第38話:神々の遺物
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朝の柔らかな光が差し込むヴェリディアの冒険者ギルド前で、俺はクゼルファを待っていた。今日の俺は、昨日手に入れたばかりの新しい冒険者服に身を包んでいる。丈夫な革の上着に、動きやすい布製のズボン。機能性を重視して選んだものだが、アルカディア号の船員服と比べれば、格段にこの街の風景に馴染んでいるはずだ。この服に袖を通したことで、俺はようやく、この世界の一員としてのスタートラインに立てたような、そんな清々しい気分だった。
ギルドの扉からは、すでに冒険者たちの活気あふれる声が漏れ聞こえてくる。この惑星での生活も、クゼルファのおかげで少しずつ、しかし確実に落ち着いてきた。そして今日、ついに冒険者としての第一歩を踏み出す。
「カガヤ様、お待たせいたしました!」
少しばかり息を切らしながら、クゼルファが駆け寄ってきた。その顔には、昨日までの疲労の色は見て取れず、むしろ、これから始まることに対する期待感が滲んでいるように見えた。
「いや、俺もちょうど来たところだ。それじゃあ、行こうか」
俺はギルドの重厚な扉を開け、再びあの熱気の中へと足を踏み入れた。
ギルド内は、朝から多くの冒険者で賑わっていた。依頼が貼り出された掲示板の前で話し込む屈強な男たち、酒場のカウンターで豪快に朝食をとる獣人のパーティー、これからクエストに出かけるのであろう、緊張と興奮をない交ぜにした表情の若い魔法使い。様々な人々が、それぞれの目的を持ってこの場所に集っている。俺は、その活気に満ちた空間に、少しだけ胸の高鳴りを感じていた。
受付カウンターへと向かうと、そこには見慣れた顔があった。ヴェリディア冒険者ギルドの受付統括、キアラだ。彼女は、俺とクゼルファの姿を認めると、にこやかな笑顔を向けた。
「あら、クゼルファ!カガヤさんも。おはようございます。今日はどのようなご用件で?」
クゼルファが、キアラに今回の目的を伝える。
「キアラ、今日はカガヤ様の初仕事を選びに来たの。何かお薦めはあるかしら?」
キアラは、少し考える素振りを見せてから、俺へと視線を移した。
「そうねぇ。冒険者の実力にもよると思うけど、カガヤさんは、どれくらいの実力なのかしら?……普通、初めは簡単な素材採取の依頼から慣れていくのが一般的だけど……」
キアラの問いに、クゼルファが間髪入れずに、そして、どこか誇らしげに答える。
「私の、数倍は強いわよ」
その言葉に、キアラは一瞬、何を言われたのか理解できなかったかのように目を丸くした。
「え?そ、それは冗談でしょ?だって、あのクゼルファなのよ?……え?……まさか、本気で言ってるの?」
驚きのあまり、キアラの声が少し上ずっている。なるほど。クゼルファ自身が、このギルドでもかなりの実力者として知られているのだろう。その彼女が「数倍強い」とまで言うのだから、キアラが信じられないのも当然かもしれない。まあ、クゼルファの場合、俺に対する評価は、有り体に言って過大評価だとは思うが……。
「ええ、本当よ」
クゼルファは、どこか得意げにこくりと頷いた。その自信に満ちた様子から、キアラは半信半疑ながらも、取りあえずは納得するしかなかったようだ。
「そ、そう……。…とは言ってもねぇ……。そ、それじゃあ、これなんてどうかしら?」
キアラは、カウンターに置かれた依頼書の束から、一枚の羊皮紙を取り出した。
《マスター。『オルミュエの蜜採取』と記載されています。報酬は品質と量に応じた変動制です。基準としては、通常品質の蜜が一小瓶あたり銀貨5枚、といったところでしょうか》
「ええと、オルミュエ?……」
聞き慣れない言葉に俺が首を傾げると、キアラが補足してくれた。
「あぁ、そう言えばカガヤさんはこの辺りのご出身ではないのでしたね。オルミュエというのは、ヴェリディア辺境伯領の特産物で、とっても美味しい蜜が採れる植物なの。しかも、美味しいだけじゃなくて、純度の高い蜜は上級ポーションの素材にもなるのよ」
「植物の蜜を採る、採取クエストというわけか」
俺の言葉に、キアラが快活に頷くと、クゼルファが横から不満そうな声を上げた。
「え〜?オルミュエの蜜ぅ?ちょっとキアラ、そんな我慢比べみたいなクエストじゃなくて、もっとこう、討伐依頼みたいなのはないの?」
「ないわけじゃないけど……。だって、カガヤさんは今日が初めての依頼なんでしょ?まずは安全なものから始めるのが定石よ」
「まあ、そうだけど……」
クゼルファはまだ何か言いたそうだったが、結局、キアラに押し切られる形で、俺の初仕事はこの「オルミュエの蜜採取」に決まった。
