第233話:泥臭き前進
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カガヤ・コウ率いる西大陸調査隊が、ヴァナディースの民と出会い、古代の謎に直面していた、まさにその頃。
王都アウレリアから遥か東、「忘れられた渓谷」と呼ばれる峻険な山岳地帯に、もう一つの『黎明の守護者団』――東部隊の野営地があった。
その作戦本部のテントで、広げられた不完全な地図を睨みつけている男がいた。ローディア騎士王国が誇るギデオン総長の弟子にして、東部隊の隊長を拝命した若き騎士、「灼熱」のアルフォンスその人である。
彼の下には、大陸中から選りすぐられた「この世界の常識におけるエリート」たちが集結していた。フォルトゥナ王国軍の精鋭魔術師団、ヴォル=ガラン連合王国が誇る屈強な獣人戦士、そして「魔の森」のさらに奥深く、ガリアの森を知り尽くしたエルフの斥候たち。まさに、英雄譚に謳われるような混成部隊だ。
だが、彼らの調査は困難を極めていた。
カガヤたちのように、遥か上空から地形を見通す「目」も、あらゆる事象を瞬時に解析する「頭脳」もない。獣人が風の匂いを読み、地を這う獣の足跡から危険を察知する。エルフが、木の葉のざわめきから敵の接近を警告する。魔術師が、携帯用の「魔力コンパス」で、地脈の微弱な乱れを探り、遺跡のありかを探し当てる。
全てが、膨大な時間と労力、そして経験と勘を頼りにした、アナログな探索なのだ。
「……隊長。斥候からの報告です」
補佐官の硬い声に、アルフォンスは地図から顔を上げた。ここ数週間の野営生活で、彼の顔つきはローディアにいた頃よりも格段に精悍さを増している。
「聞こう」
「はっ。現在攻略中の『沈黙の工房』ですが、やはり入り口の魔法障壁が強力すぎ、我が魔術師団の総力をもってしても、外部からの破壊は不可能との結論です。また、周囲を警邏する古代の自動防衛ゴーレム……あれのせいで、すでに二度の強行偵察が失敗。ヴォル=ガランの戦士三名が重傷、戦線離脱を余儀なくされています」
「……そうか」
アルフォンスは、唇を噛み締めた。すでに多くの犠牲を払いながら、彼らはまだ、大規模な遺跡の入り口にさえ立てていないのだ。
(西へ向かったカガヤ殿たちは、今頃どうしている……?)
彼の脳裏に、あの規格外の男の姿が浮かぶ。
アルフォンスは、カガヤが異星人であることも、超未来のAIと交信していることも知らない。彼にとってカガヤは、「得体の知れない幸運と、恐るべき直感、そして人を惹きつける不思議な魅力に恵まれた、規格外の商人」でしかなかった。
(あの人ならば……俺が数日かけて分析するようなこの難攻不落の障壁も、あっさりと俺の想像もつかないような方法で突破してしまうのだろうか……)
師であるギデオン総長から送り出された誇りと、どうしようもない才能の差への劣等感が、彼の胸中で渦巻く。
(……弱音を吐くな、アルフォンス)
彼は、自らを叱咤するように、強く拳を握りしめた。
(俺は俺だ。俺は、俺のやり方で、今ある手札で、この壁を超える!)
