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第27話:繋ぐ希望

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

クゼルファの瞳から、希望の光が急速に失われていく。その絶望は、俺にも痛いほど伝わってきた。だが、ここで諦めるわけにはいかない。エラルの命が、彼女の希望が、そしてクゼルファの命を賭した努力が、今、俺の双肩にかかっている。俺には、諦めるという選択肢は、もはや存在しなかった。


〈アイ、何か方法はないのか? この場で、短期間でできることだ。……どんな些細な可能性でもいい、すぐに提案しろ!〉


俺は焦りのままにアイに問いかける。


《……提案があります、マスター。聖樹の雫が持つエネルギーの維持には、この場所と同等の、高濃度の魔素環境が不可欠です。アルカディア号の技術の一部を応用すれば、その問題を解決できる可能性があります》


アルカディア号の技術。そうだ、俺にはまだ、あの船とアイがいる。何とかなるかもしれない。アイの声に、微かな、しかし確かな希望の光が差し込む。


〈具体的には?〉


《アルカディア号に搭載されている『量子転送システム(QTS)』です。QTSは、物質を量子レベルで分解し、データとして転送、目的地で再構築するシステムですから、対象のエネルギー状態や周囲の環境情報も、同時に転送することが可能です》


〈待て。量子転送システムは、まだ修復が終わっていないはずだろ?〉


《はい。主要な機能は依然としてオフラインです。ですが、先日再構築した『量子エントングルメント・コア』を利用し、魔素リアクターの全エネルギーを転送システムに短時間だけ直結させれば、極めて限定的な転送が理論上は可能です》


〈なるほどな。で? どうするんだ?〉


《はい。マスター。例えば、転送対象を小型の有機物とその周辺環境に限定し、転送距離を最短に設定します。そして、魔素リアクターの全エネルギーを、一時的に転送システムに集中。そうすれば、極めて限定的ではありますが、転送が可能です》


〈しかし、転送できたとして、アルカディア号に着いた瞬間に効力を失うんじゃ意味がないだろう?〉


《いいえ、マスター。転送するのは、物質だけではありません。その物質を構成する量子情報と、それが置かれていた『環境情報』も同時に転送します。アルカディア号のラボで、既に得られている環境情報を元に、高濃度の魔素フィールドを発生させる特殊な保存容器をオート・マニピュレーターで製作し、その中に直接、聖樹の雫を再構築します》


〈その容器を作るのに、どれくらい時間がかかる?〉


《獲得済みの環境データと、アルカディア号の残存資材を基にシミュレートします。……最短で、およそ2時間です》


〈2時間……。この危険な場所で、それだけ待機するのか〉


《はい。ですが、他に方法はありません》


〈成功確率は?〉


《……算出不能です。あまりにも、未知の要素が多すぎます》


〈分かった。アイ、今すぐ容器の製作を開始しろ。俺たちはここで待つ〉


《了解しました。オート・マニピュレーターを起動。特殊保存容器の製作を開始します》


俺は、クゼルファと向き合った。彼女は、心配そうな顔で俺を見上げている。その瞳には、まだ不安の色が濃く残っていた。


「クゼルファ。大丈夫だ。一つだけ、方法があるかもしれない。いや、なんとか、する」

俺は彼女の目を見て、力強く言い切った。


「それは本当ですか? カガヤ様……」


「ああ。だが、少し、準備が必要だ」


しかし、このまま二時間、ただ息を潜めて待っているのは得策じゃない。いつ、オーガの死体の匂いを嗅ぎつけた別の魔獣が現れるか分からない。それに、目の前には、伝説級の魔獣の素材が、二体分も転がっている。これを無駄にする手はない。


「クゼルファ、悪いが、少し手伝ってくれ。あのオーガから、使えそうな素材を回収する。ただ待っているより、よほど有意義だ」


俺の提案に、クゼルファは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに戦士の顔に戻り、力強く頷いた。


