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第254話:次元のキャンバス

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「……はぁ、はぁ……」

俺の荒い呼吸音だけが、静寂を取り戻したコックピットに響いていた。

高次元の嵐は去った。


ポセイドンを包んでいた圧倒的な圧力は消え、モニターには再び、深海の静謐な闇が映し出されている。


「コウ……!」

セレスティアが、カガヤの身体を支えながら、その顔を覗き込む。 聖なる光による治癒は完了している。裂けた皮膚も、破裂した血管も元通りだ。だが、魂が受けた摩耗だけは、すぐに癒えるものではない。


「……大丈夫だ。生きてる」

俺は、重たい瞼を持ち上げ、自分を囲む三人の女性を見渡した。


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、凛とした強さを宿したクゼルファ。


慈愛に満ちた瞳で、祈るように手を握るセレスティア。


そして、いつもの無表情の奥に、確かな熱を灯して背中を支えるセツナ。


「ありがとう、お前たち。……お前たちが呼んでくれたから、俺は戻って来られた」

俺は、掠れた声で感謝を告げた。


そして、コンソールのレンズに向けて、ニカっと笑ってみせた。


「アイ、お前もだ。サンキューな。お前がいなきゃ、俺の精神はあの嵐の中で霧散してた」


《……礼には及びません、マスター。私は貴方の『相棒パートナー』として、最適な機能パフォーマンスを発揮したに過ぎません》


アイの合成音声は、いつも通りの冷静さを装っていた。だが、その声色がほんの少しだけ弾んでいるのを、ここにいる全員が感じ取っていた。


「高次元干渉波、消失。……我々の、勝利です」


コックピットを満たす聖なる光が、船外の闇すらも払い除けていく。

最大の危機を乗り越え、ポセイドンは今、かつてない結束と共に、深海の旅路へと復帰しようとしていた。「……はぁ、はぁ……」


俺の荒い呼吸音だけが、静寂を取り戻したコックピットに響いていた。

高次元の嵐は去った。


ポセイドンを包んでいた圧倒的な圧力は消え、モニターには再び、深海の静謐な闇が映し出されている。


「コウ……!」

セレスティアが、カガヤの身体を支えながら、その顔を覗き込む。 聖なる光による治癒は完了している。裂けた皮膚も、破裂した血管も元通りだ。だが、魂が受けた摩耗だけは、すぐに癒えるものではない。


「……大丈夫だ。生きてる」


俺は、重たい瞼を持ち上げ、自分を囲む三人の女性を見渡した。


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、凛とした強さを宿したクゼルファ。


慈愛に満ちた瞳で、祈るように手を握るセレスティア。


そして、いつもの無表情の奥に、確かな熱を灯して背中を支えるセツナ。


「ありがとう、お前たち。……お前たちが呼んでくれたから、俺は戻って来られた」

俺は、掠れた声で感謝を告げた。


そして、コンソールのレンズに向けて、ニカっと笑ってみせた。


「アイ、お前もだ。サンキューな。お前がいなきゃ、俺の精神はあの嵐の中で霧散してた」


《……礼には及びません、マスター。私は貴方の『相棒パートナー』として、最適な機能パフォーマンスを発揮したに過ぎません》


アイの合成音声は、いつも通りの冷静さを装っていた。だが、その声色がほんの少しだけ弾んでいるのを、ここにいる全員が感じ取っていた。


「……どうして、こんな無茶を……」


セレスティアが、俺の胸に額を押し付け、震える声で言った。


「ご自分の存在を『錨アンカー』にするなんて……。もし失敗していたら、あなたは……」


「やらなきゃ、お前たちを失うところだった」


俺は、セレスティアの髪を優しく撫でた。

「俺は見たんだ。お前たちが出会うはずだった、もう一つの残酷な未来を。……あんなものを『正史』だなんて認められるか。俺は、お前たちが笑っている『今』を守りたかったんだ」


「カガヤ様……」

クゼルファが、感極まったように鼻をすする。


「それに、俺一人の判断じゃない。……教えられたんだ」


「教えられた?」

セツナが小首をかしげる。


「『観測者』……そう名乗っていた気がする。あるいは、モンテストゥスが言う『星の民』か」


カガヤの言葉に、コックピットの空気が凍りついた。


「俺が精神の海を漂っている時、声が聞こえたんだ。『これがお前のせいで歪んだ歴史だ』ってな。で、俺が『ふざけるな』って言い返したら、奴は面白がって、この賭けを教えてくれた」


《……なんだと?》

それまで沈黙を守っていたモンテストゥスが、低く唸るような声を上げた。


モニターに映る彼の波形が、激しく乱れる。


《カガヤよ。お主は今、あの高次元空間で、星の民と『対話』したと言ったのか?》


「ああ。向こうから話しかけてきた。姿は見えなかったが、光の塊みたいな……」


《……解せぬ》


モンテストゥスの声には、明らかな困惑と、警戒の色が滲んでいた。

《星の民は、かつてこの惑星ほしを去り、高次元へと昇華した存在だ。彼らにとって、我々のいるこの三次元空間は、あまりに低位で、干渉の難しい領域のはずだ》


「どういうこと?」


クゼルファが、涙を拭いて尋ねる。


「高次元とか低次元とか、よく分かりません。彼らは神様のようなものでしょう? なら、私たちに話しかけるくらい、容易いのではありませんこと?」


《ふむ……クゼルファよ。想像してみろ》


モンテストゥスは、少し思案してから、諭すように語り始めた。

《主ぬしが、美術館で一枚の『絵画』を見ているとしよう。その絵には、騎士や聖女が描かれている》


「ええ。美しい絵画ですね」


《主は、その絵の外側にいる。だから、絵の中で何が起きているか、隅々まで全て把握できる。右端に描かれた花の種類も、騎士の剣の銘も、全てな》


「それはそうですね。見ているのですから」


《だが……絵の中に描かれている騎士は、主の存在に気づけるか?》


「え?」


クゼルファが瞬きをする。


「……いえ、気づきませんわね。だって、絵の中の人ですもの」


《そうだ。絵の中の住人は、決して絵の外側にいる鑑賞者を認識できない。次元が違うとは、そういうことだ》


モンテストゥスは続ける。

《そして、逆もまた然りだ。主は絵を見ることはできても、その絵の中に入り込んで、騎士と握手をしたり、剣を奪ったりすることはできないだろう? 絵の具という物質に触れることはできても、その『物語』の中には介入できない》


