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第225話:三つの兆候、一つの真実

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「長老殿。もし、よろしければ……その聖域、俺たちが調査いたしましょう」

俺の言葉に一瞬目つきが鋭くなった長老ナーシュだったが、以外にもその意向は受け入れられた。


俺たちは、今、長老ナーシュの案内で、俺たちはオアシスのはずれにある岩山へと向かっていた。

暫くすると、小高い岩山の麓にある洞窟にたどり着いた。どうやらここが、大精霊サハリエルが棲まう聖域への入り口らしい。ナーシュは入口までしか立ち入れないらしく、俺たちに深々と頭を下げ、祈るような眼差しを向けた。


「……若き異邦の者たちよ。どうか、我らが母を……サハリエル様を、お救いくだされ」


その背中を見送り、俺たちは固い決意を胸に、岩の裂け目へと足を踏み入れる。

外の灼熱が嘘のように、洞窟の中はひんやりとした空気に満ちていた。しかし、それは決して心地よいものではなく、肌を粟立せるような不気味な静けさを伴っている。


道中、俺たちはこの異変の原因について、それぞれの見地から意見を交換していた。


「この地に満ちるマナ……明らかに異常です。まるで淀んで、悲鳴を上げているかのようです」

セレスティアが、青ざめた顔で眉をひそめる。聖女である彼女には、俺たちには感じられないマナの流れが、苦痛を伴って伝わってきているのだろう。


「魔力汚染、というやつか? それとも、大精霊自身が病に?」

俺の問いに、クゼルファが腕を組んで唸る。


「大精霊ほどの存在が、そう易々と病にかかるとは思えません……。やはり、何者かによる呪詛の類なのでは?」


そんな中、斥候として先行していたセツナが、ふと足を止めた。彼女は無言で地面に膝をつくと、その掌をそっと砂地の床に当てる。


「……カガヤ様」

彼女の静かな呼び声に、俺たちは足を止めた。


「どうした、セツナ?」


「……地面が、ずっと震えています。ごく、微かにですが」

彼女は立ち上がると、一掴みの砂を俺の前に差し出した。

「そして、この砂に……奇妙なものが混じっています」


俺は差し出された砂を指でつまむ。一見、ただの砂粒にしか見えない。だが、アイの視覚補助を最大まで引き上げると、その中に微細な金属粉がキラキラと光っているのが見えた。自然界に存在する結晶とは明らかに異質で、まるで人為的に研磨されたかのような、極小の金属片だった。


「これは……自然の音ではないですね。周期的なものが……」


セツナは再び地面に耳を澄ませながら、断言した。


「何かが……地中深くで、ずっと鳴っています。規則的で……、でも、耳障りな……何かの仕掛けが軋むような音……」


「仕掛けが軋む音だと?」


俺が聞き返した、その時だった。


「……っ!」

隣を歩いていたセレスティアが、短い悲鳴を上げて胸を押さえた。その顔は蒼白になっている。


「セレスティア!?」


クゼルファが慌てて彼女の肩を支える。支えられながらも、セレスティアは苦しげに息をつき、洞窟の奥を鋭く睨みつけた。


「どこか悪いのか!?」


俺が尋ねると、彼女は力なく首を横に振った。


「いえ……これは……。まるで、無数の見えない棘が、内側から絶え間なく……!」


そのあまりの苦痛に、セレスティアの言葉が途切れる。俺は自分の体に異常がないことを確認し、他の二人を振り返った。


「クゼルファ、セツナは大丈夫か?」


「ええ、私は何とも……」

セツナも静かに頷く。


「一体どういうことだ……。なぜ、セレスティアだけにこの苦痛が?」

俺が眉をひそめると、足元から重々しい声が響いた。


「聖女ならではの資質が、この地のマナの乱れに過敏に反応しておるのじゃろう」

ミニモンテストゥスが、いつになく真剣な面持ちで俺たちを見上げていた。


「聖女ならでは……」


その言葉に、はっとさせられる。聖なる力を持つがゆえに、その歪みを誰よりも敏感に感じ取ってしまうというのか。


「だとすれば……」


クゼルファが息を呑む。


「この苦痛を感じ取っているセレスティアがこうなのであれば、この元凶に常に苛まれている大精霊サハリエル様は……」


「……想像を絶する苦しみを、ずっと……」

俺の言葉を引き継いだセレスティアが、唇を噛み締めながら、決意の光を目に宿した。


ガラスの棘。外部からの苦痛。

その言葉が、俺の頭の中で警鐘を鳴らす。


さらに、それまで黙って先導していたミニモンテストゥスが、唸り声と共に足を止めた。


「むぅ……これは……いかんな。大地の流れそのものが、悲鳴を上げておるわ」


ミニモンテストゥスの瞳が、苦痛に細められる。


「我の体にも、聖女が感じておるのと同じ、見えぬ棘が突き刺さる……。これ以上は、進みとうないのう」


精獣である彼もまた、この地の異常なマナの乱れに苛まれているのだ。


セツナが捉えた、不自然に規則的な振動と金属粉。

セレスティアが感じ取った、外部からの棘のような苦痛。

そして、ミニモンテストゥスが示す、明確な指向性を持つ脅威。


三つの異なる報告。

それらを反芻するうち、俺の脳内で散らばっていた点と点が繋がり、一本の線を結んだ。仮説が、確信へと変わっていく。


「……そういうことか」

俺は確信を持って呟いた。


「どういうことですの、カガヤ様?」


クゼルファが尋ね、セツナもまた、探るような視線を向けてくる。


俺は皆に向き直り、思考を繋ぎ合わせるように、ゆっくりと口を開いた。


「ああ。セレスティアが感じた『見えざる棘』、セツナが捉えた『規則的な振動』と金属粉、そしてミニモンテストゥスが嫌がった方向……。これら全てが、一つの答えを示している」


