第238話:あまりにも異質な「勝利」
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
作戦本部テントの中が、重い沈黙に包まれていた。
セレスティアの「奇跡」と、俺の「神の目」。 アルフォンスが、自らの知恵と部下の血で必死に積み上げてきた「正攻法」が、俺たちの「規格外」によって、いとも容易く、意味のないものにされていく。
彼は、自らの無力さと、目の前に立つ男の底知れなさに、ただ打ち震えていた。
俺は、そんな彼に、商人らしい笑みを浮かべたまま、その答えを待っていた。この「取引」、受けるか、受けないか。
アルフォンスは、固く握りしめた拳が白くなるほど力を込めていたが、やгаて、その力をふっと抜いた。まるで、張り詰めていた誇りの糸が、切れたかのように。
彼は、深く、長く息を吐き出すと、閉じていた目を開け、俺を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、もはや焦燥や怒りの色はなく、ただ、敗北を受け入れた者の、静かな光が宿っていた。
「……分かった」
アルフォンスは、絞り出すような声で言った。
「君の……『取引』、受けよう。この私の、そして東部隊の騎士たちの命、君に預けよう」
彼は、俺の前で、騎士としての礼を尽くし、片膝をついた。
「……君の力、見せてもらうぞ。カガヤ団長」
その潔い決断に、俺は満足げに頷いた。
「顔を上げろ、アルフォンス隊長。あんたは俺の部下になったわけじゃない」
俺は、あえてそう言った。
組織図の上では、『黎明の守護者団』団長である俺の指揮下に、東部隊隊長である彼がいる。だが、今この誇り高い騎士に、その冷徹な上下関係を突きつけるのは、彼の心を折るだけの愚策だ。
「あくまで『対等な取引相手』だ。……さて、商談成立、だな」
俺が求めているのは、命令に従うだけの駒ではない。困難な取引を成功させるための、信頼できる「パートナー」だ。俺のその意図が伝わったのか、アルフォンスは、わずかに目を見開くと、その顔に宿っていた屈辱の色を、静かな覚悟へと変えて立ち上がった。
俺は、テントに広げられた不完全な地図を一瞥し、そして、アイの脳内マップと重ね合わせた。
「では、これより『沈黙の工房』の攻略を開始する」
俺の声が、先ほどまでの疲弊した野営地の空気を一変させた。
セレスティアの奇跡によって、負傷していた兵士たちも、ほとんどが戦線に復帰できるまでに回復している。彼らは、先ほどまでの絶望が嘘のように、新たな希望の光に満ちた目で、俺とアルフォンスのやり取りを見守っていた。
「作戦は、シンプルだ」
俺は、集まった東部隊の幹部たち(アルフォンス、獣人部隊の隊長、魔術師団の団長)と、俺の仲間たちに、完璧な攻略プランを告げた。
「まず、セツナ」
「はい」
「お前は、単独で先行しろ。さっき話した通り、トラップの安全地帯を抜け、ゴーレム群をやり過ごし、最短ルートで地下三階の『制御室』へ向かえ。ただし、何もするな。場所の最終確認と、内部の状況を報告するだけでいい」
「……承知しました」
セツナはそう言って頷くと、影のように音もなくテントから消えていった。彼女のその、あまりにも人間離れした気配の消し方に、獣人部隊の隊長が、驚愕に目を見開いている。
「次に、クゼルファ、そしてアルフォンス隊長」
「はい!」
「うむ」
「二人は、東部隊の最強戦力である騎士隊を率いて、第二陣として突入してもらう。セツナが確保したルートを通り、一気に『制御室』前まで進軍しろ。お前たちの役目は、ただ一つ」
俺は、アルフォンスの目を見た。
「俺が、あの古いガラクタを『止めた』後、制御室の扉を、物理的にブチ破ってもらう。いいな?」
「……『止めた』後、だと?」
アルフォンスが、訝しげに聞き返す。
「あのゴーレムを、どうやって止めるというのだ」
「それは、見てのお楽しみだ。お前たちは、扉を破ることだけ考えろ。クゼルファ、お前なら、あの扉も容易く斬ることができるだろ?」
「お任せください!カガヤ様!」
クゼルファが、得意げに胸を張る。
「魔術師団と獣人部隊は、第三陣だ。遺跡の入り口で待機し、俺の合図があるまで、絶対に中に入るな。……いいな、これが、今回の作戦の全てだ。質問は?」
あまりにもシンプル、かつ、常識外れな作戦内容に、東部隊の面々は、ただ呆然とするだけだった。
「……カガヤ団長」
魔術師団の団長が、恐る恐る口を開いた。
「あの、ゴーレムは……?数十体はいる、あのゴーレムは、どうするのですかな?セツナ殿が、どうやってあれを掻い潜るのかも、我々には……」
「言っただろ。セツナは『やり過ごす』。そして、あんたたちは『待機』だ。……俺のやり方で、よければだがな?」
俺がそう念を押すと、彼らはもう、何も言えなかった。
作戦は、開始された。
