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第30話:辺境伯領ヴェリディア

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

魔乃森を抜けてから、さらに二日後。俺たちは、ついにその威容を間近に捉えた。


地平線の向こうに巨大な構造物として見えていたそれは、近づくにつれて、頑強な石造りの防壁であることが分かる。遠目には灰色に見えた壁は、その表面に、魔素の流れを制御するためであろう、幾何学的な紋様がびっしりと施されていた。二階建てのビルがすっぽり隠れるほど、いや、ゆうに10メートルはあろうかというその高さに、俺は思わず見上げてしまう。


「カガヤ様、あれがヴェリディアの防護壁です。魔獣や、時には他国からの侵略を防ぐために、古くから築かれました。壁そのものに強力な防御の魔法がかかっているので、並大抵のことでは破れませんよ」


クゼルファが、どこか誇らしげに壁を見上げる。魔法による防御、か。斥力フィールドとは全く異なる原理で、これほどの巨大な構造物を恒久的に守る技術。俺の科学知識をもってしても、解析には骨が折れそうだ。純粋に、すごいな、と感心する。


門へと続く道には、街に入ろうとする人々が、荷馬車や露天を引いて長い列をなしていた。俺も、その最後尾に並ぼうと歩み始めた時、クゼルファが、ふと不安げに尋ねてきた。


「カガヤ様は、身分を証明するものは何かお持ちですか?」


当然そんな物を持っていない俺は、正直に首を横に振った。


「いや、残念ながら何も持ち合わせていないんだ。旅の商人だからな、身一つで渡り歩くのが常でね」


神経同期学習システムのおかげで、俺の言葉は、もはや彼女の言語として、淀みなく紡がれる。その事実に、俺自身、まだ少し不思議な感覚を覚えていた。


「そうですか……」


俺の返答に、クゼルファは一瞬、困ったような顔をしたが、すぐに意を決したかのように、真っ直ぐに俺を見つめ返した。


「分かりました。ご心配には及びません。私にお任せください」


その言葉には、何か覚悟めいたものを感じた。

そう言うと、クゼルファは、農民や商人たちが並ぶ一般の列とは別の、ほとんど人が並んでいない、明らかに立派な装飾が施された門へと、俺を促すように向かう。


「あれ? 列には並ばないのか?」


俺がクゼルファに尋ねると、彼女は一瞬、言葉に詰まった後、何かをごまかすように悪戯っぽく微笑んだ。


「はい。今回は、少しだけ近道をさせていただきます」


僅かな待ち時間、俺はクゼルファと街について話をした。ヴェリディアは、この地方で最も大きく、古い街だという。魔乃森が近いため、辺境の地ではあるものの、資源が豊富で、腕利きの冒険者が集まる、活気のある街でもあるそうだ。


また、魔法の研究も盛んで、街には高名な魔法使いも多く滞在していると彼女は教えてくれた。エラルのことは、あえて深くは尋ねないことにした。聞かずとも、クゼルファの瞳が、防御壁の向こうにいる友人への、焦がれるような強い思いを語っていたからだ。


やがて、俺たちの番が来た。門番であろう、精悍な顔つきの衛兵が、淡々とこちらを向く。だが、武装したその衛兵の視線がクゼルファに向けられた瞬間、彼の顔色が、驚きと、そして畏敬の念で、ハッと変わった。


「クゼルファ様! ご無事でしたか!」


衛兵は、ほとんど叫ぶような、驚きと安堵が入り混じった声を上げた。その場の空気が、一変する。周囲の衛兵たちも、一斉にこちらに注目し、緊張した面持ちで直立不動の姿勢をとった。クゼルファはこの街では、ただ知られている、というレベルの人物ではないらしい。


衛兵は、急いでクゼルファに近寄ると、周囲を警戒しながら、ひそめた声で尋ねた。


「魔乃森の奥地へ向かわれたと伺っておりましたが……まさか、本当に行かれたのでは……?」


衛兵の言葉に、クゼルファは、穏やかな、しかし、有無を言わせぬ力強さをたたえた笑みを返した。


「ええ。行きましたわよ。そして、目的のものも、手に入れました」


その返答に、衛兵の顔は、信じられないものを見るかのように、驚愕に染まった。魔乃森の奥地。それは、この街の屈強な冒険者たちでさえ、生きては帰れないと恐れる、禁断の領域なのだろう。


「こちらの方が、危ないところを助けてくださいましたの」


クゼルファはそう言って、俺を衛兵に紹介した。


衛兵は、言葉を失い、俺とクゼルファを交互に見つめる。彼は、俺の、この世界では見慣れない服装や、腰に下げた魔素合金の小刀を、探るように観察し、警戒を解かないまま尋ねる。


「こちらは……どちら様で?」


「旅をされている方で、カガヤ様です。私の、命の恩人ですわ」


クゼルファは、なんとも簡潔に、しかし、絶対的な信頼を込めた口調で俺を紹介した。衛兵は、俺の姿に一瞬、警戒の色を強めたが、クゼルファのその言葉の重みを受け、すぐに恭しい態度に変わった。


「左様でございましたか。魔乃森の最奥からご帰還されたクゼルファ様をお助けくださったとは……。辺境伯領を代表し、厚く御礼申し上げます、カガヤ様」


衛兵は、俺に向かって、深々と頭を下げた。だが、すぐに彼の表情は、職務の厳しさに戻る。


「大変申し訳ありませんが、カガヤ様の身分証のご提示をお願いいたします。街に入るには、身分証明が必要ですので」


当然の要求だ。俺は身分証など、持っているはずもない。クゼルファが、困った顔の俺を見て、再び、凛とした声で言った。


「この方は、私が保証いたします。私が、クゼルファ・ンゾ・ゼラフィムの名において、この方の身元と、街での一切の行動に、全責任を持ちます。どうぞ、お通しください」


クゼルファ・ンゾ・ゼラフィム。その、やけに長く、そして高貴な響きを持つ名を聞いた瞬間、衛兵の顔が、再び驚きに凍りついた。そして、今度は、先ほどとは比較にならないほどの、深い、深い敬意と共に、その場に膝をつこうとした。


「クゼルファ様が、御名においてそこまでおっしゃるのであれば……! かしこまりました! どうぞ、お通りください!」


衛兵が道を空けると、俺とクゼルファは、その豪華な門をくぐった。俺は、隣を歩くクゼルファの横顔を、盗み見た。ンゾ・ゼラフィム……。どうやら俺は、とんでもないお姫様と、一つ屋根ならぬ、一つの洞窟の下で、数日間も過ごしていたらしい。


門を抜けた瞬間、俺は、その圧倒的な生命の奔流に、思わず目を見開いた。


活気ある街の喧騒、整然と敷き詰められた石畳の道、立ち並ぶ、美しい装飾が施された石造りの建物。そして、商店と思わしき場所では、様々な人種の人々が、楽しげに買い物をし、行き交う人々の話し声や、楽器の音、鍛冶場の槌音といった、賑やかな物音が、心地よく響いている。


これが、この惑星の都市か。地球圏の機能的な都市や、コロニーの人工的な環境、開拓惑星の無骨な拠点とは、全く違う、温かく、そして力強い、生命の息吹。


俺の胸は、商人として、そして一人の人間として、未知なる世界への期待に、高鳴っていた。


― 第1章 完 ―

最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

これにて第1章、完結となります。

幕間を挟み、第2章へと物語は続きます。

引き続き、お楽しみいただければ幸いです。


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