメンバーであるゼノン、グスタフ、そしてシファだ。彼らは、ちょうど何かクエストの相談を終えたばかりのようだった。
ゼノンが真っ先に俺たちに気づき、少し気まずそうな、それでいて心配そうな表情で話しかけてきた。
「おお、カガヤにクゼルファじゃないか!ちょうど良かった。昨日の……いや、少し話せないか?」
ゼノンの言葉に、シファとグスタフも期待と不安が入り混じったような眼差しで俺たちを見る。彼らもまた、クゼルファのことをずっと案じていたのだろう。
俺は、ギルドの隅にある食堂を指差した。
「立ち話も何だから、あそこへ行こうか」
俺たちは食堂の空いているテーブルへと向かった。席に着くと、クゼルファの顔に再び緊張の色が浮かぶのが見て取れた。五人の間に、微妙な沈黙が流れる。誰もが、何から話すべきか言葉を探しているようだった。
その重い空気を破ったのは、クゼルファだった。彼女は椅子から立ち上がると、元メンバーたちに向かって、まっすぐに、そして深々と頭を下げた。
「みんな、私の我が儘でパーティーを抜けてしまって、本当にごめんなさい」
その凛とした声は、ギルドの喧騒の中でもはっきりと響いた。ゼノンが慌てて手を振り、彼女を座らせようとする。
「おいおい、クゼルファ!謝る必要なんてないさ。俺たちは、別に怒っているわけじゃないんだ」
「そうよ。それに、クゼルファにはエラルのことがあったんだから。仕方がなかったって、みんな分かってるわ」
シファも頷きながら、少しだけ表情を曇らせて言葉を続ける。
「ただ……最近のクゼルファは、ちょっと見ていられなかったのよ。いつもエラルのことばかり考えて、どこか無理をしているように見えたから。だから、もう一度パーティーに戻ってもらった方が、お互いのためにも良いんじゃないかって、昨日も話してたの」
グスタフも、いつになく真剣な表情で頷いた。
「ああ。お前一人で抱え込む必要はねぇ。俺たちは仲間だ。頼ってくれて構わねぇんだ」
彼らの言葉は、クゼルファへの真摯な思いやりに溢れていた。それは、彼女を仲間として、そして大切な友人として心から心配しているからこその言葉だと、俺にも痛いほど伝わってくる。クゼルファは、彼らの優しさに、唇をきゅっと噛みしめ、俯いてしまった。
シファが、そこで俺にちらりと視線を向けた。その目には、探るような色と、少しの嫉妬のようなものが混じっているように見えた。
「でも……カガヤさんと一緒にいるようになって、クゼルファ、少し明るくなったみたいだし。これなら、もう私たちが心配する必要もないのかな?」
シファの言葉に、クゼルファの頬がわずかに赤らむ。そして、彼女は大きく息を吸い込み、意を決したように顔を上げた。その鳶色の瞳には、もう迷いはなかった。揺るぎない決意が宿っていた。
「みんな、本当にありがとう。……私は、カガヤ様と組みます」
クゼルファの決意表明に、グスタフ、ゼノン、シファは一瞬、息を呑んだように互いの顔を見合わせた。一瞬の沈黙。しかし、それは決して否定的なものではなかった。やがて、ゼノンがフッと息を吐き出し、諦めたように、それでいてどこか嬉しそうに笑みをこぼした。
「ま、だろうな。俺も、なんとなくそうなるんじゃないかと思ってたよ。お前がそんな顔をするくらいだからな」
ゼノンの言葉に、グスタフが大きな手で自分の後頭部をガシガシと掻きながら、豪快に頷いた。
「クゼルファ、お前がそれでいいなら、俺は何も言わねぇ。お前が笑ってくれるのが一番だ。賛成するぜ」
シファも、ふいと顔をそむけ、腕を組みながら少しだけ皮肉げに、しかしその声には隠しきれない温かさが滲んでいた。
「まぁ、そうなるとは思ってたわよ。カガヤさん、結構やるってギルド中で噂になってるもの。それに、クゼルファのあんな顔……私、初めて見たし」
シファの最後の言葉に、クゼルファは再び頬を真っ赤に染め、「ちょっと、シファ!」と小さな悲鳴にも似た声を上げた。そのやり取りに、テーブルの上の張り詰めていた空気が、ようやく完全に解けていった。
ゼノンが、改めて俺に向き直る。その表情は、一人の男として、リーダーとしての真剣なものだった。
「カガヤ、クゼルファのこと、頼んだぞ。こいつは真面目すぎるから、一人で何でも抱え込みすぎるところがあるんだ。あんたが隣にいてやってくれりゃ、俺たちも安心だ」
ゼノンからの、仲間を託す真摯な言葉。その重みを、俺は静かに受け止めた。
「ああ、分かってる。任せてくれ」
俺の力強い返答に、ゼノンは満足そうに微笑んだ。
「じゃあ、俺たちはそろそろ行くわ。依頼が待ってるんでな」
ゼノンがそう言って立ち上がると、シファもグスタフもそれに続く。彼らは、俺たちににこやかに手を振り、未練など微塵も感じさせない、清々しい笑顔を残してその場を去っていった。その背中には、別れを惜しむ気持ちよりも、新たな道を歩み出す仲間への温かいエールが満ち溢れているように感じられた。
「……良い仲間だな」
俺は、彼らの後ろ姿を見送りながら、思わずそう呟いていた。
「はいっ!」
隣にいたクゼルファが、俺の言葉に弾かれたように返事をした。彼女の顔には、堪えきれずに流れた涙の跡と、最高の笑顔が入り混じっていた。その泣き笑いの表情は、彼女がずっと抱えていた心の重荷を、ようやく一つ、解き放つことができた証だった。
俺は、そんなクゼルファの頭を、ごく自然にポンと撫でた。彼女の髪は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「よし。俺たちも、俺たちのクエストを選びに行こうか」
「はい!」
クゼルファは、濡れた瞳を腕でぐいと拭うと、これまでで一番力強い声で頷いた。
こうして、俺とクゼルファ、二人の冒険が、本格的に幕を開けたのだった。
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