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第255話:光の楔

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「……見えてきたぞ。あれが、世界の『傷跡』だ」


カガヤの言葉に、コックピットの全員が息を呑んだ。

深海の闇を切り裂くポセイドンのライトが照らし出したのは、海底にあるはずのない「空洞」だった。


そこには、岩も砂もない。海水さえも途切れている。

巨大な球状の空間が、海の中に無理やりくり抜かれたように存在していた。その境界線では、海水が虹色に発光しながら歪み、決して内部には浸入できずに渦を巻いている。


『星の牢獄』。


《……なんという光景だ》


モンテストゥスの声に、驚きと警戒の色が混じる。


《かつての大災厄……あの時、暴走した時空エネルギーがこの海域を切り取り、世界から隔離してしまったのだ。ここは、この惑星(ほし)の物理法則から弾き出された『亜空間』。時空の吹き溜まりだ》


「誰かが作った檻、というわけではないのですのね」


クゼルファが、その異様な光景に圧倒されながら呟く。


《ああ。これは想定外のエラー(バグ)だったはずだ。放置された傷跡、と言った方が正しい》


その時、アイの警告音が鋭く鳴り響いた。


「マスター。亜空間内部より、高密度のエネルギー反応を検知。……解析します」


「この波長は……精霊種? いえ、もっと原始的で、強大な……」


モニターに表示された波形を見た瞬間、モンテストゥスが絶句した。

《この波形は……!》


「モンテストゥス? どうした」


《精霊獣だ……! 間違いない、これは我が同胞サハリエルの『半身』たる、依り代の精霊獣だ!》


「やはりか!?」


俺は身を乗り出して、モニターを見た。


《ああ、なんということだ……!》


モンテストゥスの声が震える。


《サハリエルが力を失い、不完全な状態にある原因……行方不明になっていた依り代が、ここにいたのだ! あの大災厄の混乱の中、時空の裂け目に飲み込まれ……数万年間、この虚無の中に閉じ込められていたのか!》


「……数万年間……」


セツナが、か細い声で呟く。


「ずっとこの暗闇の中に……」


「……胸糞悪い話だ」

俺は不敵に笑おうとして、顔を歪めた。


「見捨てられたってことか。世界の管理者気取りの連中に」


俺は思考を切り替え、モンテストゥスに問いかけた。


「モンテストゥス。お前の『量子エンタングルメント』を利用した空間再構築能力で、中の精霊獣をこっちに転移させることはできないか?」


《……計算してみよう。……いや、駄目だ》

モンテストゥスは即座に否定した。


《この亜空間内部には、魔法の触媒となる『エーテロン(魔素)』が極端に欠乏している。私の能力は座標の入れ替えには使えるが、あちら側に『場』が存在しない以上、干渉のしようがない。無理やり行えば、精霊獣ごと空間が崩壊する》


「クソッ、手詰まりか……」


俺は舌打ちする。物理的に突入しようにも、あの虹色の界面はあらゆる物理干渉を拒絶しているように見える。


「他に何か方法はないのか?」


その問いに、沈黙を守っていたアイが口を開いた。


「……仮説の域を出ませんが、一つだけ、理論上可能なアプローチが存在します」


「言ってみろ」


「ポセイドンの全エネルギーリソースを一点に注ぎ込み、亜空間内部へ向けて物理的な『楔』を打ち込みます。そして、ポセイドンと精霊獣をつなぐ『安全なトンネル』を強引に構築し、そこを通って回収するのです」


