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幕間12-1:灼熱の騎士の葛藤

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

カガヤ・コウという「嵐」が、深海(しんえん)へと旅立ってから、数日が経過した。


王都アウレリア、『黎明の守護者団』本部司令室。

その喧騒の中心には、今や、アルフォンスの姿があった。


「――エルネスト殿、北部ガリア方面からの魔獣被害報告、受理した。直ちに、ローディア騎士王国とフォルトゥナ王国軍の合同部隊を編成。最小限の進軍で、被害状況の確認と、可能であれば大型個体の掃討を許可する」



「はっ!」


「ヴォル=ガラン連合王国への補給物資だが、陸路では遅すぎる。シエル経由で、海路にて送るルートを確保しろ。手配は、俺の名で構わない」



「承知いたしました!」


カガヤから半ば強引に押し付けられた「団長代理」の職務。しかし、アルフォンスは、彼持ち前の生真面目さと、騎士王国で培った指揮官としての能力を遺憾なく発揮し、山積する問題を、驚くべき速度で処理していた。


東部隊の再編指示。各国との物資補給の調整。各地から寄せられる、終焉の前兆ともとれる異常気象や、魔獣の活発化への対応。

そのどれもに、彼は騎士王国で培った「正攻法」で、的確かつ公正な指示を飛ばしていく。


彼が指揮する司令室は、カガヤがいた時のような「何が起こるか分からない」という熱狂こそないものの、軍隊のように規律正しく、効率的に機能していた。

本部スタッフや各国からの連絡官たちも、当初の戸惑いこそあったものの、今や、アルフォンスの有能な指揮に、純粋な敬意を払い始めていた。


だが――。


「……アルフォンス様」



一つの報告を終えたエルネストが、ふと、躊躇いがちに口を開いた。



「今しがた処理していただいた、ガリアの魔獣掃討の件ですが……もし、カガヤ団長がおられたなら、何か『奇策』をお持ちだったでしょうか?」


「……何?」



アルフォンスのペンが、ピタリと止まる。


「あ、いえ!」



エルネストは、慌てて首を振った。



「アルフォンス様の采配に、何の不満もございません!ただ……あまりにも完璧な正攻法でしたので、ふと、カガヤ団長なら、どうされただろうか、と……」


「……」


「東部隊のような、『犠牲ゼロ』での解決は、やはり、そう何度も望めるものでは、ありませんよね……。いえ、こちらの独り言です!失礼いたしました!」


エルネストは、深々と頭を下げて、次の業務へと戻っていった。

彼に、悪気は一切ない。

本部スタッフの誰もが、アルフォンスを有能な指揮官として認めている。


だが、その「悪気のない言葉」こそが、アルフォンスのプライドを、見えない棘のように、少しずつ、しかし確実に削っていった。


カガヤ・コウが残していった、「犠牲ゼロ」「遺跡完全攻略」「大精霊救出」という、あまりにも規格外すぎる「結果」。

それが、今や、この本部の、誰も口には出さない「基準(スタンダード)」になりつつあった。

そして、その「基準(スタンダード)」の前では、アルフォンスがどれほど完璧な「正攻法」を尽くそうとも、全てが色褪せて見えてしまうのだ。


(俺は、カガヤ・コウではない……)


ペンを握りしめるアルフォンスの手に、ギリ、と力が入る。



(分かっている。分かっているんだ……。だが……!)


その日、ローディア騎士王国との定時連絡の時間が来た。

遠話の水晶(クリスタル・トーク)』の前に、一人座る。司令室の喧騒が、今はひどく遠くに聞こえた。


水晶の光が収束し、そこに映し出されたのは、彼の師であるギデオン総長の、厳格な、しかしどこか懐かしい顔だった。


『……アルフォンスか。団長代理の仕事、様になっているではないか』



「……総長。ご無沙汰しております」


アルフォンスは、騎士としての礼を尽くし、この数日間で処理した業務報告を、淡々と読み上げていく。そして、話題は、あの『沈黙の工房』での一件へと移った。

彼は、東部隊での苦戦の顛末と、カガヤの「支援」による規格外の攻略、そして、カガヤが「神の御使い」と解釈された王都での会議までを、一切の私情を挟まず、ありのままに報告した。


