第239話:異なる理の開示
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『沈黙の工房』の最深部で、俺が必要としていたレアメタルを発見し、確保した。
俺は、アルフォンスと、傍らでまだ状況が飲み込めていない獣人部隊の隊長や魔術師団の団長に向き直った。
「さて、アルフォンス隊長。取引は完了だ。あんたたちの任務である遺跡の安全確保も、俺の素材の確保も、両方だな」
俺は、まず残った部隊の幹部たちに視線を移す。
「獣人部隊隊長。あんたには、アルフォンス隊長が不在の間、ここの指揮権を一時的に委任する。主な任務は、この遺跡の入り口を完全に封鎖・監視し、残党や新たな脅威が出現しないかを見張ることだ。魔術師団は、負傷者の完全回復を最優先としつつ、この鉱脈の保全と、可能なら採掘準備の調査を行ってくれ」
「はっ!承知いたしました!」
獣人隊長が、力強く応える。
指揮系統を整理した後、俺は再びアルフォンスに向き直った。
「……という訳で、王都に戻るぞ。アルフォンス隊長」
「……戻る?今から、か?俺もか?」
アルフォンスが、呆然とした表情で聞き返す。ここが王都からどれだけ離れているか、彼は身をもって知っている。
「ああ。俺は、この鉱石をすぐにでも運び込まないといけないんでな。あんたも、東部隊の隊長として、この苦境と『勝利』を、一刻も早く国王陛下に直接報告すべきだ。……これは、団長命令、ってやつでもいいが?」
俺がニヤリと笑うと、アルフォンスは、もはや抵抗する気力もないというように、静かに頷いた。
「……分かった。君のやり方に、従おう」
「よし、決まりだ」
俺は、クゼルファ、セツナ、そしてアルフォンスに触れるよう指示し、モンテストゥスに告げた。
「モンテストゥス、頼む。帰還座標は、王都の本部司令室だ」
「うむ」
再び、空間が歪む。 東部隊の兵士たちが、自分たちの隊長と、突如現れた「団長」が、再び光の中に消えていく様を、ただ呆然と見送っていた。
***
「―――という訳で、東大陸の『沈黙の工房』の無力化、及び、安全確保は完了した。詳細は、そこにいるアルフォンス隊長から、直接聞くといい」
王都アウレリア、『黎明の守護者団』本部司令室。
モンテストゥスの転移によって、東大陸から「同時」帰還を果たした俺たちは、緊急招集された国王陛下、エルネスト、そして各国の重鎮たちが待つ円卓会議の場にいた。
俺の、あまりにも簡潔すぎる報告に、会議室は水を打ったように静まり返っている。
エルネストが、信じられないというように、震える声で尋ねた。
「……カガヤ団長。失礼ながら……今、なんと……?東部隊の、あの難攻不落だった遺跡の攻略が、完了……したと?」
「ああ。そうだ。犠牲者、ゼロ。負傷者も、セレスティアが全員治した。ついでに、俺が探してた鉱石も、無事、確保できた」
俺が、ドン、とテーブルの上に青黒く輝く鉱石のサンプルを置くと、重鎮たちの息を呑む音が聞こえた。
彼らの視線が、一斉に、俺の隣に立つアルフォンスへと注がれる。
「……アルフォンス隊長。カガヤ団長の報告は、まことか?」
国王が、厳かに問う。
アルフォンスは、この場に転移してきてから、ずっと唇を真一文字に結び、何かに耐えるように俯いていた。だが、国王の問いに、彼はゆっくりと顔を上げた。その顔には、葛藤と、疲労と、そして、自らの常識が破壊されたことへの、ある種の諦観さえ浮かんでいた。
「……はい。国王陛下。カガヤ団長の、ご報告の通り……にございます」
アルフォンスは、自らの口で、あの規格外の「事実」を淡々と述べ始めた。 カガヤが、わずか数分で遺跡の全容を解明したこと。 聖女の「奇跡」が、瀕死の兵士さえも瞬時に治癒したこと。 そして、彼らが命がけで戦った数十体のゴーレムが、カガヤの一睨みで、一斉に機能を停止したこと。
「……我々が、数週間かけて、多大な犠牲を払っても、突破できなかった『壁』を……。カガヤ団長は、わずか数時間で、一人の負傷者を出すこともなく……完璧に、無力化されました。これが、東大陸で起きた、全ての『事実』にございます」
アルフォンスの報告は、西大陸の成果であるサハリエル救出よりも、ある意味で、重鎮たちに大きな衝撃を与えた。サハリエルの話は、どこか神話的で、現実感が薄い。だが、アルフォンスが語っているのは、彼らが送り出した「自分たちの兵士」が直面していた、生々しい「戦い」の現実だったからだ。
会議室が、再び沈黙に包まれる。
