幕間1-2:絶望の森で見た光、その先へ
お読みいただき、ありがとうございます。
第2章に向けて、ちょっと寄り道。
クゼルファ視点の幕間をお届けします。
朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)
私は、ふらつく足で立ち上がり、彼の元へ歩み寄った。言葉は通じないかもしれない。それでも、この感謝と、そして畏敬の念を伝えなければ。私にできる、最大限の敬意を。
彼が何者であるかなど、もはやどうでもよかった。この方は、私の命の恩人。その事実だけで十分だった。
「あ、ありがとうございます……!あなた様のおかげで……命を、救われました……」
感謝の言葉を伝えようにも、声はか細く震え、想いの半分も伝えられないことがもどかしい。言葉だけでは足りない。この御恩に報いるには、私の全てを捧げるしかない。
私は、血に濡れた己の大剣――私の魂そのものであるそれを、両手で恭しく彼に差し出した。これは、私の全てを捧げるという誓い。戦士が捧げる、絶対的な忠誠の儀式。
しかし、彼の反応は、私の予想を裏切るものだった。彼は慌てたように両手を振り、私の申し出を拒絶する。
なぜ?命を救っていただいたこの身、この剣、全てを捧げるのは当然のこと。それ以外に、この御恩に報いる術を私は知らない。拒絶されたという事実に、私の心は深い困惑と悲しみに沈んだ。私が何か、無礼を働いてしまったのだろうか。そう思い、私はその場に跪こうとした。
その時だった。彼が、何かを諦めたように、しかし、どこか優しい手つきで、私を手招きしたのは。
彼の意図は読めなかったが、その瞳に敵意がないことだけは確かだった。私は、安堵にも似た感情を抱きながら、恐る恐る、彼の後をついて歩き始めた。
彼に導かれてたどり着いたのは、苔が青白く光る、静かな洞窟だった。彼は手際よく焚き火を起こし、その揺らめく炎が、張り詰めていた私の心を少しずつ解きほぐしていく。
そして、奇跡は再び起きた。
「はじめまして。俺は、カガヤ。あんた...... 大丈夫か?」
彼の口から紡がれたのは、紛れもなく、私の話す言葉だった。驚愕に、心臓が跳ね上がる。ありえない。こんなことが。彼の力は、魔獣を屠るだけではなかったというのか。私の言葉まで、この短時間で理解し、話せるようになるなど。
「な、なんて...... あなたは......私、私は...... クゼルファ。あなたは、まさか...... 『神の御使い』様、ですか......?」
震える声で、私はそう問いかけることしかできなかった。人知を超えた御業の数々。彼が神の使いでなくて、一体何だというのだろう。彼は「違う」と否定したが、私には、彼の謙遜にしか聞こえなかった。
その夜、私は彼から温かい食事と、安全な寝床を与えられた。彼が眠りについた後も、私はしばらく、彼の横顔を眺めていた。泥と血に汚れていても、その顔には、不思議な安らぎと、底知れぬ力が同居している。
この出会いは、神が、エラルを見捨ててはいなかったという証なのだ。そう思うと、熱いものが込み上げてきた。
◇
それから数日、私たちは奇妙な共同生活を送った。カガヤ様は、いともたやすく魔獣を狩り、私が今まで口にしたこともないような、驚くほど美味しい料理を振る舞ってくれた。彼の隣にいるだけで、あれほど恐ろしかった『魔乃森』が、まるで安全な庭のように感じられた。
そして、彼が私の言葉をほとんど理解できるようになった夜、私は全てを打ち明けた。たった一人の大切な友、エラルが『魔力枯渇病』という不治の病に冒されていること。彼女を救う唯一の希望が、幻の薬『聖樹の雫』であること。そして、そのために、この森へ来たことを。
私の話を聞いたカガヤ様の瞳に、同情と、そして強い意志の光が宿るのを、私は見た。彼は、聖樹の雫の特徴を尋ねると、こともなげにこう言ったのだ。
「分かった。探しに、行こう」
諦めかけていた希望が、再び、力強く私の胸に灯った。この方となら、あるいは。いや、必ず、エラルを救える。
聖樹の雫が自生するという森の最深部への道は、想像を絶するほど過酷だった。しかし、私の隣にはカガヤ様がいた。彼の力は、もはや魔法という言葉では説明がつかない。彼が見えない壁で魔獣の動きを止め、私がその隙を突いて剣を振るう。彼が不可視の槍で敵を怯ませ、私がとどめを刺す。