「……え?」

クゼルファが目を白黒させる。

「トンネルを作るって……あの嵐のような渦の中にですか? とても正気とは思えませんけど……」


「ですが、これしかありません」

アイは淡々と続ける。


「通常のシールドでは耐えられませんが、空間そのものを固定してしまえば、理論上は通行可能です」


俺は数秒考え込み、ニヤリと笑った。

「いいじゃねぇか。俺たちに相応しい、ぶっ飛んだ作戦だ。アイ、モンテストゥス! 今の案を実現可能なレベルまで詰めろ! 使えるモンは全部使え!」


《了解した。……アイよ、私の演算領域を貸す。位相計算を並列処理するぞ》



「感謝します。……計算終了。プラン『次元定着ビーム(ディメンションパイル)』を提示します」


アイがメインスクリーンに作戦図を表示した。


「潜水艇の四方にあるエミッターから、高出力レーザーを照射。亜空間の亀裂に向けて四本の『杭』を打ち込み、空間座標を物理的に固定(ロック)します」

《荒れ狂う海流と亜空間の揺らぎを、無理やり静止させるのだ。……力技だが、今のポセイドンの出力なら可能だ》


俺は、メインスクリーンに映し出された作戦を確認する。

「よし、採用だ!そうと決まったら直ぐに実行だ。」


俺は皆を見回した。

「総員、配置につけ! ポセイドンのエネルギーをすべてビームに回す!」


「了解です!」 「はい、カガヤ様」

クゼルファとセツナ、セレスティアがそれぞれのコンソールに向かう。


「アイ、充填開始!」


「了解。全動力炉、リミッター解除。エネルギー充填率、上昇中」


アイの宣言と同時に、ポセイドンの船体が、低く、重い唸り声を上げ始めた。

ドクン、ドクンと、心臓の鼓動のように機関部が脈動する。


「動力パイプ、圧力上昇! 80%……90%……!」


セツナがコンソールを走る数値を読み上げる。その指先は残像が見えるほどの速度でキーを叩き、暴れようとする出力を制御していた。


「くっ……! 魔力回路(エーテルライン)が悲鳴を上げています! このままでは爆発します!」


クゼルファが叫ぶ。コンソールから火花が散る。 ポセイドンが生み出すエネルギーは、すでに物理的な許容量を超えかけていた。


「抑えろ、クゼルファ! お前の魔力で回路を補強するんだ!」


「やってます! あああもう、私の魔力も全部持って行きなさいッ!」

クゼルファがコンソールに手を叩きつけると、蒼白い光が配線に浸透し、焼き切れそうな回路を無理やり繋ぎ止める。


「船体装甲、キシみ始めています……!」

セレスティアが祈るように呟く。

「神よ、どうかこの鉄の箱舟をお守りください……『聖域(サンクチュアリ)・内部展開』!」



彼女の祈りが金色の光となって船内を満たし、ミシミシと歪み始めた隔壁を内側から支える。


《エネルギー充填率、110%。……まだだ、まだ足りん!》

モンテストゥスが吼える。

《この程度の出力では、次元の壁は穿てんぞ! アイ、補助電源もすべて直結しろ! 後のことは考えるな!》


「了解。生命維持システム、最低レベルへ移行。照明、空調、全カット。……全リソースをビーム発振器へ」


ブツン、と船内の明かりが消えた。 代わりに、非常灯の赤い光と、暴走寸前のエネルギーが放つスパークだけが、俺たちの顔を照らし出す。 船内温度が急上昇し、空気がヒリヒリと焼け焦げる匂いが充満する。


「充填率、120%……臨界点到達」


アイの声にも、ノイズが混じり始める。

船体全体がガタガタと激しく震え、リベットが弾け飛ぶ音が響く。

これ以上は、ポセイドンそのものが耐えられない。


「いけるか!?」

俺は、振動するトリガーに指をかける。


「……座標固定、完了。発射角、修正なし」

セツナが顔を上げる。その瞳には、揺るぎない信頼の光。


「いつでもどうぞ、カガヤ様! 私たちの命、預けました!」

クゼルファが不敵に笑う。


「道は、私たちが支えます!」

セレスティアが叫ぶ。


俺は、目の前の虹色に歪む空間を見据えた。 あの中に、数万年も独りで待っている奴がいる。


「こじ開けるぞッ!!」

俺は咆哮と共に、トリガーを限界まで引き絞った。

「――『次元定着ビーム』、発射ぁぁぁッ!!!」


ドォォォォォォンッ!!


ポセイドンの四方から、極太の光の柱が解き放たれた。

それは攻撃のための破壊光線ではない。

物理法則をねじ伏せ、世界を縫い止めるための、純粋なエネルギーの楔。


ズズズズズ……ッ!!


深海そのものが悲鳴を上げるような重低音と共に、虹色に渦巻いていた亜空間の界面に、四本の光が突き刺さる。

光と闇が激突し、凄まじい衝撃波がポセイドンを揺さぶる。


だが、光は負けない。

四本の楔は、荒れ狂っていた空間の揺らぎを、無理やりに、絶対的な力で静止させていく。


「固定完了! 空間トンネル、開通!」


アイの報告と同時に、光景が一変した。

暗黒の深海に、そこだけ煌々と輝く、真円の穴が開いていた。

その内部は、外の深海の水圧からも、亜空間の混沌からも隔絶された、「真空のトンネル」。

重力も気圧も安定したその道は、まるで深淵に架けられた神の回廊のように、静謐に輝いていた。


「……やったか」


俺は荒い息を吐きながら、シートベルトを外して立ち上がった。 船の振動は収まったが、エネルギー残量はカツカツだ。


「道はできた……だが、ポセイドンは動かせない。現状を維持するだけで精一杯だ。……中に入るのは、俺一人で行く」


「カガヤ様!」

セツナが駆け寄る。


「心配すんな。生身じゃ行かねぇよ」


俺は、船内ロッカーから専用の装備を取り出した。

銀色に輝く流線型のアーマー。『位相同調スーツ』。

いざという時のために、どんな過酷な環境下でも活動できるよう、アイとモンテストゥスが設計した強化外骨格だ。


「俺が精霊獣を連れて戻るまで、このトンネルを維持してくれ。……頼んだぞ、みんな」


「……はい! どうかご無事で!」

セレスティアが祈るように手を組む。


カガヤはスーツを装着し、ヘルメットのバイザーを下ろした。

気密確認。システムオールグリーン。


「行ってくる!」


俺はエアロックを開放し、光り輝くトンネルへと躍り出た。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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