「……?」


クゼルファの眉間に、深い皺が刻まれた。


彼女の頭上で、見えない疑問符が乱舞しているのが分かる。


「見ているのに、入れない? でも、筆で書き足せば……いえ、それは画家の領分で……鑑賞者は……ええと?」


俺は、混乱するクゼルファを見て、苦笑しながら助け舟を出した。

「クゼルファ。違う例えをするとだな」


俺は、自分の手のひらをクゼルファの前にかざした。

「俺たちが、本の中の登場人物だと思えばいい。星の民は、その本を読んでいる読者だ」


「読者……」


「読者は、俺たちが次にどうなるか、ページをめくれば分かる。俺たちの気持ちも、文章として読める。でも、読者が本に向かって『危ない!』って叫んでも、その声は物語の中の俺たちには届かないだろ?」


「あ……! そうですね! 本の外の声なんて聞こえませんね!」

クゼルファがポンと手を打つ。


「それが、モンテストゥスの言う『次元の壁』だ。本来、あっちからはこっちを見ることはできても、直接手を出すことはできないはずなんだ」


「なるほど! よく分かりましたわ、カガヤ様! さすがです!」


クゼルファは尊敬の眼差しで俺を見る。


しかし、セレスティアの表情は晴れなかった。むしろ、その説明を聞いて、より一層不安を深めたようだった。


「……だとしたら、おかしいではありませんか」

セレスティアが、鋭い指摘を口にする。


「モンテストゥスのお話が正しければ、星の民は『絵の外』にいるはず。それなのに、なぜコウに『声』が届いたのですか? なぜ、脱出の方法を教えるなんていう『介入』ができたのですか?」


《その通りだ、セレスティア》


モンテストゥスが重々しく肯定する。


《彼らは、本来ならば不可能なはずの『物語への介入』を行ってきた。……絵画の鑑賞者が、キャンバスの中に手を突っ込んで、登場人物の肩を叩いたようなものだ》


「……不気味ですね」

セツナが、短く呟いた。


「彼らは、どこにいるのですか? まだ、私たちを見ているのですか?」

コックピットに、再び緊張が走る。


見えない視線。


自分たちの運命が、誰かの手のひらの上で転がされているような感覚。


俺は、じっと自分の手を見つめた。

「……考えられる可能性は二つだ」

指を立てる。


「一つ。奴らは何らかの『裏技』を使って、次元の壁を越えてアクセスしてきた。……あるいは」

俺は言葉を切り、深海の闇を見据えた。


「奴らは、もう『絵の外』にはいない。……この次元キャンバスの中に、奴らの『代理人』か『端末』のようなものが、既に存在しているかだ」


《……否定できん》

モンテストゥスが同意する。

《今回通過した高次元空間の歪みそのものが、彼らの『指先』だったのかもしれん。だが、それ以上に……彼らがそこまでしてカガヤ、お主に接触してきた理由が気になる》


「俺が『バグ』だから、と言っていたな」

自嘲気味に笑う。


「予定調和の悲劇をぶち壊す、異物。……面白がられたのか、それとも危険視されたのか」


結論は出ない。だが、一つだけ確かなことは、彼らの旅が、単なる惑星探査や遺跡発掘のレベルを超え、この世界の「管理者」あるいは「創造主」に近い存在の目に留まってしまったということだ。


その時だった。


「マスター。前方、ソナーに巨大な構造物を検知」

アイの冷静な声が、思考の迷路に迷い込みかけた一行を現実に引き戻した。


「……来たか」

俺は顔を上げメインスクリーンを見た。


メインスクリーンに映る深海の闇。その奥底に、ぼんやりと、しかし確かに、人工的な光が浮かび上がってきた。

それは、海底に突き刺さる巨大な塔のようでもあり、あるいは深海に咲いた鉄の華のようでもあった。

幾何学的なラインが青白く発光し、周囲の海水を拒絶するように、厳かな結界を張り巡らせている。


古代遺跡よりもさらに異質で、神々しく、そしてどこか禍々しい威容。


「あれが……」

クゼルファが息を呑む。


《間違いない》

モンテストゥスの声に、力がこもる。

《あれこそが『星の監獄』。……我が同胞、大精霊サハリエルの依り代である精霊獣が閉じ込められている場所だ》


星の民の謎。


高次元からの干渉。


それらの答えも、きっとこれたちが進むその先にある。今は、今やるべきことをやるだけだ。

俺は操縦桿を強く握り直した。

手のひらに残る、クゼルファたちの体温。

それが、彼の震えを止め、覚悟を定めてくれる。


「星の民のことは、後回しだ。奴らが何を考えていようと、俺たちがやることは変わらない」

俺は、仲間たちを振り返り、力強く宣言した。

「まずは、目の前の囚われの姫君を助け出す。……そうだろ?」


「「「はい!」」」


三人が、力強く頷いた。


ポセイドンが、青白い光を放つ「星の監獄」へと舳先を向ける。

深海の底、世界の真実が眠る場所へ。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

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