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第232話:深海の壁と新たなる旅支度

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

聖域の最深部、穏やかな光を取り戻したサハリエルの前で、俺たちは次の行動指針を固めていた。場所は特定できた。だが、そこは大陸の遥か沖合、人の力が及ばない超深海の、さらにその奥に存在する亜空間フィールドだ。


「……さて、と」


俺は腕を組み、仲間たちとモンテストゥスに向き直った。


「どうやって、あの『星の牢獄』の扉をこじ開けるか、だな。その前に、まず『どうやってそこまで行くか』が大問題だが」


「アルカディア・ノヴァで行けばよいのでは?」


クゼルファが、当然とばかりに即答する。


「カガヤ様の船は、宇宙(そら)をも駆けるのでしょう?ならば、海の底くらい……」


「クゼルファ、そう単純な話じゃない」


俺は彼女の楽観的な意見を遮った。


「宇宙空間と深海じゃ、求められる性能が根本的に違うんだ。宇宙は『真空』との戦いだが、深海は『凄まじい水圧』との戦いだ。今のアルカディア・ノヴァが、数千メートルの深海に潜った時の、あの途方もない圧力に耐えられる保証はどこにもない」


アルカディア号は、元は星間航行艦だ。真空やデブリの衝突には耐えられても、全方位から圧し潰しにかかってくる水圧は、全く別の問題だった。


「アイ。現状のアルカディア・ノヴァの船体強度で、目標座標の深海まで潜航した場合のシミュレーション結果は?」


《……計算するまでもありません、マスター。現在の船体では、目標深度の30%に到達する前に、水圧によって圧壊します》


「だよな」


俺の脳内に、アイが弾き出した絶望的なシミュレーション映像が浮かぶ。


「つまり、あの船を『深海潜航仕様』に大改造する必要があるってことだ」


「そんなこと、可能ですの……?」


クゼルファが、不安げに眉をひそめる。


「アイ、ガーディアン、マザー。まずは君たちで改造プランを検討してくれ。必要なのは、船体フレームの全面的な補強と、外部装甲の換装、そして何より、あの水圧下で亜空間フィールドに干渉するための、高出力エネルギーの確保だ」


《了解。プランの検討に入ります》


再び、俺の脳内で、超AIたちによる高速の議論と設計が始まった。アルカディア・ノヴァの膨大な設計データが展開され、補強材のシミュレーション、エネルギー伝導率の再計算が目まぐるしく行われる。


その間も、サハリエルは穏やかな黄金色の光を放ち、俺たちの議論を見守るかのように静かにそこにあった。彼女の光は安定している。プラントを止めたことで、ひとまずの時間は稼げたようだ。


やがて、数十分にも及んだAIたちの沈黙が破られた。


《……マスター。改造プラン、構築できました》


アイの声が、どこか歯切れ悪く響く。


《結論から申し上げます。改造は……理論上は可能です。しかし》


「……しかし、なんだ?」

嫌な予感がした。


《改造に必要な特殊合金、及びエネルギー増幅器の触媒となるレアメタルが、絶対的に不足しています。アルカカディア・ノヴァのオート・マニピュレーターをもってしても、存在しない素材から作り出すことはできません》


「……素材不足、か」


結局、そこに行き着く。この星に来てから、何度この壁にぶち当たったことか。


「その素材っていうのは、この辺りじゃ手に入らないのか?」


《データベースと照合した結果、該当する素材は、特定の鉱脈や、古代文明の遺跡の深部などでしか産出されない可能性が極めて高いです。この砂漠地帯で発見できる確率は、限りなくゼロに近いかと》


俺は、大きくため息をついた。


「……万事休す、か。せっかく場所まで突き止めたってのに、肝心の足がなけりゃ、どうしようもねえな」


聖域に、重い沈黙が落ちる。

その沈黙を破ったのは、クゼルファだった。


「……一度、王都に戻りませんか?」


「王都へ?」


俺が聞き返すと、彼女は力強く頷いた。


「はい。王都アウレリアには、大陸全土から情報と物が集まります。我らが『黎明の守護者団』の本部も、そこに置かれています。カガヤ様が必要とする『素材』の情報も、きっと見つかるはずです」


「……なるほどな」


クゼルファの言う通りだ。今は、情報が足りなすぎる。装備も万全じゃない。このまま未知の海に挑むのは、無謀を通り越して自殺行為だ。一度、体制を立て直す必要がある。


「……分かった。それが合理的だな。一度、王都に戻ろう。必要な素材を探し出し、アルカディア・ノヴァを完璧な状態に仕上げる。話は、それからだ」


俺の決断に、仲間たちも頷いた。


俺たちの決意を、長老ナーシュに伝えると、彼女は深く、深く、頭を下げた。


「……カガヤ殿。あなた方への感謝は、言葉ではとても言い尽くせませぬ。あなた方は、我らヴァナディースの民にとって、砂漠を救った英雄……いいえ、神の御使い様そのものじゃ」


彼女は、集まった民の前で、高らかに宣言した。


「このオアシスに水が湧き続ける限り、我らは、あなた方の勇気と知恵を、永遠に語り継ぐことを誓おう!我らが友、カガヤ・コウの名と共に!」


「おおー!」


と、民の歓声が上がる。

いや、大げさすぎるんだが……。だが、彼らの純粋な感謝の気持ちを、無下にはできなかった。


「俺たちは、英雄でも神の使いでもない。しがない商人であり、旅人ですよ、長老殿」


俺は、苦笑しながら答えた。


「サハリエル様の問題は、まだ根本的には解決していない。必ず、ここへ戻ってきます。依り代を取り戻し、この砂漠に、本当の平穏が訪れる、その日まで」


ナーシュは、俺の手を強く握りしめた。その、爬虫類特有の乾いた手の温もりが、妙に心に残った。


別れの準備は、すぐに整った。何せ、移動手段は俺たちの足じゃない。


「よし、それじゃあ、行くか」



俺が仲間たちに声をかける。



「では、参りますわよ!」


なぜかクゼルファが、得意満面に、まるで自分がワープを発動させるかのように高々と手を振り上げた。


「お?」


俺がその唐突な行動に戸惑った、まさにその瞬間。

モンテストゥスが一声高く鳴いた。


「あっ、ちょ、おい、待て……!」


俺の制止の声も、セレスティアやセツナの驚きに目を見開く表情も、全ては手遅れだった。

途端に、俺たちの足元の空間が、ぐにゃりと歪む。ヴァナディースの民の、手を振る姿が、陽炎のように揺らいだ。


「だから、急にするんじゃないって……!」


俺の、情けないぼやきは、砂漠の風の中に消えていった。

次の瞬間、俺たちの目の前には、砂漠とは似ても似つかぬ、王都アウレリアの壮麗な城壁がそびえ立っていた

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