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第4話:絶望的生存戦略

生きる決意を新たにした俺は、アイと共に「アルカディア号」の現状を正確に把握することから始めた。まずは、敵を知ること。それが、どんな困難な交渉や取引においても、俺が貫いてきた鉄則だったからだ。


「アイ、艦体のダメージレポートを。修復の可能性も含め、洗いざらい報告しろ」


俺の言葉に応じ、アイはコックピットの中央にアルカディア号の立体ホログラムを投影した。青白い光で再構築された俺の城は、見るも無残な姿を晒していた。特に船体後部のエンジン区画と、中枢である中央区画。ホログラム上で、それらの部位が致命的な損傷を示す赤色で明滅している。


「マスター。全体的な損傷度はレベル9。通常、即時廃棄が推奨されるレベルです」


アイは淡々と、しかし容赦のない事実を突きつけてくる。


「まず、クライン・ワープコアは、墜落時の緊急パージに失敗。コア内部が高次元エネルギーの奔流に耐えきれず、完全に融解しています。復旧は不可能です。これにより、超空間跳躍能力は永久に失われました」


ワープコアの融解。それは、単に故郷へ帰れないという事実以上の意味を持っていた。


「……ワープコアの暴走をよく止められたな」


「はい。コアが臨界点に達する0.03秒前に、強制的に時空間座標の固定プロセスを実行。エネルギーをこの惑星の大気中に拡散させ、相殺しました。もし介入が遅れていれば、小規模な時空震が発生し、我々は存在ごと消滅していたと算出されます」


背筋に冷たい汗が流れた。俺は、自分が思っていた以上に、深刻な死線を潜り抜けていたらしい。


「次に、主推進機関であるプラズマ・インパルスエンジンは3基中2基が爆散。残る1基もノズルが溶融し、機能停止。亜光速航行も不可能です。船体外装のオリハルコン・セラミック装甲も、各所で剥離、あるいは分子レベルでの変質が確認されています」


「ちなみにマスター、『オリハルコン・セラミック』という名称は、太陽系外惑星で発見された未知の金属に対し、当時の研究者がファンタジーの鉱物にあやかって命名したに過ぎません。語源に神秘的な意味合いは一切ありません。単なる命名者のセンスの問題です」


この状況で挟んでくるアイの豆知識に、思わず乾いた笑いが漏れた。こいつのこういうところが、俺は嫌いじゃなかった。


「長距離通信アレイは、見る影もありません。生命維持システムと簡易ラボ区画は辛うじて機能していますが、このままでは101.4時間後に予備電源が枯渇し、完全に沈黙します」

次々と告げられる絶望的な報告。俺は、全ての報告が終わるのを、黙って待った。ホログラムの赤い明滅が、まるで俺の命の残り時間を示しているかのようだ。


完全な沈黙が、コックピットを支配する。


「……で?」


俺は、絞り出すように言った。


「何か、一つでも……使えるものは残ってないのか?」


俺の問いに、アイは数秒の間を置いてから答えた。


「艦の主要機能は、ほぼ全てが修復不可能なレベルで損壊しています。ですが、マスター。完全にゼロではありません。このコックピット区画、生命維持システム、そして簡易ラボ区画は、予備電源が尽きるまで、限定的ですが『使用可能』です。そして、最も重要な『使えるもの』は、船内に保管されているナノマシン・コロニーです」


アイはそこで一度言葉を切り、艦体のホログラムを消して、代わりにこの惑星の地中構造データと、大気中に満ちるエネルギーの分布図を投影した。


「しかし、これらの残存機能と資材だけでは、現状を打開できません。そこで、外部環境に活路を見出す必要があります。希望的観測ですが、二つの可能性が残されています。第一に、この惑星の地下には、極めて多様で高純度の鉱物資源が豊富に存在します。第二に、この大気に充満する未知のエネルギーです」


「鉱物があったとして、どうやって掘り出すんだ。ドローンは使えるのか? センサーの有効範囲は? 地質データはどれだけ信頼できる?」


俺が質問で畳みかけると、アイは冷静に首を横に振った。


「探査ドローンは全滅。センサーも大破。地質データは墜落時のスキャンのみで、極めて不完全です。現状の機材での深部採掘は不可能です」


「……無理ゲーじゃないか。つまり、詰みか」


「いいえ、マスター。だからこそ、第二の可能性……未知のエネルギーが重要となります」


アイの言葉に、俺は思わず声を荒らげた。


「そんな不確定要素に賭けられるか。正体も分からないエネルギーをどうしろって言うんだ?!」


だが、アイにそう言った直後、俺の脳内で、バラバラだった情報が急速に結びついていくのを感じた。 このエネルギーの波形パターンは……、『エタニティ・ゲート』プロジェクトで理論上予測された高次元干渉のものと酷似している。もし、俺の仮説が正しければ、これは単なるエネルギーじゃない。物理法則そのものに干渉する、情報の塊だ。 しかし、アカデミー時代、俺たちが研究を凍結したのは、その制御不能なまでの危険性故だ。下手に手を出せば、時空を歪め、因果律を破壊し、俺という存在そのものが、この宇宙の法則から消去されかねない。だが、もし制御できるなら……

科学者としての血が、絶望に凍てついた心を溶かし、思考を加速させる。


「……待てよ、アイ」


俺の声のトーンが変わったことに、アイは気づいているだろう。


「そのエネルギーを触媒にして、船内に残っているナノマシンに自己進化を促すことは可能か? エネルギー自体を情報として取り込ませ、自己増殖と自己改変を繰り返させる。そうすれば……素材さえあれば、アルカディア号そのものを、自己修復型のユニバーサル・コンストラクターに作り変えられるかもしれないぞ……?!」


それは、荒唐無稽な閃きだった。だが、この絶望的な状況を覆すには、常識外れの発想こそが必要だ。

俺の言葉を受け、アイのプロセッサが猛烈な速度で回転するのが、ホログラムの微細な揺らぎで分かった。


「……シミュレーション開始。……仮説を検証。……可能性、算出。マスターの理論に基づいた場合、成功率は1.7%。ゼロではありません」


1.7%。それは、奇跡と呼ぶにはあまりに低く、しかし、絶望を打ち破るには十分すぎる数字だった。

漠然とした不安が、明確な「課題」へと変わっていく。


「分かった。目標は決まったな」


俺は、ニヤリと口の端を吊り上げた。研究者だった頃の、解のない問題に挑む時の、あの感覚が蘇ってくる。



「アイ、第一フェーズだ。稼働可能なナノマシンを全てドローンの修復に回せ。まずは、この世界の『目』と『耳』を確保する。並行して、未知のエネルギーのサンプル採取と解析の準備を進めろ。俺たちのサバイバルは、ここからが本番だ」


「了解しました、マスター」


アイの声が、静かに、しかし力強く響いた。

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