俺は一度言葉を切り、確信を込めて告げた。


「原因は、生物的なものじゃない。病でも、呪いでもない。もっと物理的で…即物的な何かが、この地下深くで動いているんだ。セツナの言っていた『仕掛けが軋む音』、それは、機械の音に違いない!」


《マスターの推論を支持します。観測された微弱振動の周期、及び砂に混入した金属粉の材質パターンは、自然界では生成不可能です。人工物である可能性が極めて高いと判断します》

アイからの冷静な分析が、俺の推論を裏付ける。


俺たちは、互いの顔を見合わせた。この星の、この世界の理を超えた存在。俺は、それを知っている。


「行くぞ」

俺が短く告げると、皆、無言で頷いた。クゼルファは覚悟を決めた表情で剣の柄を握り、セツナは静かに、しかし鋭く周囲への警戒を強める。


俺たちは洞窟の最深部へと、再び歩みを進めた。


一歩進むごとに、セツナが報告した不快な振動は強くなり、セレスティアの顔からは血の気が引いていく。


彼女は時折、あまりの苦痛に足を止め、壁に手をついて喘いだ。その背を、クゼルファが必死に支える。ミニモンテストゥスもまた、「ぐ、ぐぬぬ……」と低い唸り声を上げ続け、その巨体が小刻みに震えていた。俺とセツナ、クゼルファには直接的な苦痛はないものの、仲間たちの苛烈な苦しみが、じりじりと精神を削っていく。


やがて、狭い通路の先にほのかな光が漏れているのが見えた。


「……出口か……!」


俺が呟くと、セツナが先行して光の先を窺う。


「カガヤ様……これは……」


彼女の声に含まれた、畏怖と驚愕。俺たちも、息を殺してその先へと進み出た。


そして、言葉を失った。

そこは、ドーム状の巨大な空洞だった。天井からは鍾乳石が無数に垂れ下がり、壁面は淡い光を放つ鉱石に覆われ、空間全体を幻想的に照らし出している。そして、その中央には、広大な地底湖が静かに水を湛えていた。


「なんて……美しい……」


クゼルファが、呆然と呟く。


「……あぁ……!」


だが、セレスティアの悲鳴に似た声が、俺たちを我に返らせた。彼女の視線の先、地底湖の中央に、苦しみにのたうつ影があった。


あれが、大精霊サハリエル……。

その姿は、神話の一場面を切り取ったかのようだった。物理的な身体を持たない、純粋なエネルギー体。エーテルで構成されたであろう光の人影が、地底湖の中央で苦しげにもがいているようだった。本来ならば、その姿は流麗で、自由な形をとるのだろう。だが今は、地下から響く不協和音によってその存在そのものが縛り付けられ、輪郭は激しく乱れ、神々しい光は苦痛に歪んで明滅を繰り返している。時折、人の声ならぬ悲痛な叫びが洞窟に響き渡り、その度に周囲のマナが嵐のように荒れ狂った。


「酷い……」

セレスティアが、涙ながらに呟く。


俺はスティンガーを呼び出し、周囲のエネルギー反応をスキャンさせる。そのデータをアイが瞬時に解析し、結果が俺の網膜に映し出された。そこには、地底湖の遥か深部から放たれる、強力な超低周波を示す異常な波形がくっきりと表示されていた。


「……ビンゴだ」


俺の推測通り、サハリエルを苦しめている原因は、地下深く……それも、この星の地殻にまで達する深度に埋没した、古代文明の遺物だった。


《特定しました。高エネルギー反応、古代文明のデータベースと一致……恐らく『惑星地殻振動プラント』の稼働シグナルです》


アイが告げたその名は、俺の推測を裏付けると同時に、事態の深刻さを改めて認識させた。何らかの理由で誤作動を起こしたプラントが放つ超低周波が、地脈とマナに極めて敏感な大精霊の体を、内側から絶え間なく苛んでいたのだ。


誰もが、息を呑む。目の前で繰り広げられる光景は、俺の推測が最悪の形で的中したことを示していた。


多少なりとも覚悟していた現実を目の当たりにしたことで、腹の底から冷たい決意が湧き上がってくるのを感じた。


「……なんて、酷いこと……」

セレスティアが、祈るように両手を組み、涙を浮かべて呟く。彼女には、サハリエルの苦しみが、光の明滅を通して直接伝わってきているのだろう。


「原因は、その古代の遺物……!惑星の奥深くにあるというのに、こんなもの、どうやって止めればいいというのです……!」

クゼルファは、やり場のない怒りと無力感に、強く剣の柄を握りしめていた。彼女の剣は、目の前で苦しむ精霊を縛り付ける見えざる力にも、その元凶である地中深くの機械にも届かない。


目の前で苦しむ、神にも等しい存在。 そして、その原因は、この星の遥か深部に埋まる、人の手に届き得ない場所にある巨大な遺物。


原因は突き止められた。だが、そのあまりにも長大で、険しい道のりに、誰もが言葉を失いかけていた。

俺は、苦しむサハリエルから目を逸らさずに、静かに、しかし力強く宣言した。


「……やることは、一つだ。この惑星の地殻に埋まる、古代のガラクタを止める。」


俺の言葉に、仲間たちが顔を上げる。その瞳には、困難への覚悟と、俺への信頼の色が宿っていた。

大精霊救出作戦。それは、俺たち『黎明の守護者団』にとって、最初の、そしてあまりにも巨大な試練の始まりだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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