その時、テントの入り口が勢いよく開かれ、埃まみれのエルフの斥候が、息を切らして滑り込んできた。
「隊長!発見しました……!ゴーレムの巡回パターンに、ごく僅かな『隙間』を!」
「なに!?」
アルフォンスが、地図から身を乗り出す。
「はい。正確には、二体のゴーレムが交差し、次の個体が現れるまでの間……およそ、3分。ですが、障壁の魔力供給源は、やはり遺跡の内部にあるようで……」
「……3分、か」
アルフォンスは、そのあまりにも短い時間に、再び苦悩を深めた。だが、今はそれしか活路がない。
「……よし。全隊に伝令。これより、作戦を最終段階に移行する」
アルフォンスが立てたのは、まさにこの世界なりの、泥臭く、人間臭い作戦だった。
「第一陣、ヴォル=ガラン獣人部隊、突撃!」
アルフォンスの号令と共に、獣人戦士たちの雄叫びが渓谷に響き渡った。彼らは、これまでの戦闘で分析し尽くしたゴーレムの弱点――装甲の継ぎ目である関節部を狙い、命知らずの陽動を開始する。大地を揺るがし、巨大なゴーレムが彼らに応戦した。
「今だ!斥候班、行け!」
その隙を突き、エルフの斥候たちが、影のように岩肌を駆け上がり、例の3分の「隙間」を縫って、障壁の向こう側へと消えていく。
作戦本部のテントで、アルフォンスは砂時計を睨みながら、ひたすらに待った。斥候が内部の制御装置を破壊してくれれば、それが一番早い。
だが、無情にも、砂時計の砂は落ちきっていく。
斥候からの合図は、ない。
それどころか、陽動部隊からの悲鳴に近い報告が飛び込んできた。
「隊長!敵の数が多すぎます!このままでは、陽動部隊が持ちません!」
アルフォンスは、一瞬、天を仰いだ。
(……斥候を信じて待つか?いや、それでは陽動部隊が全滅する!)
彼は、迷いを振り払うように、鞘から愛剣を抜き放った。
「作戦変更!プランBに移行する!」
彼はテントを飛び出し、最前線へと駆け出した。その手には、師ギデオンから受け継いだ「灼熱」の闘気が、炎となって宿り始めている。
「魔術師団は、俺の剣に合わせろ!障壁を、力尽くでこじ開けるぞ!」
「しかし、隊長!それは無謀です!」
「構うな!ローディアの騎士の誇りを見せてやる!」
アルフォンスは、自ら先頭に立って障壁へと突撃した。彼の全身から放たれる灼熱のオーラが、障壁に触れて激しく火花を散らす。
「今だ!撃てえええっ!」
彼の剣が障壁に叩きつけられるのと、まさに同時。
彼の背後で詠唱を終えた魔術師団の最大火力――炎と氷、雷と風が渦巻く、複合属性魔法が、その一点に集中した。
凄まじい轟音と共に、莫大な魔力と物理的な衝撃が一点に集中し、難攻不落を誇った古代の魔法障壁が、ついにガラスのように砕け散った。
「……ぐっ!」
アルフォンスは、砕けた障壁の魔力的な反動で、左腕を強く弾かれる。骨まではいっていないようだが、激痛が走った。周囲では、全魔力を使い果たした魔術師たちが、糸が切れたように倒れ込んでいる。
「突入!内部の斥候を救出し、負傷者を後退させろ!」
すぐに、内部から負傷したエルフの斥候が救出された。彼は制御装置を発見した直後、内部の防衛トラップにかかってしまったらしい。幸い、命に別状はなさそうだ。
確保した遺跡の入り口で、アルフォンスは荒い息をつきながら、血が滲む左腕を押さえた。
たった一つの入り口を突破するために、これだけの犠牲と消耗を強いられた。
彼は、薄暗い遺跡の奥を睨みつける。
カガヤたちのように、鮮やかな手際ではない。だが、これもまた、一つの確かな前進だった。
魔力コンパスが、ジジ、と不気味な音を立てて乱れ、奥から、先ほどよりもさらに重い、ゴーレムの駆動音が響いてくる。
「……これは、一筋縄ではいかないな」
アルフォンスの呟きは、彼の、そして東部隊の苦難の旅が、まだ始まったばかりであることを示していた。カガヤの持つ超常的な解析能力や支援技術などない彼らの調査は、こうして一歩ずつ、仲間たちの血と汗、そして尊い犠牲の上に成り立っている。それでも、彼は進むしかない。己の誇りと、背負った使命のために。
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