戦いを重ねるたびに、私たちの連携は、まるで一つの生き物のように洗練されていった。昨日今日出会ったばかりとは思えないほどの、完璧な調和。私は、彼の指示に何の疑いも抱かなかった。彼の隣で戦う時、私は、自身の力の限界を超えられるような、不思議な高揚感に包まれていた。彼への感情は、もはや単なる畏敬ではない。共に死線を越える「戦友」に対する、絶対的な信頼が芽生えていた。
◇
そして、私たちはついに、その場所にたどり着いた。無数の『聖樹の雫』が、青白い光を放ちながら群生する、幻想的な光景。私は、膝から崩れ落ち、ただ泣いた。これで、エラルが救われる。感謝と歓喜で、胸が張り裂けそうだった。
だが、その希望は、二体の巨大な守護者『大鬼』の出現によって、一瞬にして恐怖へと変わる。古文書に記されただけの幻の魔獣。その圧倒的な威圧感に、私の体は凍りついた。
しかし、カガヤ様は違った。彼は私を庇い、大鬼と対峙する。彼の戦い方は、さらに進化していた。ただ力を振るうのではない。まるで、現象そのものを『設計』するかのように、完璧に計算された一撃。青白い閃光が走り、大鬼の巨体が崩れ落ちる光景は、もはや神の御業というより、世界の理を書き換える瞬間のようだった。
激闘の末、大鬼を退けた私たち。カガヤ様は、私の傷さえも、その掌から放たれる温かい光で癒してくれた。これで、本当に大丈夫。そう思った、矢先だった。
「聖樹の雫は、このままじゃ、持って帰れない。この場所から離れると、一番大事な効力が、すぐに消えてしまうらしい」
彼の言葉は、天国から地獄へと突き落とす、無慈悲な宣告だった。なぜ。どうして。ここまで来て、全てが手に入ると、そう思ったのに。目の前が真っ暗になり、再び、あのどうしようもない絶望感が、私の心を蝕んでいく。
だが、カガヤ様は、諦めていなかった。
「大丈夫だ。一つだけ、方法があるかもしれない。いや、なんとか、する」
彼の力強い言葉。彼の言うには、これから行う『魔法』には準備が必要で、二時間ほど待たなければならないという。ただ待っているだけでは勿体ないと、私たちはその間に、倒した大鬼の素材を解体することにした。国宝級の素材を前に、商人としての顔をのぞかせる彼を見て、私は少しだけ、彼の人間らしい一面に触れた気がして、心が和んだ。
そして約束の時間、彼は準備ができたと告げた。聖樹の雫が群生する場所へ戻ると、彼は特にエネルギーの強い株を選び、その根元に腕輪を置いた。すると、その腕輪と周囲の聖樹の雫が、まばゆい光と共に、跡形もなく消え失せたのだ。何が起きたのか、私には全く理解できなかった。だが、彼の瞳には、確かな自信が満ちていた。私は、ただ、彼を信じることしかできなかった。
その日は、私たちが拠点にしていた洞窟へ戻って野営した。翌朝、カガヤ様は私に「ここで待っていてほしい」と言い、一人でどこかへ出かけてしまった。
不安に駆られながらも、彼を信じて待つ。どれほどの時間が経っただろうか。
戻ってきた彼のその手には、見たこともない銀色の水筒のような容器が握られていた。
「これだ。聖樹の雫を、これに入れて持ち帰る」
彼はそう言って、悪戯っぽく笑った。
◇
こうして、私たちはエラルの希望を手に、帰路についた。私の心は、感謝と、安堵と、そして、隣を歩くカガヤ様という存在への、言葉にできない想いで満たされていた。
彼の正体は、分からないままだ。神の御使いか、あるいは、彼が言うように、ただの「旅の者」なのか。だが、一つだけ確かなことがある。彼は、私の絶望の闇を照らす、一筋の光だった。彼と出会わなければ、私はとっくに命を落とし、エラルの希望も永遠に絶たれていた。
森を抜け、地平線の向こうに、故郷ヴェリディアの防壁が見えた時、私の胸に熱いものが込み上げてきた。
「カガヤ様、あれが...... あれが、ヴェリディアの街です!」
私の声は、喜びで震えていた。ようやく、帰ってきた。希望と共に。
このご恩を、どう返せばいいのだろう。いや、今は考える時ではない。まずは、この奇跡の薬を、エラルの元へ届けるのだ。
カガヤ様の横顔を見上げる。彼は、静かに前を見据えている。この旅は、まだ終わらない。彼と共にいる限り、私の、そして私たちの未来は、きっと、光に満ちている。そんな確信が、私の胸にはあった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
次回、第2章スタートです。
「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。
感想やレビューも、心からお待ちしています!




