第236話:焦燥と屈辱の再会
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《……彼らが苦戦している遺跡の地下深くに、我々が探しているレアメタルが、高純度で眠っている可能性……92.4%です》
アイの冷静な分析が、俺の脳内に響いた、その直後だった。
俺は、目の前の本部責任者エルネストに向き直った。その顔には、先ほどまでの「素材不足」という問題に対する迷いは、もうなかった。
「……なるほどな。行き先は、決まったみたいだ」
「……え? 団長?」
俺の唐突な呟きに、エルネストが怪訝な顔をする。俺は、司令室に広げられた東大陸の地図を、真っ直ぐに見据えて宣言した。
「エルネスト殿。悪いが、西大陸の報告書は、そのまま国王陛下に。俺は、これから『東』へ向かう。アルフォンス隊長の支援だ」
「なっ……!?」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
「ひ、東へ、と申されますか!? しかも、今から!?」
エルネストが、狼狽したように声を上げる。
「西大陸からご帰還されたばかりで、休息も取られずに……。それに、東部隊は、王都からあまりにも離れております!今から準備をしても、到着には数週間は……」
「団長として、東部隊の苦境を見過ごせないんでな。それに」
俺は、そこで一度言葉を切り、エルネストの目を見た。
「俺が探している『素材』が、どうやらその『沈黙の工房』とやらにある『可能性』も出てきた。どちらにせよ、行かない理由がない」
「アルフォンス様が心配です」
俺の言葉に、それまで黙っていたクゼルファが声を上げた。
「カガヤ様!私も行きます!アルフォンス様が、あのように苦戦されているのを見過ごすことなどできません!」
その瞳には、アルフォンスの苦戦を案じる純粋な心配と、それ以上に「私なら、カガヤ様と一緒にもっと上手くやれるのに」という、アルフォンスへの対抗心が、隠しようもなく燃え盛っていた。
「分かってる。全員で行くさ。準備は不要だ」
「ふよう……ですと?」
エルネストが、もはや俺の言葉を理解できないというように、目を白黒させている。
俺は、彼のそんな反応を意に介さず、先ほどエルネストが操作した、卓上の『遠話の水晶』を指差した。
「エルネスト殿。その水晶に残っているはずの、『座標データ』を、もう一度だけ確認させてもらうぞ」
俺は、アイに命じて、水晶に残されたアルフォンスの発信元の座標データを、寸分の狂いもなくスキャンさせた。
「……よし。座標、ロックした」
俺は、傍らに控えるミニモンテストゥスに向き直る。
「モンテストゥス、頼めるな? 次の目的地は、この座標だ」
「……うむ。承知した」
小さな亀の姿をした大精霊獣が、厳かに頷く。
そのやり取りを見て、エルネストは、いよいよ何が起ころうとしているのか分からず、ただ立ち尽くしていた。
「カガヤ団長……あの、一体、何を……」
「ああ、それと。アルフォンス隊長には、俺たちが行くと、先に伝えておいてくれ。……まあ、着く方が早いかもしれんが」
俺がそう言ってニヤリと笑った直後、モンテストゥスが一声、高く鳴いた。
途端に、俺たち四人の足元の空間が、ぐにゃりと歪む。
「ひ……!?」
エルネストや、司令本部にいた参謀たちが、この世のものとは思えない現象を目の当たりにして、腰を抜かさんばかりに後ずさった。
「では、後は頼む」
その言葉を最後に、俺たちの姿は、王都の本部司令室から、光の粒子一つ残さずに、完全に消え失せた。
残されたのは、あまりの出来事に、開いた口が塞がらないまま、硬直するエルネストたちだけだった。
***
場面は転換する。
王都アウレリアから遥か東、「忘れられた渓谷」。
『黎明の守護者団』東部隊の野営地は、重く、沈鬱な空気に包まれていた。
負傷兵が運び込まれる医療テントからは、時折、抑えきれないうめき声が漏れ聞こえる。兵士たちの顔には疲労の色が濃く、数日前の強行偵察の失敗が、部隊全体の士気を確実に奪っていた。
その中心にある作戦テントで、隊長のアルフォンスは、不完全な地図を睨みつけ、苦渋に満ちた表情で次の手を考えていた。
(……魔術師団の魔力は、いまだ回復しきっていない。獣人部隊の負傷者も多い。この状態で、内部のゴーレム群に突入するのは、無謀だ。だが、ここで時間をかければ、王都にいる者たちは何と言う……?西へ向かった、あの男は……)
彼が、存在しないはずのライバルの影に、苛立ちを募らせていた、その時だった。
テントの、何もない空間が、突如として水面のように揺らいだ。
「……!?」
アルフォンスは、疲労による幻覚かと思い、強く目を見開く。だが、幻ではない。
揺らいだ空間から、四つの人影が、音もなく「出現」したのだ。
「……よっと。王都より、少し空気が乾燥してるか?」
その、あまりにも場違いなほど、平然とした声。
王都にいるはずの男。カガヤ・コウが、そこに立っていた。
「……な……」
アルフォンスは、言葉を失った。握りしめた剣の柄が、ギリ、と音を立てる。
疲労か? 幻覚か? それとも、敵の新たな魔法か?
全ての可能性が、彼の脳内を駆け巡る。 だが、その混乱を打ち破ったのは、テントの外に設置された『遠話の水晶』の、けたたましい呼び出し音だった。
「……! 隊長!」
部下の騎士が、慌てて水晶を操作する。すると、雑音と共にエルネストの上擦った声が響き渡った。
『ア、アルフォンス隊長! 聞こえるか! 今、そちらへ、カガヤ団長が……!』
「……今、着いたぞ」
アルフォンスが返事をするより先に、カガヤが、水晶に向かって淡々と告げた。
『ひいぃっ!?』
水晶の向こうで、エルネストが短い悲鳴を上げたのが聞こえた。
アルフォンスは、目の前で起きている現実と、水晶からの報告によって、これが悪夢などではないことを、理解させられた。
(……ソラリスでの武勇伝。シエルでの、規格外の商会の噂……。ただでさえ得体の知れない男が……)
アルフォンスの脳裏に、カガヤに関する、信じがたい数々の報告が蘇る。
(今度は、俺が、この部隊の血を流して足止めされている、この最前線に……王都から、一瞬で、現れたというのか……!?)
その事実は、彼の騎士としての、そして『黎明の守護者団』東部隊隊長としての誇りを、粉々に打ち砕くには十分すぎた。
カガヤは、そんなアルフォンスの内心の葛藤など、まるで意に介していないかのように、疲弊した野営地の様子を一瞥し、そして、まっすぐにアルフォンスを見据えた。
「アルフォンス隊長。東部隊の状況、改めて、この団長である俺に、説明してくれるか?」
その声は、静かだった。上官としての威圧も、支援者としてのおごりもない。ただ、事実を確認するためだけの平坦な声。 だが、アルフォンスにとって、その平坦さこそが、何よりも耐え難い屈辱だった。
アルフォンスは、カガヤの底知れない瞳を、燃え上がるような焦燥と、屈辱を込めて、睨み返した。
「……なぜ、君が、ここに……」
支援者として、あまりにも規格外な方法で現れたカガヤ。
そして、支援される立場として、現実の壁にぶち当たっているアルフォンス。
二人の「団長」の視線が、東大陸の荒涼とした風の中で、静かに交錯した。
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