俺は、アイに頼んで、改めて依頼内容の詳細を確認する。そこには、ヴェリディアから西に位置する高原地帯に自生していることや、蜜を採取する際の注意点などが書かれていた。俺が依頼書の内容を頭に入れていると、クゼルファが少し拗ねたように話しかけてきた。
「このオルミュエの蜜採取は、危険こそ少ないものの、非常に根気のいるクエストなんです。確かに今は、オルミュエの開花の時期なんですが、いつ花開くか分からない気まぐれな花ですから、何日も野営しながらその時をじっと待つことになります。なので、比較的経験の浅い冒険者が、野営の経験を積むために受けることが多いのですよ」
なるほどな。確かに、俺の実力を試すというよりは、この世界の仕事の進め方に慣れるための、チュートリアルのようなものか。
そんな時、キアラが、何でもないことのように、衝撃的な一言を放った。
「ちなみに、オルミュエっていうのは、精霊語らしいわよ」
「えっ?!」
俺は、キアラの言葉に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「どうかなさいましたか、カガヤ様?」
クゼルファが、不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「せ、精霊って……本当にいるのか?」
「ええ、いると言えばいますよ。私も直接見たことはありませんけれども」とクゼルファ。
「そうねぇ、見たことがあるって言う人は、あまりいないかもね。森や川、風の中に宿る、高位の存在だって言われているわ」とキアラが続く。
「そっか、精霊がいるんだ……」
〈もう、ここまできたら何でもありなのかもしれないな……〉
《マスター。聖樹の雫が群生していた場所で観測した、魔素とは異なる未知のエネルギーフィールドですが、あれが精霊、あるいはそれに類する存在に関連している可能性がありますね》
アイの言葉に、俺は脳内で深く頷いた。
〈なるほどな。生態系そのものをプログラムするような、高度な情報を含んだエネルギー……。それが精霊の力だというのなら、少しは納得がいくかもしれん〉
「わかった。このオルミュエの蜜採取依頼、受けさせてもらうよ」
俺の言葉に、キアラが嬉しそうに微笑み、すぐに手続きの準備を始めた。
「承知いたしました。では、ギルドカードをお出しください」
俺は、自分のギルドカードをカウンターに差し出す。キアラが、それを透明な水晶板のようなものにかざした。
ピロン♪
軽快な電子音が鳴り響き、クエスト受諾処理が完了したことを告げる。俺は、タッチするだけで依頼が完了するその手軽さに、改めて感心する。
「やっぱり、このギルドカードはオーパーツ級だな」
思わず口から漏れてしまった言葉に、キアラが不思議そうな顔で声を掛ける。
「オーパーツ……ですか?どうかしましたか?」
俺は慌てて取り繕った。
「いや、ギルドカードって本当に便利だなと思ってな。タッチするだけで何でもできてしまうんだから」
キアラは、その言葉に小さく笑った。
「そうですね。私たちギルド職員にとっても、大変助かっています。冒険者の登録や依頼の受諾、報酬の受け取りも、これ一枚で全て管理できてしまいますから」
「凄い技術だよな、これは」
俺が感心しながらそう言うと、キアラは少しだけ声を潜め、興味深い事実を教えてくれた。
「う〜ん。でも、これは、私たち人間の技術ではないんですよ。遥か昔、この世界を創造したとされる『神々』が残した遺物、だと言われています」
俺は、キアラの言葉に耳を疑った。「神々の、遺物?」
「はい。その多くは、今の私たちの技術では到底再現不可能な、高度な仕組みを持っているんです。このギルドカードのシステムも、その一つですね。なぜギルドにだけ、この神々の遺物が存在するのか、その詳細は誰も知りません。ギルドの設立者が、どこかの遺跡で偶然発見した、とか、神々から直接授けられた、とか……色々な説がありますけど。私たちはもう生活の一部になっているので、普段はそんなに気にしていませんけどね」
キアラの説明は、俺の頭の中に、新たな、そして、より根源的な疑問の嵐を巻き起こした。
《マスター。一つの謎が解決した一方で、より巨大な謎が提示されましたね》
〈ああ、全くその通りだ。ギルドカードの謎が解けたと思ったら、今度は『神々』か……。精霊に、神々……。この世界は、俺が思っていたよりも、ずっと奥が深そうだ〉
ギルドカードの便利さの理由が、とんでもないスケールの話に繋がってしまった。
「カガヤ様、行きますよ!」
思考の海に沈んでいた俺を、クゼルファの声が引き戻した。彼女はすでにギルドの出口に向かって歩き始めている。
俺は慌てて彼女を追いかけ、活気に満ちたギルドを後にする。
俺の、この惑星での冒険者としての生活が、今、まさに幕を開けようとしていた。
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