第227話:逆位相の協奏曲
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長老ナーシュが決断を下したことで、聖域の最深部は、絶望の淵から反撃の拠点へとその姿を変えた。しかし、問題は山積みだ。
俺たちは地底湖の岸辺に即席の作戦司令部を設け、ヴァナディースの民が見守る中、絶望的な状況を打破するための方策を練り始めた。
「……改めて状況を整理する。原因となっている『惑星地殻振動プラント』は、この星の核に近い、超高圧、超高温の領域にある。直接そこへ行って装置を停止させるのは、不可能だ」
俺の言葉に、仲間たちの顔が険しくなる。
「それならば、ここに来た時のように、ミニモンにお願いして、その場所まで送ってもらうというのはどうでしょう?」
クゼルファが、一縷の望みを託すようにミニモンテストゥスに視線を送った。確かに、空間を繋ぐあの大跳躍ならば、あるいは、と思えなくもない。
だが、俺は静かに首を横に振った。
「無理だ。星の中心核に近づけば近づくほど、凄まじい圧力がかかる。仮に転移できたとしても、着いた瞬間にぺっしゃんこになるだろうな。それに、超高温で一瞬にして蒸発してしまう可能性も高い」
「そ……それは、嫌ですね……」
クゼルファが、自分の体が押し潰される様を想像したのか、サッと顔を青くして身を縮こませた。彼女の素直な反応に、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
「となると、ここから何とかするしかない、ということだな……」
俺は腕を組み、唸った。直接触れることができないのなら、遠隔で干渉するしかない。だが、一体どうやって……。
皆が黙り込み、思考の海に沈んだ、その時だった。
「……カガヤ様」
静かに、しかし芯の通った声で、セツナが口を開いた。
「以前、シエルでやったことと……同じようなことは、できないでしょうか」
シエル……。
その一言が、俺の脳内で閉ざされていた扉をこじ開けた。そうだ、あの時。暴走した古代の遺物を止めるために、俺たちは――。
「……そうか!」
俺は思わず膝を打った。
「同じ波長のエネルギーをぶつけて、互いに打ち消し合わせる……!つまり、あの不快な『音』と同じ波長の音を人工的に作り出し、逆の位相でぶつけることで、相殺するんだ!」
《理論上、可能です》
アイの声が、即座に俺の思考を肯定する。
希望の光が見えた。俺はすぐさま、思考を全開にする。
「アイ、ガーディアン、マザー、そしてモンテストゥスもだ!総力を挙げてシミュレーションを開始しろ!あの超低周波の波長、周期、出力を完全に特定し、それを相殺するための逆位相波を生成するプログラムを構築するんだ!」
俺の号令一下、四体の超AIによる、常人には理解不能なレベルの超高速演算が開始された。俺の脳内には、膨大なデータと数式が、目まぐるしい速度で流れ込んでくる。
「アイ! 可能か? あの超低周-波に対して、完全に真逆の位相を持つ波を生成することは、俺たちの技術でもできるはずだ。だが、問題は出力だな。あのプラントが放出するエネルギーは、あまりにも巨大すぎる……」
《……はい、マスター。現状の設備、及びこの場で生成可能な物質だけでは、相殺可能なレベルの出力を確保することは極めて困難です。シミュレーションの結果、最低でも97.3%のエネルギーが不足します》
やはり、ダメか……。
掴みかけた希望が、指の間からこぼれ落ちていくかのような焦燥感に駆られる。
だが、その時、これまで沈黙を保っていた、もう一つの知性が答えを示した。
《……待て。カガヤ。ある素材さえあれば、話は別だ》
モンテストゥスの、重々しい声が直接、俺の脳に響く。
《この星の地脈に流れるマナと共鳴し、特定の波長のエネルギーを爆発的に増幅させる性質を持つ鉱石が存在するはずだ。それさえあれば、我がこの場で、お主たちの言う装置の核となる合金を生成できるかもしれん》
「地脈に流れるマナと共鳴し、特定の波長のエネルギーを爆発的に増幅させる性質を持つ鉱石……」
俺が、モンテストゥスの言葉を受けてそう呟いた時、その言葉に、これまで息を詰めて会話を聞いていた長老ナーシュが、はっとしたように顔を上げた。