セツナが、闇に溶け込むように遺跡内部へと侵入していく。アルフォンスたちは、固唾をのんで、その報告を待っていた。
数分後、俺の脳内に、セツナからの冷静な報告が入った。
《カガヤ様。地下三階、制御室前に到達。内部に、生命反応及び、敵性トラップなし》
「よし。第一段階、クリアだ」
俺は、アルフォンスたちに向き直った。
「第二陣、突入準備!セツナが、ルート上の安全を確保した!」
「もう、着いたというのか!?」
アルフォンスが、信じられないというように叫ぶ。彼らが、あれだけ血を流して撤退した危険地帯を、セツナは、たった数分で駆け抜けたのだ。
「カガヤ様!いつでも行けますわ!」
クゼルファが、愛剣の柄に手をかけ、目を輝かせている。
「アルフォンス隊長!」
「……っ!分かっている!騎士隊、続け!」
アルフォンス率いる騎士隊とクゼルファが、遺跡の暗闇へと突入していく。
そして、彼らが、ゴーレムが徘徊する大広間に差し掛かろうとした、まさにその時。
俺は、静かに目を閉じた。
《アイ。例の『魔力波』、アルカディア・ノヴァ経由で、遺跡の制御システムに直接、割り込ませろ。……ハッキング開始だ》
《了解しました。古代文明の制御プロトコルに、強制介入シークエンスを開始。……認証完了。ゴーレム群の制御権限を、マスターに移譲します》
次の瞬間。
遺跡の内部で、アルフォンスたちは、信じがたい光景を目の当たりにしていた。
「……な……」
あれほど、彼らを苦しめた、数十体の巨大なゴーレムが。
魔術も剣も弾き返した、あの古代の殺戮機械が。
まるで、主人の帰りを待つ犬のように、ピタリ、と。
全ての動きを停止させ、その場に静止したのだ。
「……止まっ……た……?」
「う、動かんぞ……!」
騎士たちが、困惑の声を上げる。アルフォンスは、その場で立ち尽くしていた。
自分たちが、命がけで戦った相手が。仲間の血が流れた、あの強敵が。
カガヤという男の、ただ一言(だと彼は思っている)で、無力な鉄の塊へと変わってしまった。
その、あまりにも異質な「勝利」の光景に、彼は、喜びよりも先に、得体の知れない恐怖さえ感じていた。
「……進め!アルフォンス隊長!」
クゼルファの、活気ある声が、彼の呆然自失を打ち破った。
「カガヤ様が、道を作ってくださいました!さあ、早く!」
「……ぉ、おお」
アルフォンのスは、我に返り、騎士たちに号令を飛ばす。
「全軍、突撃!制御室の扉を破壊する!」
***
制御室の扉は、クゼルファと、アルフォンスの灼熱の剣技によって、言葉通り、あっけなく破壊された。 内部には、セツナが待機しているだけ。 彼女が、中央の制御盤らしきものに触れると、遺跡全体の駆動音が、完全に沈黙した。
『沈黙の工房』は、今度こそ、本当の「沈黙」を取り戻したのだ。
「……終わっ……たのか……?」
アルフォンスが、汗を拭いながら、呆然と呟く。
死者、ゼロ。負傷者、セレスティアの治癒により、ゼロ。
彼が、数日かけても、入り口で多大な犠牲を出していたのが、嘘のような、完璧すぎる勝利だった。
「いや、まだだ」
テントで待機していた俺が、獣人部隊と魔術師団を引き連れて、制御室に合流した。
「あんたたちの任務は完了だ。ご苦労だったな。……ここからは、俺の『取引』の分だ」
俺は、アイが示した、この制御室の、さらに奥の隠し通路へと向かう。
「獣人部隊、ここの警備を。魔術師団は、明かりの確保を頼む」
「はっ!」
東部隊の兵士たちが、今や、俺の指示に、何の疑問も挟まず、俊敏に動く。
そして、その奥。地下深く、古代の鉱脈が剥き出しになった空間で、俺たちは、ついにそれを発見した。
アルカディア・ノヴァの改修に不可欠な、あの、青黒く、異様な光を放つレアメタル。
「……ビンゴ、だな」
俺は、満足げにその鉱脈に触れた。
その、俺の背中に。
ずっと、黙って俺の行動を見ていたアルフォンスが、震える声で、問いかけた。
「……カガヤ・コウ」
彼は、もはや俺を「団長」とは呼ばなかった。
「君は、……君は、一体、何者なのだ?」
それは、彼が、一人の騎士として、一人の人間として、どうしても聞かずにはいられない、魂の問いだった。
俺は、鉱石から顔を上げ、ゆっくりと彼に向き直った。
「言っただろ、アルフォンス」
俺は、ニヤリと笑ってみせた。
「俺は、ただの商人さ。……まあ、今は、あんたと同じ、『黎明の守護者団』の団長だがな」
俺の答えに、アルフォンスは、それ以上、何も言えなかった。 彼は、カガヤという男の「やり方」の、あまりにも異質な本質と、その結果、犠牲ゼロでの完全攻略をその身に刻み込まれた。 そして、自らが信じてきた「正義」や「努力」、「リーダーシップ」とは、一体何だったのかを、深く、深く、考え込まずにはいられなかった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。
感想やレビューも、心からお待ちしています!