「はい、承知いたしました。オーガの素材は、どれもが国宝級の価値を持つはずです。無駄にはできません」


俺たちは、オーガの死体へと近づいた。俺はマルチツールを構え、クゼルファは解体用のナイフを抜き放つ。


「まず、この角だ。アイの分析通りなら、高密度の魔素が凝縮されているはずだ」


俺がマルチツールのカッターで、硬い頭蓋骨から角を切り出すと、クゼルファが感嘆の声を上げた。


「カガヤ様のその道具は……どんなに硬いものでも、紙のように切り裂いてしまうのですね」


「そうか? で、この角はどれくらいの価値がありそうだ?」


「高位の魔獣の角は、魔法の杖や、武具の付与魔術に用いられる、最高級の素材です。しかし、これはあの伝説の大鬼(オーガ)の……。これ一つで、小さな家が建つくらいの価値はあるのではないでしょうか?」


「へえ、そりゃすごい。商人としては、聞き捨てならない情報だな」


俺は軽口を叩きながらも、その価値に内心驚いていた。


次に、俺たちは、分厚い皮を剥ぎにかかる。これもまた、最高級の防具の材料になるという。俺とクゼルファ、二人がかりで、数十分かけてようやく一部を剥ぎ取ることができた。その間も、俺たちは言葉を交わし続けた。彼女が語る、この世界の常識。俺が時折見せる、未来の知識の片鱗。その一つ一つが、俺たちの間の壁を、少しずつ溶かしていくようだった。


素材の解体作業は、思った以上に時間がかかった。二時間が経つ頃には、俺たちの前には、オーガの角、皮、そして、心臓近くから採取した、赤黒く輝く『魔石』と呼ばれる結晶体と、素材が山のように積まれていた。


《マスター。容器の製作が完了しました。転送レシーバーへの設置も完了。いつでも転送可能です》


アイからの吉報に、俺は固く握りしめていた拳を、ゆっくりと開いた。安堵の息が、思わず漏れる。


「よし……」


俺は、隣で息を殺していたクゼルファに向き直った。彼女は、俺の表情の変化を読み取ったのか、その瞳に、かすかな期待の光を宿している。


「クゼルファ、準備ができた。今から、俺の『魔法』で、この薬草を安全な場所に送る。少し、不思議なことが起こるが、驚かないでくれ」


俺の言葉に、クゼルファはこくりと頷いた。彼女の目には、もはや疑いの色はない。ただ、俺がこれから何を成すのか、固唾を飲んで見守っている。その絶対的な信頼が、俺の背中を押した。


「少し、離れていてくれ」


俺はそう言うと、聖樹の雫が群生する場所へと、再び足を踏み入れた。青白い光を放つ植物の中から、特にエネルギーの強いものを選び、その根元に俺の触媒ブレスレットを置いた。これが、転送の目印となる、ビーコンだ。


「アイ、こちらの準備はOKだ。目標は、このブレスレットの周囲にある、聖樹の雫。及びその環境だ。座標、ロックできるか?」


《……座標、ロックしました。転送準備、開始します。魔素リアクターのエネルギー、転送システムへ。出力、30%、50%、80%……》


俺の脳内に、アイのカウントダウンが響く。周囲の空間が、ピリピリと、魔素のエネルギーで満たされていくのが分かる。


《……95%。マスター、転送シーケンス、最終段階に入ります。これより先は、後戻りできません》


「やれ」


俺の短い命令と共に、ブレスレットと、その周囲の聖樹の雫が、一瞬、まばゆい光を放った。そして、次の瞬間、まるで陽炎のように、その場から、跡形もなく消え失せていた。


成功したのか? 失敗したのか?


数秒が、永遠のように感じられた。


《……マスター》


アイの、声が、届いた。


《アルカディア号内の転送レシーバーに、対象物の再構築を確認。……特殊保存容器内のエネルギーフィールド、正常に維持されています。……転送は、成功です》


「……よしっ!!」

アイの言葉を聞いた瞬間、俺は安堵の息を吐くと同時に、込み上げてくる熱いものを抑えきれずに、力強く拳を握りしめた。


クゼルファが、信じられないといった表情で、俺と、物が消えた空間とを、交互に見つめている。彼女の目に、再び、力強い光が戻り始めていた。


「カガヤ様……今のは、一体……?」


「まあ、気にするな。これで、君の友人を助けられる。それが一番大事だろ?」

俺は、そう言って彼女に安心させるように微笑んだ。


こうして俺たちは、彼女の、そして、エラルという少女の希望を、未来へと繋いだのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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