第234話:西大陸の成果
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「だから、急にするんじゃないって……!」
俺の文句が完全に言い終わる前に、ぐにゃりと歪んだ空間は、灼熱の砂漠から、一瞬にして巨大な城壁の影へと切り替わった。肌を撫でる風が、乾いた熱風から、湿り気と、様々な人々が発する生活の匂いへと変わる。
「……着きましたわね、王都アウレリア!」
ワープの反動などまるで意に介せず、クゼルファだけがケロリとした顔で、懐かしそうに天を仰いでいる。セレスティアとセツナは、俺と同じように、まだ急激な空間転移の感覚に慣れないのか、少しだけ目を白黒させていた。
目の前には、王都の壮麗な城門。行き交う人々の喧騒、馬車の車輪が石畳を叩く音、活気に満ちた商人たちの呼び声。数週間ぶりに触れる「文明」の音だ。
衛兵が俺たちの姿を認め、慌てて敬礼する。無理もない、俺たちは今、王都の目と鼻の先で、何の前触れもなく「出現」したのだから。
「ふふん、どうですカガヤ様!馬車よりずっと早かったでしょう!」
「……ああ、そうだな。早すぎて、目が回ったくらいだ」
俺は、まだ少しクラクラする頭を押さえながら、得意満面のクゼルファに、皮肉とも本音ともつかない返事をした。(まったく、あの状況で先走るやつがあるか……)という文句は、衛兵たちの手前、ぐっと飲み込む。
城門をくぐり、大通りに出ると、その圧倒的な「日常」の光景に、俺は改めて眩暈にも似た感覚を覚えた。
人々は皆、笑顔で、あるいは生活の疲れを滲ませながらも、必死に「今日」を生きている。露店商が声を張り上げ、子供たちが石畳を駆け回り、恋人たちが寄り添って歩く。
彼らの誰も、この世界そのものが、静かに終焉へと向かっているなどとは、夢にも思っていない。
ついさっきまで、大精霊が囚われ、この星の存亡に関わる議論をしていたあの砂漠の聖域。あの極限の「非日常」と、目の前の「日常」。このギャップこそが、俺がこの世界で感じ続ける、最大の違和感かもしれなかった。
俺たちは、『黎明の守護者団』の団長とその一行として、人々の注目を浴びながら王城の一角へと進み、そこに設けられた本部へと向かった。
「……え? だ、団長!? カガヤ団長!?」
本部の入り口で、受付の文官が、俺たちの姿を認めて素っ頓狂な声を上げた。彼の慌てぶりを見るに、俺たちがこんなに早く帰還するとは、夢にも思っていなかったのだろう。
「ああ、西大陸の一次調査が終わったんで、報告に戻った。責任者はいるか?」
「は、はい! すぐにお呼びします! し、しかし……西大陸へ向かわれたのは、まだほんの十日ほど前では……もう調査が? しかも、お帰りの際には、何の連絡も……」
「まあな。色々とあって、戻るのも急だったんでな。詳細は後で報告する」
俺がそう言って肩をすくめると、文官は「は、はあ……」と、信じられないものを見る目で俺たちを応接室へと通した。彼にとっては、パギュラギ山脈と暁砂の森に隔絶された、あの西大陸の砂漠地帯の調査が、たった十日で終わるなど、常識の範疇を遥かに超えているのだろう。
通された作戦司令室には、アメイシア大陸の巨大な地図が広げられ、何人もの参謀や書記官たちが、慌ただしく駒を動かしたり、羊皮紙に何かを書き込んだりしている。まさに、国家規模の一大事業が動いている最中、という熱気がそこにはあった。
「団長!ご無事でしたか!」
報告を受けて飛んできたのは、国王から、この本部の運営責任者として任命されていた、フォルトゥナ王国のベテラン文官エルネストだった。年は五十路といったところか。口髭を蓄えた、いかにも切れ者といった印象の男だ。彼は、俺の顔を見るなり、まずは心からの安堵を、そして次の瞬間には、受付の文官と同じように、それ以上の驚愕を目に浮かべた。
「……それにしても、どうしたのですか?西大陸から、あまりにも早すぎるご帰還ですが……まさか、何かトラブルが発生し、やむなく撤退を?」
彼の懸念は、この世界の常識に照らせば、至極もっともなものだった。
「いや、その逆だ。多少トラブルはあったが、概ね解決した」
俺は、単刀直入に結果だけを告げた。
「西の砂漠地帯、ヴァナディース部族との接触に成功した。彼らが信仰する大精霊サハリエルの苦境を救った結果、我々が追う『終焉』の謎に迫るための、極めて重要な情報も確保できた。それから、ヴァナディース部族にとっての難題だったオアシスの枯渇問題も解決した…が……、まぁそれは、その副産物みたいなもんだ。とにかく、彼らとは正式な協力関係も構築した。これが、その報告書だ。詳細はこれを読んでくれ」
俺が、簡潔にまとめた報告書(もちろん、モンテストゥスや超AIに関する部分は伏せてある)を差し出すと、エルネストは、まるで亡霊でも見るかのような目でそれを受け取った。
「おお……おお……!なんという……」
彼が報告書を読み進めるにつれ、その顔色は驚愕から畏敬へと変わっていった。無理もない。彼の常識では、西大陸への遠征は、まず道中の魔獣との戦い、現地部族との接触、交渉、そして情報収集と、全てが年単位のプロジェクトのはずだ。
それが、たったの十日で。
『大精霊サハリエルの救出』?
『終焉回避への大きな前進』?
『ヴァナディース部族との協力関係構築』?
『オアシスの枯渇問題の完全解決』?
報告書に踊る、およそ信じがたい、しかし俺の直筆の署名が入った言葉の数々に、エルネストの手はわなわなと震えていた。
「……カガヤ団長。あなたは、一体……」
「俺だけの力じゃないさ。皆の協力があってこそだ」
俺がそう言って笑うと、エルネストは、ますます理解できないという顔をした。彼は、この報告書に書かれた内容が、どれほどの価値と、どれほどの困難を伴うものかを、痛いほど理解しているのだろう。だからこそ、俺の「あっさりとした」態度が、信じられないのだ。
「……失礼。とにかく、西大陸の調査は、望外の、いえ、奇跡としか言いようのない成果です。陛下も、さぞお喜びになられるでしょう」
エルネストが、興奮冷めやらぬ様子で報告書を握りしめる。この世界の常識で考えれば、伝説級の偉業を、俺たちがわずか十日で成し遂げてきたのだ。彼の混乱も無理はない。
(……この調子だと、この世界の常識に、俺たちの方を『合わせる』のも、なかなか骨が折れそうだな)
俺は、そんな彼の様子を見ながら、次の本題……東部隊の状況と、俺たち自身の資材問題について、どう切り出すか、そのタイミングを計っていた。
この世界の「現実」と、俺たちの「現実」。その二つをどう擦り合わせていくか。それこそが、団長としての、俺の最初の仕事になりそうだった。
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