第235話:ふたつの「壁」
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西大陸での成果に興奮するエルネストだったが、そこでふと、対照的な現実を思い出したかのように、表情を曇らせた。
「……カガヤ団長。西の素晴らしい成果に水を差すようで、大変申し上げにくいのですが……」
「……東部隊のことか?」
俺がそう言うと、エルネストは、驚いたように顔を上げた。
「……実を言うと、東部隊の方が、かなり難航しておりまして……」
「難航?」
クゼルファが、鋭く反応する。東部隊を率いているのは、彼女がライバル視する、ローディアのアルフォンスだ。まぁ、俺の勝手な想像ではあるが……。
「ちょうど、今朝方、定期報告が届いたところです。……お聞きになられますか?」
エルネストが、卓上の魔力を込められた水晶玉のような魔導具に触れる。
俺は、その魔導具を見て、わずかに目を見張った。
「これは…、王家が秘蔵していると聞く『遠話の水晶』ですか?」
クゼルファの言葉にエルネストは頷き、戸惑っている俺を見ながら説明をする。
「一対となる水晶同士で、短時間ながら「声」を直接送受信できるという、国家間の最高機密レベルの通信に使われる超希少な魔道具です。」
《この世界にも、こんな通信機器があったんだな》
《申し訳ありませんマスター。私の調査不足です》
《いや、仕方がないさ。最高機密らしいからな》
俺は、脳内でアイとそんなやり取りをする。
「まさか、こんなものがこの本部に常設されているとは、私も初めて実物を見ました」
クゼルファが驚きの声をあげる。
超国家連合の本部として、国王が持ち出してきた切り札の一つなのだろう。
そんな俺たちを横目に、エルネストが水晶に魔力を込めると、水晶がぼんやりと光り、雑音と共に緊迫した音声が流れ始めた。
『……こちら、東部隊隊長、アルフォンス。……「沈黙の工房」入り口の障壁は、多大な犠牲を払い、これを突破せり。しかし……』
その声は、ひどく疲れ切っていた。どうやら、リアルタイム通信ではなく、送られてきた音声をこの水晶に「記録」し、再生しているらしい。背景には、ゴウ、という風の音と共に、時折、ゴーレムのものらしき重い駆動音や、負傷者のうめき声のようなものまで混じっている。
『……我が魔術師団の消耗、甚だしく、半数が魔力枯渇により行動不能。ヴォル=ガラン連合王国の獣人部隊も、陽動の際に負傷者多数。……斥候の報告によれば、遺跡内部は、いまだ多数の防衛機構が稼働中とのこと。……これ以上の進軍は、部隊の全滅を招きかねず。……不本Tながら、遺跡内部の探索は、戦力の再編が完了するまで、一時中断せざるを得ず……』
音声は、そこで途切れた。
司令室は、重い沈黙に包まれる。
「……アルフォンス様……」
クゼルファが、唇を噛み締めている。彼女もアルフォンスの苦渋に満ちた声を聴いて、東部隊の苦戦を肌で感じ取ったのだろう。
俺は、静かに目を閉じた。 これが、現実だ。 彼らの泥臭い戦いの「結果」が、ここにある。俺たちが、アイたちAIと超技術を駆使して、わずか数日で「惑星規模」の問題を一時的にせよ解決した、その同じ時間で。アルフォンスたちは、この世界の「英雄」たちが、持てる知恵と勇気、そして仲間の血を流して、ようやく「一つ」の遺跡の入り口で、足止めされている。
改めて、俺たちの存在の「異質さ」と、その「責任」の重さを痛感させられた。
(……俺が、アルカディア・ノヴァから支援物資でも送れば、彼らの犠牲は減らせるかもしれない。だが、それは、アルフォンスの誇りを引き裂くことになるのではないか……。そもそも、俺の技術を、どこまでこの世界の秩序に介入させるべきか……)
俺が、この世界の倫理と、俺自身の合理性との間で葛藤していると、それとは全く別の、現実的な問題が、俺の思考を遮った。
(……そうだ。東部隊の支援も重要だが、俺たち自身の問題……アルカディア・ノヴァの改修素材も、この王都で情報を集めないといけないんだった)
俺は、目の前のエルネストに向き直った。
「エルネスト殿。東部隊の件は、一先ず承知した。それとは別件で、至急調べてもらいたい物があるんだが」
「はっ。なんでしょうか?」
「特殊な鉱石……レアメタルだ。こういう特徴の……」
俺はアイのデータを基に、必要な素材の非常に硬く、特定の魔力波長に共鳴してエネルギーを増幅させる、などの物理的特徴を、この世界の人間にも分かる言葉で説明した。
エルネストは、俺の言葉を必死に羊皮紙に書き留めると、すぐさま部下の書記官に指示を出し、本部に併設された資料室で文献を調べさせた。
数分後、戻ってきた書記官は、エルネストの耳元で何かを囁き、彼は申し訳なさそうな顔で俺に向き直った。
「……団長。恐縮ながら……たった今、王都の全ての情報網、ドワーフの鉱山ギルドの登録リストに至るまで、簡易的に照会させましたが……団長が示された特徴を持つような金属は、古今東西の文献にさえ、一切の記録がなく……」
「……そうか」
今度は、俺が唇を噛む番だった。 東のアルフォンスたちが「戦術」の壁にぶつかっている一方で、俺は「資源」という、この世界ならではの、あまりにも根本的な「壁」にぶつかっていた。超技術の設計図があっても、それを作る「素材」がなければただの絵に描いた餅だ。
東の苦戦と、俺の素材不足。二つの、まったく異なる問題が、俺の頭の中で重くのしかかる。
どうしたものか、と、俺が思考を巡らせ始めた、その時だった。
《マスター》
アイの、冷静な声が、脳内に直接響いた。
《先ほどの音声再生中、あの『遠話の水晶』をスキャンしました。あの魔道具は、音声の記録と同時に、発信元の微弱な空間座標を魔力パターンとして記録するようです》
《……なに?》
俺は、思わず声に出そうになるのを、こらえた。
《その座標データから特定した地点の地質データを、多次元複合センサーアレイ「ヘイムダル」でスキャンしました》
《それで?結果は?!》
《はい。結果……我々が深海潜航用に必要としているレアメタルが、その遺跡の地下深くに高純度で眠っている可能性……92.4%です》
……そうか。
東でアルフォンスたちが、命がけでこじ開けようとしている「場所」。
そして、俺が、深海へ行くために、喉から手が出るほど欲しい「物」。
俺は、ふっと息を吐き、目の前のエルネストに向き直った。その顔には、先ほどまでの迷いは、もうなかった。
「……なるほどな。行き先は、決まったみたいだ」
「……え? 団長?」
「エルネスト殿。悪いが、西大陸の報告書は、そのまま国王陛下に。俺は、これから『東』へ向かう。アルフォンス隊長の支援だ」
俺の、あまりにも唐突な言葉に、司令室にいた全員が、再び目を丸くした。
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