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第34話:異郷の晩餐

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

クゼルファが宿を去った後、俺は猫耳少女のルルンに案内された部屋で、一人、ベッドに腰掛けていた。窓の外からは、日が落ち始めたヴェリディアの街の喧騒が、心地よいBGMのように聞こえてくる。これまでの出来事が、まるで早回しの映像のように頭の中を駆け巡っていた。


アルカディア号の不時着、絶望的なサバイバル生活、魔乃森での死闘、そしてクゼルファとの出会い。聖樹の雫を求める冒険、オーガとの激闘。森を出てからこの街で過ごした時間は、まだ一日にも満たない。だが、その一日が、これまでの人生のどの時間よりも濃密で、そして、奇妙な手応えのあるものだったように思う。


そんな物思いに耽っていると、不意に、部屋の扉がコンコン、と控えめにノックされた。


「お客様、夕食のご用意ができました。一階の食堂へどうぞ」


ルルンの、鈴を転がすような可愛らしい声に、俺はハッとして現実へと引き戻された。どうやら、宿に着いてからかなりの時間が経っていたらしい。腹の虫が、ちょうど良く鳴き声を上げた。


言われるがままに部屋を出て、ルルンの後について一階へと下りる。宿の中は、昼間とはまた違った雰囲気で、夕食の準備と、食事を楽しむ客たちの談笑で活気づいていた。


食堂は宿の1階にあり、すでに何組かの客が食事をとっていた。頑丈な木製のテーブルがいくつも並び、壁際には大きな暖炉が赤々と燃え、温かい光を投げかけている。その光が、客たちの楽しげな顔を優しく照らし出していた。壁に飾られた、この世界のどこかの風景を描いたであろう絵画も、昼間見た時より深みを増して見える。


「こちらへどうぞ、お客様」


ルルンに促され、俺は窓際のテーブルへと案内された。席に着くと、すでにテーブルには、湯気の立つ数種類の料理が並べられていた。こんがりと焼かれた肉の香ばしい匂い、色とりどりの温野菜、具沢山のスープ、そして、見たことのない魚の切り身のような白い身の料理……。そのどれもが、丁寧に作られていることが一目で分かった。


〈マスター。栄養バランスに優れていると予測します。視覚情報から判断するに、非常に美味しそうです〉


アイの分析に、俺の食欲がさらに刺激される。考えてみれば、地球連邦圏を離れてから、まともな「食事」らしい食事はしていなかった。コロニーでの生活は、味気ない栄養剤が中心だったし、開拓惑星でも食事はほとんどレプリケーターが出力したものだ。この惑星に来てからの数日間も、アルカディア号に搭載されていたレーションか、森で狩った魔獣の肉ばかり。……いや、魔獣の肉は、意外と美味かったな。


だが、今目の前にあるのは、そういった生存のための「食料」ではない。文化と、手間と、もてなしの心が込められた、正真正銘の「料理」だ。この惑星の料理が、一体どんな味がするのか。期待に胸が膨らむ。


「では、いただきます」


俺は、まず見た目も鮮やかなスープからスプーンをつけた。口に含むと、様々な野菜が煮込まれたであろう優しい甘みと、爽やかなハーブの香りがふわりと広がる。地球のコンソメスープに似ているが、もっと複雑で、深みのある味わいだ。


次に、メインディッシュであろう肉料理にナイフを入れる。外はカリッと香ばしく焼かれているのに、中は驚くほど柔らかく、肉汁がじゅわっと溢れ出す。噛むほどに、濃厚な旨みが口いっぱいに広がった。添えられた、少し酸味のあるベリー系のソースも、この肉の味を絶妙に引き立てている。


「これは……美味いな」


思わず声に出すと、すかさずアイが脳内で反応する。


《マスター。現在摂取中の肉の部位は、地球に生息する羊と遺伝子情報が98.9パーセント一致する生命体の幼体のもののようです》


〈羊?!マジかよ……。というか、食べただけで分かるのか?〉


《まさか。マスターの体内にある医療用ナノマシンが、摂取された物質の分子構造を解析し、データベースと照合しただけです》


〈あぁ、そうだったな……〉


俺は改めて、目の前の仔羊料理らしきものを見つめた。しかし、この惑星の生態系は、やはりどう考えてもおかしい。なぜ、これほど地球の生物と酷似しているのか。その謎は、俺の心に小さな棘のように引っかかった。……まあ、少し衝撃的ではあったが、味が確かなのは事実だ。今は、この美味を堪能することにしよう。


俺は、取りあえず深く考えるのをやめ、物珍しい料理の数々を、アイと検証しながら食べ進めていく。魚のような見た目の料理は、淡白ながらも上品な脂が乗った白身に、香草の風味がよく合っていた。チーズのような乳製品は、驚くほど濃厚で、パンとの相性が抜群だ。


中でも、特に俺が感動したのは、「森の恵みの煮込み」と名付けられた一品だった。


ゴロゴロとした根菜と、とろけるほど柔らかく煮込まれた肉が、コクのある深い味わいのスープと絡み合い、一口食べるごとに、体の芯からじんわりと温まっていくような感覚になる。この肉が一体何なのか、もう気にするのはやめておこう。純粋に、美味い。


《マスター。この煮込み料理は、栄養価が極めて高く、疲労回復に効果的な成分が多数含まれています。使用されている肉は……》


〈あ、アイ。肉のネタばらしは、今はいい。しかし、これは絶品だな……〉


俺が料理に舌鼓を打っていると、宿のオーナーであるジェハンが、愛想の良い笑顔で俺のテーブルへとやってきた。


「カガヤ様、当宿の料理は、お口に合いましたかな?」


「ああ、めちゃくちゃ美味いよ。特にこの煮込みは絶品だ」


俺が素直な感想を述べると、ジェハンは心底嬉しそうに目を細めた。


「左様でございますか!お口に合ったようで何よりです。『古木の憩い』では、旅のお客様の疲れを癒していただくために、食材にも調理法にも、並々ならぬこだわりを持っておりますので」


彼は満足そうに一つ頷くと、「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」と言って、他の客の様子を見に去っていった。


ジェハンが去った後も、俺はゆっくりと食事を続けた。明日の朝食も楽しみになるほど、この宿の料理は素晴らしかった。


《マスター。食後の血糖値も安定しています。良質な睡眠が期待できるでしょう》


〈ああ、そうだな。今日はよく眠れそうだ〉


食事を終え、部屋に戻る。部屋のベッドに腰掛けると、心地よい満腹感と共に、今日一日の出来事が、再び頭の中を駆け巡った。


なすすべもなくこの惑星に放り出され、魔乃森で過ごした孤独な日々。クゼルファと出会い、聖樹の雫を手に入れるために、共に危険な場所へ足を踏み入れたこと。そして、初めて訪れた街ヴェリディアで冒険者登録を済ませ、こうして温かいベッドのある部屋で、美味い食事を摂ることができている。


森を出てからこの街で過ごした一日は、短いようで、本当に内容の濃い一日だったと思う。


それにしても、クゼルファは無事に聖樹の雫を届けられただろうか。エラル、だったか。彼女の友人の病状が、少しでも良い方向に向かえばいいのだが。俺にできることは、もうない。今はただ、祈るだけだ。


そんなことを考えていると、ふと、どこからか、クゼルファの声で「ありがとうございました」と、礼を言われたような気がした。もちろん、幻聴だろう。だが、その声は、不思議と俺の心に温かく響いた。


なぜだか、少しだけ幸せな気分になったまま、俺の意識はゆっくりと闇に沈み込み、深い、深い眠りの中へと落ちていくのであった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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