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幕間12−2:「神の御使い」という劇薬

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

カガヤ・コウという「嵐」が、再び『沈黙の工房』の鉱石と共に「瞬間移動」で去っていった直後。


王都アウレリア、『黎明の守護者団』本部司令室。 円卓会議の席に残された者たちは、言葉を失っていた。


会議室は、カガヤという存在が残した「規格外」の余韻と、アルフォンスが証言した「事実」、カガヤが開示した「精霊獣」の存在、そしてエルネストが導き出した「神の御使い」という言葉の圧倒的な重みで、異様な沈黙に包まれていた。 もはや、カガヤ・コウという男を、「幸運に恵まれた商人」と呼ぶ者は、ここには一人もいない。


重い沈黙を破ったのは、大陸北東の軍事国家から派遣された、歴戦の将軍だった。その顔は、興奮ではなく、明らかな「畏れ」によって、こわばっていた。


「……ご覧になりましたか、国王陛下。あれが、我らが団長殿の……『正体』…」


将軍は、テーブルを強く叩いた。


「異なる理だと? 神代の精霊獣を使役だと?……ふざけている!あのような、我らの常識を超えた力を野放しにしておけば、それこそが第二の『大災厄』を招きかねんのではないか!」


彼の言葉は、この場にいる多くの者が内心で抱いていた、最も原始的な恐怖を代弁していた。


「将軍、言葉を慎まれよ」


その激昂を、冷静な声で制したのは、国王の側近であるフォルトゥナ王国宰相だった。


「だが、将軍。西の『大精霊救出』と、東の『犠牲ゼロ』での遺跡攻略。あの二つの、あまりにも巨大すぎる『成果』が、本物であることも、また事実」


彼は、居並ぶ重鎮たちを見回した。


「正直に認めようではないか。彼がいなければ、今頃、我らは東西両面で手詰まりだったのだぞ。『終焉』という大病を前に、我らは、あの『劇薬』に手を出す以外の選択肢を、もはや持っておらんのだ」


「だからこそ危険なのだ! あの力を、利用すべきだ!」


「いや、あれは、利用できるような代物ではない!」


「危険な力だ」と警戒する者。

「利用すべきだ」と、早くもその力を手に入れようと色めき立つ者。

会議室は、カガヤがいた時とは別の意味で、人間の欲望と恐怖が渦巻く、新たな混沌に包まれ始めていた。


その喧騒の中、玉座に座るフォルトゥナ王国国王だけが、静かに目を閉じていた。

彼の脳裏には、カガヤ・コウという男と、初めてこの王城で公式に謁見した日のことが、鮮やかに蘇っていた。


(……あの時から、わかっておった)


うさんくさい商人、という触れ込みだった。だが、実際に相対したあの男の瞳は、この世界の誰とも違っていた。

金や権力には、一片の興味も示さない。かと思えば、スラムの子供たちの未来には、法外な投資を惜しまない。

あの瞳は、目の前の欲ではなく、遥か彼方の深淵と、この世界の、我らには見えぬ「未来」そのものを見据えておった。


(あれは、天秤だ……)


この世界の運命そのものを量る、「天秤」のような男。

わしは、その天秤に、このフォルトゥナ王国の、いや、このアメイシア大陸の未来を賭けたのだ。

「神の御使い」か……。なるほど、その呼び名が、一番しっくりくるやもしれぬ。


国王は、ゆっくりと目を開いた。その瞳には、一人の人間としての動揺ではなく、全てを見通す、統治者としての「慧眼」が宿っていた。


「―――静まれ」


その、低く、しかし威厳に満ちた声が、会議室の紛糾を、一瞬にして鎮めた。


「……カガヤ殿が『神の御使い』か、あるいは『異なる理の来訪者』か、その呼び名はどうでもよい」


国王は、居並ぶ重鎮たちを、一人一人、厳かに見据えた。


「彼が『黎明の守護者団』の団長であり、我らが『終焉』に対抗するための、今や、唯一にして最大の『切り札』であるという事実に、変わりはない」


その絶対的な「事実」の前に、もはや誰も反論はできない。


「……陛下のお言葉通りです」


国王の言葉を受け、本部責任者のエルネストが、冷静な分析を加えた。彼は、この場の誰よりも、カガヤという存在を「実務」として処理しようと努めていた。


「ですが、陛下。問題は、その『切り札』が、我々の想像と常識を、遥かに超えていた、という点にあります」


エルネストは、震えを押し殺すように、続けた。


「もし、彼が本当に『神の御使い様』、あるいはそれに準ずる存在であるとするならば……。我々は、今、神を『道具』として扱おうとしていることになります」


その言葉に、敬虔な宗教国家の代表たちが、息を呑んで自らの胸に下げた聖印を握りしめた。


「ならばこそ!」


先ほどのタカ派の将軍が、待ってましたとばかりに声を張り上げた。

「『御使い様』の力を、我が国が、あるいは、この超国家連合が独占し、神聖なる庇護のもと、この危機を乗り切るべきではないのか!それこそが、神の御心であろう!」


「馬鹿を申されるな!」

現実主義の宰相が、即座にそれを一蹴した。



「将軍。あなたの目は節穴か? あのカガヤ団長が、我らの意のままになるような、都合の良い『神』に見えたか!?」

彼は、カガヤの、あの全てを見透かすような目を思い出し、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。


「下手にあの男を囲い込もうとすれば、それこそ、我ら全員が、彼の『合理的ではない』という、ただそれだけの判断によって、切り捨てられようぞ!」


「神を道具に」


「神を独占する」


「神に切り捨てられる」


議論は、もはや「人間」の領域を超え、いかにして「神」という名の規格外の力を「利用するか」「監視するか」「彼にどこまで依存すべきか」という、生々しい政治的な思惑へと移っていった。


国王は、その、ある意味で人間らしい、醜い権力闘争の萌芽を、冷ややかに見つめていた。


(……カガヤ・コウ。君という存在は、まさに『劇薬』だ)


『終焉』という大病を癒やす、唯一の希望かもしれぬ。

だが、同時に、我らが数百年にわたって、血と知恵で築き上げてきた、この大陸の『秩序』そのものを、根底から破壊しかねない。


国王は、カガヤがもたらす「世界の変革」が、もはや避けられないことを、この場の誰よりも深く、悟っていた。 カガヤは「規格外の神」の論理で進む。 ならば、我ら「人間」は、「人間」の論理で、この世界の秩序を守ねばならない。 カガヤという嵐に、全てを飲み込まれるわけにはいかない。


「……いずれにせよ」


国王が、再び場を制した。その声には、もはや、一切の動揺もなかった。

「彼が、『次なる答え』を持ち帰るまで、我らは、我らにできることをするのみだ。……エルネスト」


「はっ」


「アルフォンス団長代理を、全力で支援せよ」


その言葉に、エルネストも、そして重鎮たちも、ハッとした表情で国王を見た。


「カガヤ団長という『神の手』が、今この瞬間も、我らのために動いておられる。ならば、我ら『人間の手』が、遊んでいてどうする」


国王は、力強く、宣言した。

「この本部を、そして大陸の守りを、『人間の手』で守り抜く。それこそが、今、我らが為すべきこと。……異論は、ないな?」


それは、カガヤという「規格外」の存在と並行して、「人間」の代表であるアルフォンスの体制を固めることで、この未曾有の事態のバランスを取ろうとする、統治者としての、国王の「答え」だった。


カガヤという劇薬を飲み込みながらも、決して「人間」としての手綱は手放さない。 王都アウレリアの、最も長く、そして最も困難な一日が、ようやく幕を下ろそうとしていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

次回、第13章スタートです。

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