「……地脈のマナと共鳴し、力を増幅させる石……。まさか……」
彼女は震える声で、古の伝承を口にした。
「お主たちの探す石は、もしや、青白く輝き、触れると微かに震えるという特徴はないか?」
《……いかにも。それこそが、我が必要とするものだ》
モンテストゥスの肯定をナーシュに伝えると、彼女は確信を得たように目を見開いた。
「おお……!やはりそうか!それは、我ら一族に伝わる聖なる鉱石、『精霊の涙』に相違ない!古文書によれば、それは『響鳴石』とも呼ばれ、大精霊様の御心そのものが結晶化したものと伝えられておる……!」
彼女は驚きと興奮に目を見開き、傍らの戦士に鋭く命じた。
「すぐに若い者たちを集めよ! 我らの一族に伝わる聖なる鉱石、『精霊の涙』を、ありったけ集めてくるのじゃ!」
「はっ!」
戦士たちが、一斉に駆け出していく。科学と伝承が、奇跡的な形で結びついた瞬間だった。
ナーシュの号令一下、地底湖の空気が一変した。これまで絶望に沈んでいたヴァナディースの戦士たちの目に、決死の覚悟と使命の光が宿る。彼らは雄叫びと共に、一斉に洞窟の暗がりへと散っていった。『精霊の涙』が眠るという、部族の者しか知らぬ危険な場所へ、己の命を懸けて向かったのだ。
残された俺たちの間には、祈るような、それでいて張り詰めた沈黙が流れた。
時間は刻一刻と過ぎていく。セレスティアは、額に玉の汗を浮かべながらも、必死に聖なる力を送り続け、サハリエルの苦痛を和らげようとしている。その隣で、クゼルファが固唾をのんで戦士たちの帰還を待ちわびていた。
やがて、洞窟のあちこちから、戦士たちが一人、また一人と戻ってきた。彼らの鱗に覆われた体は傷つき、息は荒い。だが、その手には、大小様々な、しかし一様に青白い光を放つ鉱石が、大切そうに抱えられていた。
「おお……!よくぞ戻った!」
ナーシュが、涙ながらに彼らを労う。
集められた『響鳴石』は、地底湖の光を浴びて、まるで呼吸するかのように、明滅を繰り返していた。
ミニモンテストゥスは、集められた鉱石の山を前に、厳かに頷くと、その口を大きく開く。すると、鉱石は光の粒子となって彼の体内へと吸い込まれていった。そして、ミニモンテストゥスの全身が眩い光に包まれたかと思うと、その口から、これまで見たこともないような複雑な文様を刻んだ美しい合金が生成された。
そして俺は、アイたちとの高速リンクと思考同調を続けながら、その合金をコアとした「逆位相パルス発生装置」の完璧な設計図を、脳内で完成させた。
作戦の骨子は固まった。あとは、それぞれの役割を全うするだけだ。
「装置の設計と組み立ては、俺とミニモンがやる」
俺は、仲間たちとナーシュに向き直り、最終的な役割分担を告げた。
「セツナ。お前には、最も重要な役目を頼む。その感覚を研ぎ澄まし、この広大な地底湖の中で、最も効率よく逆位相波をサハリエル様に届けられる、精密な設置ポイントを特定してくれ」
「……承知しました」
セツナは、静かに、しかし力強く頷いた。
「クゼルファ。君は、ナーシュ殿と共に、ヴァナディースの戦士たちを指揮してくれ。装置の運搬と設置作業、そして万が一に備えての周囲の警備を頼む」
「お任せください。我が名に懸けて、必ずやこの任務、やり遂げてみせます!」
クゼルファは、頼もしく胸を叩いた。
「そして、セレスティア」
俺は、聖女に向き直る。彼女は、この作戦で最も過酷な役割を担うことになる。
「作業中、サハリエル様の苦痛がさらに増す可能性がある。君の聖なる力で、可能な限り強力な結界を張り、作業が完了するまで、大精霊様の苦痛を和らげ続けてほしい。……君にしか、できないことだ」
「はい、コウ……。私の全てを懸けて、サハリエル様を、お護りいたします」
セレスティアは、覚悟を決めた瞳で、静かに微笑んだ。
科学、魔法、古代の知恵、そして土着の民の力。 それぞれが、それぞれの役割を胸に、一つの目的に向かって動き出す。
僅かな可能性に全てを懸けた、俺たちの協奏曲が今奏でられようとしていた。
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