ギデオンは、その衝撃的な内容を、ただ黙って聞いていた。

報告が、全て終わる。

アルフォンスが、「以上です」と告げても、ギデオンはしばらくの間、何も言わなかった。


ただ、水晶の向こうから、報告の内容ではなく、アルフォンス自身の、疲弊し、葛藤に揺れる「目」を、じっと見つめていた。


やがて、師は、静かに、しかし、その核心を突く一言を、放った。


『……それで、アルフォンスよ。お前は、あのカガヤに、「負けた」と感じておるのか?』


その一言に、アルフォンスは、息が詰まった。

言葉が、出てこない。

「負けた」と認めたくない、ローディアの騎士としてのプライド。

だが、認めざるを得ない、あの圧倒的な、残酷なまでの「差」。

二つの自分が、彼の内側で激しく葛藤し、彼を沈黙させた。


その沈黙こそが、答えだった。

アルフォンスの肩が、微かに震える。この数日間、必死に張り詰めていた誇りの糸が、師の、そのたった一言で、ぷつりと切れた。


「……総長……っ!」


アルフォンスは、もはや「団長代理」の仮面を保つことができなかった。一人の弟子として、苦悶の叫びを上げた。


「私は……私は、彼のように、兵を犠牲ゼロでは救えません!私には、あの男のような『奇跡』は起こせないのです!」


彼の前では、全てが無意味だった。

自分が、この世に生を受けてから、血の滲むような鍛錬の果てに培ってきた、剣の技も。

騎士王国で、必死に学んだ指揮も、戦略も。

全てが、あの男の、まるで神の視点から下されるかのような「神託」の前では、児戯に等しかった。


「私は……ローディアの騎士として、隊長として……失格です……!」


その、魂からの吐露を。

ギデオンは、ただ黙って、その大きな器で受け止めていた。

そして、アルフォンスが、うなだれて、完全に沈黙した後。


『馬鹿者めが!!』


雷鳴のような叱咤が、水晶を通して、アルフォンスの鼓膜を叩いた。


「……っ!?」


『お前は、いつから「神」になろうとした!?』



ギデオンの目が、厳しく光る。



『奇跡を起こすのが、隊長の務めか? 違うだろう!』


『カガヤ・コウは「規格外」だ。そういう男だ。あれは、我らの物差しで測るものではない。あれは「嵐」だ。「天災」だ。……だが、アルフォンス。お前は違う』


ギデオンは、強い、確信に満ちた声で言った。



『お前は、「人間」だ。人間の指揮官だ!』


その言葉に、アルフォンスは、殴られたかのように、顔を上げた。


『お前の務めは、奇跡を起こすことではない。今、目の前にある手札で、お前の部下たちと共に、泥にまみれ、血を流し、それでもなお、昨日より一歩前に進むことだ!お前が、ローディアで学んだ「正攻法」を、誰よりも愚直に、誠実に、貫き通すことだ!』


ギデオンの言葉が、アルフォンスの凍てついた心に、火を灯していく。


『ローディアの「灼熱」とは、そういう炎ではなかったか!?』


アルフォンスは、ハッとした。

彼の脳裏に、あの『沈黙の工房』の光景が蘇る。

カガヤが来る前。絶望的な状況の中、自分たちが血を流し、魔力を枯渇させ、それでもなお、力を合わせて、あの難攻不落の障壁をこじ開けた、あの瞬間のことを。

あの時、自分は、確かに「人間」として、全力を尽くした。


(そうだ……)


(俺は、カガヤ・コウには、なれない。……なる必要も、ない)


(だが、俺は、アルフォンス・ゼラ・ローディアだ!)


彼は、カガヤへの劣等感を、完全に振り払ったわけではない。あの規格外の「差」は、事実として、そこにある。

だが、それを受け入れた上で、自分自身の、揺るがぬ道を見据えることができた。


カガヤが「神の御使い」ならば、それでいい。

だが、自分は「人間」だ。

「人間」として、この世界の終焉に立ち向かう。


「……私は」



アルフォンスは、顔を上げ、師の目を真っ直ぐに見返した。



「私は、私のやり方で、この職務を、全うします」


その声には、もう、迷いはなかった。


通信を終えたアルフォンスは、静かに立ち上がる。

彼は、カガヤが戻るまで、この王都本部を、そして東部隊を、「人間」の指揮官として、守り抜くことを、静かに、しかし強く決意していた。


その瞳には、再び、ローディア騎士たる灼熱の炎がたぎっていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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