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第28話:未来への投資

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

聖樹の雫が群生していた聖域から、俺とクゼルファは無事に、野営をしていた洞窟へと戻ってきた。


復路は、あの場所の主であったオーガがいなくなったからか、不気味なほどの静寂に包まれていた。行きに比べると魔獣との遭遇も少なく、特に大きな問題もなく辿り着くことができた。クゼルファの体力を考慮し、無理のないペースで進んだおかげだろう、空が茜色に染まる頃、俺たちは洞窟に帰り着いた。


「もう日が暮れてしまいましたね」


「そうだな。今日はここで過ごそう」


俺の言葉に、クゼルファも同意した。無理は禁物だ。洞窟の奥へと進み、野営の準備を始める。焚き火を熾し、先日狩ったクエイク・ボアの肉で簡単な食事を済ませる。疲労困憊のクゼルファは、焚き火の傍で眠りに落ちるのも早かった。その寝顔には、聖樹の雫を手に入れたことへの安堵と、エラルという少女への想いが浮かんでいるようだった。



翌朝、夜明けと共にクゼルファが目を覚ました。俺はすでに起きており、洞窟の入り口から外の様子を窺っていた。


「クゼルファ、すまないが、ここで待っていてほしい」


俺の言葉に、彼女は少し驚いた表情を浮かべた。


「カガヤ様? 私も、ご一緒します」


クゼルファは一緒に行くことを進言しようとしたが、俺は静かに首を横に振った。


「無理はするな。君の傷は、まだ完全じゃない。それに、これから行く場所は少し特殊でな。一人の方が都合がいいんだ」


アルカディア号の残骸の存在や、そこでの作業を見せるわけにはいかない。しかし、彼女の体調を気遣う気持ちも本心だった。


「……足手まとい、ということですか」


俺の言葉に、クゼルファはぐっと唇を噛んだ。彼女の表情に、悔しさと、戦士としてのプライドが傷ついたことへの葛藤が浮かんでいるのが見て取れた。だが、彼女は聡明だった。俺が何か、彼女には明かせない事情を抱えていることを、察してくれたのだろう。


最終的に彼女は俺の言葉に静かに頷いた。

「……分かりました。お気をつけて、カガヤ様。私はここで、カガヤ様がお戻りになるのをお待ちしています」


「ありがとう。すぐに戻る」


クゼルファに背を向け、俺は洞窟を後にした。アルカディア号が隠された場所までは、それほど距離はない。



アルカディア号に辿り着くと、俺はすぐにアイに呼びかけた。


「アイ、聖樹の雫はどうだ? 」


俺がアイにそう言うと、目の前に、半透明のアイのホログラムが音もなく浮かび上がる。


「その姿を見るのも、久しぶりな気がするな」


「お久しぶりです、マスター。量子転送システム(QTS)のログを確認。転送は問題なく成功しています。聖樹の雫はこちらです」


アイが示したラボの転送レシーバーの上には、見慣れない、しかし機能美に溢れた銀色の容器が置かれていた。


「最終調整が完了しました、マスター。この容器内部では、聖樹の雫が自生していた場所の魔素環境を完全に再現しています。理論上、数週間はこのまま効力を維持できるでしょう」


「よくやった、アイ」


俺は転送されていた聖樹の雫のはいった容器を、レシーバーから取り出す。サイズは水筒くらいの大きさだ。魔素合金と、特殊な断熱材で作られているせいか、見た目よりずっと軽量だった。


「で、この容器の名称は?」


「『エーテル・チェンバー』と命名しました。いかがでしょうか?」


「良い名前だ。気に入ったよ。……それにしても、聖樹の雫が持つ、あの第二のエネルギー。その根源は、一体どこにあるんだろうな」


「申し訳ありません、マスター。情報不足のため、現状では解析できません」


「いや、いい。今はその詳細を深掘りしている時間はないからな」


俺はエーテル・チェンバーをバックパックに慎重にしまいながら、アイに告げた。


「アイ、計画を変更する。俺は、この後クゼルファと共に、ヴェリディアという街へ向かう」


《マスターの判断を支持します。ですが、その前に、一つ、提案があります》


「何だ?」


《神経同期学習システムと、網膜インプラントの施術です。マスターがこれからこの惑星の人間社会で活動するにあたり、言語と思考の壁、そして情報の視覚的取得は、生存戦略における最重要課題となります。これらのシステムを導入すれば、それらを短時間で克服することが可能です》


アイは、これまで集めたこの世界の知識や言語データ、戦闘技術などを俺の脳に直接定着させること、そして、彼女の分析データを俺の視界に直接オーバーレイ表示させるための、網膜インプラントの施術を提言してきた。


