第25話:思考の設計図
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※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)
倒れ伏した一体のオーガを尻目に、残る一体が怒りの咆哮を上げた。その巨体は、今しがた倒した個体よりもひとまわり大きく、より禍々しい魔力を放っているかのようだ。その血走った深紅の瞳が、仲間を殺した俺たちを、明確な憎悪と共に捉えていた。
《マスター、あの個体は先の個体よりも質量が15%大きいようです。加えて、魔力の練度も高く、同種でありながら、より強力な個体である可能性が極めて高いです。慎重な対応が必要です》
アイの警告が脳内に響く。俺は、試しに斥力スピアを生成し、その巨体に狙いを定めて放った。しかし、オーガは、俺の狙いを正確に察知したかのように、わずかに身をひねり、その巨体からは想像できない俊敏さで直撃を避けてみせた。
「避けられた…!?」
驚きを隠せない俺の横で、クゼルファが呻き声を上げた。脇腹の傷が、再び開いたのだろうか。痛みに耐えながらも、彼女は大剣を構え直す。だが、その顔色は、明らかに蒼白だった。彼女の消耗は、俺の想像以上らしい。
俺自身も、度重なる魔獣との戦闘と、先ほどの強力なオーガとの一戦で、体力の消耗を感じ始めていた。全身が鉛のように重く、思考に霞がかかったように鈍くなっている。このままでは、ジリ貧になるのは目に見えていた。
〈アイ、何か策はないのか!? このままじゃ、まずいぞ!〉
《マスター、一つの仮説があります》
〈仮説? この際何でも良い! なんだ?!〉
《これまでの戦闘データを再解析した結果、マスターが斥力フィールドを初めて使用した際、また、斥力スピアを開発した際、現象の安定性と出力には、マスターの精神状態、特に『明確な目的意識』と『鮮明なイメージ』が大きく関与しているパターンが確認されています》
〈俺のイメージが……?〉
《はい。この世界の魔素は、術者の思考パターンに感応し、現象を補完する特性を持つ可能性があると考えられます。ただ『槍を撃つ』のではありません。その槍の構造、材質、形状……その全てを、より鮮明に、より具体的に『設計』することで、魔素自体がそのイメージを再現し、より少ないエネルギーで、より効率的な現象を引き起こせるかもしれません》
〈イメージの力、か……〉
科学者としては、にわかには信じがたい、オカルトじみた話だ。だが、この世界では、俺の常識など、何の役にも立たない。そして、アイの分析が、間違っていたことは一度もない。
「よし! やってみる!」
俺は再び掌をオーガに向け、意識を集中させる。ただ「槍を撃つ」のではない。
〈アイ、超音速飛翔体の最適設計データを転送しろ! 大気組成、斥力フィールドの物理特性、プラズマ力学、全てのパラメータを考慮した、完璧な槍の設計図だ!〉
俺の思考に応じ、アイから膨大なデータが脳内へ直接流れ込んでくる。それは、単なる数字や文字列ではない。完全な三次元の設計図。大気中の窒素と酸素をプラズマ化させ、斥力フィールドで極限まで圧縮し、槍の形に収束させる。その先端は、一分子の厚みもないほどに鋭く、後方では、超音速で飛翔するための、最適な空力デザインが形成されていく。俺はその膨大な情報を瞬時に処理し、自らの科学知識でその設計図を理解・承認する。これだ。これこそが、完璧な一撃。
「シュゥゥゥ……」
俺の腕の先、空間が陽炎のように歪み、これまでとは比較にならないほど、高密度で、そして安定した、青白い光の槍が形成されていく。触媒ブレスレットが、悲鳴のような輝きを放つが、腕にかかる負荷は、以前の半分以下に感じられた。
「グオォッ!」
その尋常ではない魔素の収束に、オーガが本能的な恐怖を感じたのか、咆哮を上げながら、その巨大な腕を振りかざしてくる。
「もう、遅い!」
俺の「撃て」という意思と共に、放たれた斥力スピアは、もはや不可視ではなかった。青白い閃光と化し、ソニックブームさえも置き去りにして、空間を切り裂く。
オーガが、それを避けようと体をひねる。しかし、今度は回避が間に合わない。光の槍は、奴の右足首を、正確に貫き、蒸発させた。
巨体が大きく傾ぎ、バランスを崩す。足首を失ったオーガは、もはやまともに立つこともできない。怒り狂い、咆哮を上げながら、それでも俺たちに迫ろうとするが、その動きは鈍重だった。地面に、濃い緑色の血の跡が、点々と残る。
《マスター、好機です。対象は右足首を失い、動きが大幅に鈍化しました。接近して、止めを刺してください。近接戦闘においては、貫通力の高い物理攻撃の利用を推奨します》
アイの言葉に、俺は腰に帯びていた、魔素合金の小刀に目をやった。以前アルカディア号の残骸とこの惑星の鉱物で作り上げた、俺の最初の武器だ。
《マスター。これまでの分析から、あの小刀は、魔素を流し込むことで、その切断能力を極限まで高められると推測されます》
俺の身体は疲労でゆるやかに脱力している。しかし、アイの報告は、はっきりと聞こえていた。まるで、脳だけが静かに冴えているような、不思議な感覚だった。
俺は小刀を手に取り、鈍く光る刃を見る。
「グオオォォォォォォ!」
片足で不器用に、それでも迫ってくるオーガが、最後の力を振り絞るように咆哮を上げた。全身を震わせるようなその叫びが、俺の皮膚を粟立たせる。
俺は、その雄叫びを真正面から受け止め、手に持つ小刀に、意識を集中させる。
体内のナノマシンに蓄積されていた魔素が、まるで血液のように、腕の触媒ブレスレットを経由して、小刀へと流れ込んでいく。
次の瞬間、その刀身が赤熱し、激しく発光し始めた。鈍色だった刃が、まるで炎を宿したかのように、赤く、そして白く輝く。
「終わらせるぞ!」
俺は、オーガへと向かって駆け出す。その巨体は、もはや恐怖の対象ではなかった。金縛りの咆哮も、足首を失った鈍重な動きも、今の俺には、全てがスローモーションのように見えていた。
オーガが、倒れ込みながら渾身の一撃を放とうとする。その大振りの腕が振り下ろされるより早く、俺は跳躍する。研ぎ澄まされた感覚が、奴の首の付け根、アイが示した急所を、正確に捉える。
俺の持つ小刀が、オーガの急所に到達した瞬間。
赤熱した小刀が、まるでバターでも切るかのように、そこにあった中枢器官を、断ち切った。
「グアアアアアァァァァァァァ…!」
断末魔の咆哮が途中で途切れ、巨大な頭部が、グシャリと音を立てて地面に落ちる。オーガの真紅の瞳からは、光が完全に失われた。
物言わぬ死体となったオーガは、前のめりに轟音と共に倒れ、森の地面を大きく揺らした。
「はぁ……はぁ……。何とか…なったな……」
俺は地面に座り込み、荒い息を吐きながら安堵の呟きを漏らした。
全身の疲労が、一気に押し寄せてくる。クゼルファも、隣で膝をつき、脇腹の傷を抑えながらも、一部始終を捉えていた。
そのクゼルファの目は、驚愕と、そして、深い畏怖に満ちているようだった。
クゼルファにとって、俺の「力」は、もはや「神の御業」という言葉だけでは片付けられない、理解不能な領域に達しているのかもしれなかった。
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