国王が、エルネストが、各国の重鎮たちが、俺の顔を、まるで得体の知れない怪物でも見るかのように見つめている。
やがて、国王が、重い口を開いた。
「……カガヤ団長。西の『大精霊救出』、そして東の『遺跡完全攻略』。二つの、常軌を逸した成果を前に、我らは、もはや君の力を、幸運や、稀有な魔法と呼ぶことはできぬ」
国王は、その威厳ある瞳で、俺を真っ直ぐに射抜いた。
「我々は、この世界の終焉に立ち向かう、運命共同体だ。であるならば、我らにも知る権利があるはずだ。……カガヤ団長。君は、一体、何者なのだ?我々が知るべき『真実』を、今こそ、教えてはもらえぬか」
……ついに、来たか。
俺は、内心で息を吐いた。いつかは、通らねばならない道だ。
俺は、居並ぶ重鎮たちを、一人一人、ゆっくりと見回した。
ここで、「俺は別の惑星から来た異星人で、超AIのサポートを受けてる」などと事実を言ったところで、彼らは混乱するだけだ。彼らが理解でき、そして、俺たちの協力を「合理的」と判断できる「情報」を、開示する必要がある。
「……国王陛下。俺の素性を、正確にお話しすることはできません。ですが」
俺は、慎重に、言葉を選んだ。
「俺は、この世界とは異なる理……そう、俺の故郷の『技術』とでも呼ぶしかない知識を受け継いでいるに過ぎません。そして、この世界の『終焉』に対抗するには、その『技術』が必要だと、俺は判断した。それだけです」
「異なる……理……」
重鎮たちが、その言葉を反芻する。
俺は、さらに、決定的な情報を付け加えた。俺の肩の上で、小さな亀の姿をしている、この存在について。
「そして、もう一つ。このミニモン……ミニモンテストゥス」
俺がそう言うと、ミニモンは、厳かにその姿を変えた。小さな亀から、あの神々しくも威厳に満ちた、本来の大精獣の分体の姿へと。
「おお……!」
「なんと……!」
「彼は、あなた方が『神代』と呼ぶ時代に、この星の調律のために創られた、大精霊の依り代たる『精霊獣』の、生きた分体です」
「精霊獣の……分体……」
アルフォンスが、愕然としたように呟く。
「異なる理)を持つ者」
そして、「神代の精霊獣の分体を使役する者」。
二つの、常識を超えた事実が、彼らの目の前に突きつけられる。
その二つの事実が、彼らの頭の中で、一つの「解釈」へと結びつくのに、そう時間はかからなかった。
重鎮たちの中から、誰か一人が、震える声で呟いた。
「……異なる理……そして、神代の精霊獣様を使役なされる……。まさか……」
その言葉に、エルネストが、まるで天啓を受けたかのようにハッと目を見開いた。
「……古の伝承にある……『神の御使い様』……」
その一言が、会議室の空気を凍らせた。
「神の御使い様」――。
国王が、エルネストが、そしてアルフォンスが、その「解釈」に息を呑む。
そうだ。それならば、全ての説明がつく。
彼らにとって理解不能だった、俺の全ての行動。
西大陸への「瞬間移動」。ヴァナディースの民との「奇跡的」な接触。東大陸への、再びの「瞬間移動」。神の目を持つかのような「未知の知識」。そして、神代の「精霊獣」を使役しているという、圧倒的な事実。
全てが、「神の御使い」という、彼らの世界観における、ただ一つの言葉で、ストンと腑に落ちてしまったのだ。
クゼルファは、その様子をカガヤの秘密を知る者として、誰よりも複雑な表情で見つめていた。かつて、この世界に来たばかりのカガヤと出会った時、彼女自身もまた、その規格外の行動と言動を前に「神の御使い」だと信じて疑わなかった時期がある。
今、カガヤの本当の正体を知ることとなった彼女にとって、この世界の重鎮たちが、かつての自分と全く同じ「結論」に至る様子を見るのは、何とも言えない皮肉と、そして「無理もないことだ」という奇妙な共感を覚えるものだった。
俺は、彼らのその「解釈」を、肯定も、否定もしなかった。
彼らがそう解釈してくれることが、今後の活動において、最も「合理的」だと判断したからだ。
俺は、ただ、いつもの商人らしい笑みを浮かべて、こう言った。
「呼び方は、どうでもいい。俺は、俺のやるべきことをやるだけだ」
俺は、テーブルに置いた青黒い鉱石を手に取った。
「……さて、素材も手に入った。アルカディア・ノヴァの改修を急がないと。……深海へ行く、準備を始めないとな」
神の御使い、という、とんでもない誤解を背負い込んだまま、俺たちは、次の作戦の準備に取りかかるのであった。
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