第228話:座標Xに光あれ
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ヴァナディースの民との協力体制が整い、俺たちはすぐさま「逆位相パルス発生装置」の製作に取り掛かった。ミニモンテストゥスが生み出した美しい合金を前に、俺は脳内で超AIたちとリンクし、完成させた設計図を実体化させるための具体的な工程を組み立てていく。
設計と理論は、俺と四体の超AIによる思考の共同作業だ。だが、問題は、その設計を寸分の狂いなく形にする「製作」そのものにあった。
《……マスター。結論から申し上げます。この場所での装置製作は、不可能です》
アイの冷静な報告が、俺の思考に冷や水を浴びせる。
「分かっている……。この合金を加工するための工作機械も、精密な制御回路を組み込むための設備も、何も無い。これほどの超精密機器を、原始的な環境でゼロから作り上げるのは、神でもない限り無理な話だ」
俺たちが作ろうとしているのは、単なる機械ではない。惑星の核から放たれる超低周波と、寸分違わぬ逆位相の波を生成し、巨大なエネルギーを相殺するための、いわば超技術の塊だ。
「……どうするのです?カガヤ様」
俺の考えを読んでか、クゼルファが不安げに問いかける。
俺は一度目を閉じ、思考を巡らせた。道は一つしかない。
「……アルカディア・ノヴァで作るしかないな」
「アルカディア・ノヴァ……!でも、ここからではあまりにも遠すぎるのでは……」
「そうなんだよな。作るだけなら問題ない。アルカディア・ノヴァのオート・マニピュレーターを使えば、設計図さえあればあとはアイが製作してくれる。問題なのは、原料をどうアルカディア・ノヴァまで運ぶか、そして、完成した装置をどうやってここまで運ぶかなんだ。」
《マスター、その通りです。アルカディア・ノヴァに搭載されている量子転送システムでは、現在のアルカディア・ノヴァの座標からこの聖域までは、距離と障害物が多すぎるため、転送精度を保証できません。最悪の場合、装置が岩盤の中に転送され、全てが無駄になる可能性も……》
「それは困るな……」
アイの分析は、俺の懸念を裏付けていた。 その時、これまで沈黙していたモンテストゥスが、重々しく口を開いた。
《……ならば、我が協力しよう。アルカディア・ノヴァとやらの転送と、我が空間跳躍の力を繋ぎ合わせれば、座標の精度を極限まで高めることが可能だ。いわば、星の裏側から針の穴を通すようなものだが……やってやれないこともないだろう》
モンテストゥスの頼もしい言葉に、俺たちは安堵の息をついた。
「さすがは私のミニモン!やればできる子だと思っていました!」
クゼルファが嬉しそうにミニモンテストゥスの巨体に抱きつこうとするが、彼は心底迷惑そうに鼻を鳴らしてそれを避ける。
《誰がお主のだ。それに、ミニモンではないと何度言わせる》
いつものやり取りに小さくため息をつきつつ、俺は即座に思考を切り替えてアイに指示を出す。
「決まりだな。アイ!そちらで製作を開始してくれ!モンテストゥス。まずはこの合金をアルカディア・ノヴァに送ってくれ!アイは、合金が届き次第、装置の製造を開始!」
《了解しました。アルカディア・ノヴァのオート・マニピュレーターを起動。最高優先度で製作を開始します》
モンテストゥスが一泣きすると、目の前にあった合金は一瞬にして掻き消えた。
《マスター、アルカディア・ノヴァに合金が転送されてきました。》
「よし!アイ、製造開始だ!」
《了解しました。》
アイの返事と共に、アルカディア・ノヴァのオート・マニピュレーターが動き出す。
俺の網膜プラントには、遥か北の大地ガリア、モンテストゥスの遺跡の奥深くに眠る我が城、アルカディア・ノヴァの内部で、無数のアームが動き出す光景がリアルタイムで映し出されていた。だが、同時に、冷徹な予測時間も表示される。
「……まずいな。完成まで、思ったより時間がかかる……!」
その焦りが、現実のものとなるのに、そう時間はかからなかった。
「……カガヤ様!サハリエル様のご様子が……!」
セレスティアの悲痛な声が響く。見れば、彼女が必死に張っていた結界が、限界を示すように激しく明滅している。そして、その中心にいる大精霊サハリエルのエーテル体が、これまで以上に激しく乱れ、その光が急速に失われ始めていた。まるで、風前の灯火のように。
「くっ……!このままでは、装置の完成が間に合わん……!」
ナーシュが、絶望に顔を歪ませる。
サハリエルの苦しみに共鳴し、セレスティアの額にも脂汗が浮かび、その膝ががくりと折れそうになる。俺たちが駆け寄ろうとした、その瞬間だった。
「これは……」
セレスティアの全身から、これまでとは比較にならないほど、神々しく、そして強大な癒しのオーラが、光の奔流となって溢れ出したのだ。それは、彼女自身の聖なる力だけではない。どこか懐かしく、そして圧倒的な存在感を放つ別の何かが混じり合っていた。
その光は、苦しむサハリエルを優しく包み込む。すると、消えかかっていたサハリエルの光が、その癒しに応えるかのように、僅かながらも輝きを取り戻した。
《……このパターンは……大精霊ライラ……!》
アイの驚愕に満ちた分析が、俺の脳に響く。そうだ、これは、ライラが存在論的封印から解放されたときに感じた、あの気高く、そして慈愛に満ちた大精霊ライラの力……。セレスティアの中に、その残滓が確かに息づいていたのだ。
まるで、太古の姉妹が再会を果たすかのように、二つの大精霊の気配が、時を超えて共鳴し合っている。ライラの力が、サハリエルの魂を励まし、繋ぎ止めている。その奇跡的な光景に、俺たちは言葉を失った。
どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも思える緊張の中、俺の脳内に、待ちわびた声が響いた。
《マスター。お待たせしました。装置、完成です。》
「よし!」
俺は叫んだ。
「セツナ!設置場所は!?」
「カガヤ様!」
セツナは、寸分の迷いもなく、地底湖に突き出た巨大な一枚岩を指差した。
「地盤の強度、マナの流れ、そして地下からの振動の影響を鑑みると、最適地点は、あそこです!」
「分かった! アイ、セツナが指定した座標にロック! すぐに転送を開始しろ!」
《了解しました! モンテストゥス、お願いします!》
アイの要請を受け、モンテストゥスが天に向かって一声、高く長く鳴いた。その鳴き声は空間そのものを震わせ、俺たちの目の前の空間が、まるで水面のように揺らぎ始める。
ほんの数秒の間。
次の瞬間、セツナが指し示した岩盤の上に、ピタリと寸分の狂いもなく、巨大で複雑な形状を持つ金属の塊、逆位相パルス発生装置が、音もなく出現した。
「な……!?」
「おお……っ!」
その、あまりにも常識外れな光景に、ナーシュをはじめとするヴァナディースの民は、腰を抜かさんばかりに驚愕し、あっけにとられていた。無理もない。彼らにとっては、神の御業か、あるいは大魔法にしか見えないだろう。
呆然とする彼らの横で、クゼルファだけが、誇らしげに胸を張り、ふふん、と鼻を鳴らした。
「……カガヤ様ですから」
その、絶対的な信頼を込めた一言を聞いて、ナーシュは、改めて俺の顔を見た。その瞳には、畏敬と、そして理解を超えた存在に対する信頼の色が浮かんでいた。
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