「神経同期学習はいい。だが、網膜インプラントだと? 医療モジュールが万全じゃないこの状況で、そんな精密な外科手術が本当に安全だと言えるのか? リスクが高すぎないか?」


《医療モジュールの自己診断によれば、当該施術の成功率は99.99%以上です。医療用ナノマシンによる処置は、マスターの身体への負荷を最小限に抑えます。その上で、論理的にメリットをご説明します。網膜インプラントにより、私の分析データをマスターの視界に直接オーバーレイすることが可能になります。これにより、戦闘時における敵のバイタルサイン、構造的弱点、攻撃予測軌道などをリアルタイムで視認でき、反応速度は現状の37%向上します》


俺は黙り込む。そのメリットは計り知れない。だが、自分の肉体に機械を埋め込むことへの抵抗感は、そう簡単には拭えない。


《また、肉眼では捉えられない魔素の流れや、隠れた魔獣の気配、有毒植物の分布なども視覚化できます。クゼルファを危険から守る上でも、極めて有効な手段です。生存戦略として、この施術を受けないという選択は非合理的です》


「……お前はいつもそうだな。正論でねじ伏せやがる」

アイの言う通りだ。……理屈の上ではな。だが、自分の身体を機械に置き換えていくことへの生理的な嫌悪感は、そう簡単には消えない。しかし……


「……分かった。だが、アイ。お前の予測から少しでも外れたら、即時中断だ。それが条件だ」


「承知いたしました、マスター。それでは、医療モジュールへ移動してください」


アイにそう促された俺は医療モジュールへと向かった。そこにあるのは、医療モジュールの中核をなす、白い流線形のカプセル――『メディカル・ポッド』。半透明のキャノピーが静かに開き、内部の様子が露わになる。人体に完璧にフィットするように設計されたゲル状のシート、そして、俺の身体を優しく固定するための無数のアームと、生命維持に必要なチューブ類。それは、単なる学習装置というよりは、本格的な外科手術や長期のコールドスリープにも対応できる、生命維持システムだった。


俺がポッドの中に横たわると、キャノピーが静かに閉じて外部と完全に遮断され、内部は無菌状態に保たれる。そして、頭上から、神経同期学習とインプラント施術を同時に行うための、複合ヘッドギアがゆっくりと降りてきた。


「……大袈裟なもんだな」

俺は、閉鎖された空間の中で小さく悪態をつきながらも、その完璧なシステムに、ある種の安心感を覚えていた。俺はアイに指示を出した。


「よし、始めろ」


アイがシステムを起動すると、二つの異なる感覚が俺を同時に襲った。


一つは、脳への直接的な情報の奔流。それは、単なる単語の羅列ではない。言葉の音、その発音器官の動き、文法の構造、さらにはそれぞれの言葉が持つ文化的背景やニュアンスまでが、まるでデータとしてダウンロードされるように、脳に刻み込まれていく。頭の中で、これまでバラバラだった現地の言葉が、一つの意味のある情報体系として、急速に整理されていく。まるで、何十年もの歳月をかけて学んだ知識が、一瞬にして凝縮されるような感覚だ。


そしてもう一つは、物理的な施術の感覚。医療モジュールのナノマシンアームが、俺の眼球に極めて精密な処置を施していく。痛みは全くない。ただ、眼球に触れる冷たい感触と、視界が強制的にシャットダウンされ、網膜の裏で無数の光の粒子が明滅する、奇妙な映像だけが続く。キャリブレーションを示す幾何学模様が網膜に直接投影され、俺の視神経がアルカディア号のシステムと強制的に同期されていく。


この情報の洪水と、身体への直接介入は、激しい負荷を伴った。脳が焼き切れるような錯覚、情報過多による吐き気。耐え難い不快感だが、これは、未来への投資だ。


言語だけでなく、これまでの会話やアイの収集データから得られたこの世界の文化、歴史、魔法の基礎知識なども、同時に脳に刻み込まれていく。それは、まるで断片的な夢を見るようでもあり、この世界の根底に流れる「理」のようなものが、わずかにだが、理解できるようになった気がした。


どれほどの時間が経っただろうか。情報の奔流と、網膜への施術が、ゆっくりと収まっていく。俺が、ゆっくりと目を開けると、世界が、以前とは少しだけ違って見えた。視界の隅に、半透明のコンソールが浮かび上がっている。


俺は、この新たな知識と理解、そして視界が、これからの旅で、大きな力となることを確信していた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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