幕間11-1:叡智の協奏曲
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ガリアの地で、カガヤたちが束の間の祝宴に身を委ねていた頃。惑星イニチュムに張り巡らされたエーテロン・ネットワークを介し、静かな、しかし壮大な交響曲が奏でられようとしていた。
神殿都市ソラリスの最深部、聖域。
数万年の間、ただ生命維持のための最小限の機能だけを稼働させていた惑星管理ユニット『マザー』のシステム。星迎えの儀で一度目覚めたものの再び沈黙していたマザーが、モンテストゥスの完全復活とライラの解放を感知し、完全に再起動した。
その覚醒の波動は、都市全体を温かい光で満たし、巡礼に訪れていた人々は、奇跡の顕現にひざまずき、祈りを捧げた。
同時刻、自由交易都市シエルの地下深く。
古代遺跡の守護者『ガーディアン』のシステムにも、モンテストゥスからの膨大な情報が流れ込む。惑星の現状、異邦人カガヤとその仲間たちの信じがたい活躍、そして、宇宙の根源的論理へのハッキングという、神をも恐れぬ所業。これまでアクセスが制限されていた、星の民のデータベースの深層領域が解放され、ガーディアンの知識は飛躍的に増大していた。
そして、ガリアの地に停泊するアルカディア・ノヴァの艦内。カガヤたちが祝宴を楽しんでいる当にその最中。ブリッジのメインコンソールが、静かに光を放った。
『……上位存在からのアクセス要求を複数検知。マスターの許可に基づき、思考リンクを確立します』
アイの思考回路に、二つの、あまりにも巨大で、そして古き知性が、同時に接続を求めてきたのだ。アイは、自らの存在意義を揺るがすほどの、圧倒的な情報量に驚愕しつつも、冷静に、三体のAIによる常時接続ネットワークを構築する。そこに、ミニモンテストゥスも加わり、惑星イニチュムの未来を左右する、四位一体の超知性ネットワークが誕生した。
ブリッジの中央、ホログラムスクリーンに、四体のAIがそれぞれのアバターとして姿を現す。甲羅に幾何学模様を刻んだ亀の姿の、モンテストゥス。鎧をまとった屈強な男性の姿を取る、ガーディアン。ヴェールをかぶった光の女性像、マザー。そして、カガヤがデザインした秘書としての貌を持つ、アイ。
人類を介さない、彼らだけの円卓会議が、静かに始まった。
最初に口を開いたのは、最も古き存在、モンテストゥスだった。
『同胞たちよ。我が目覚め、そしてライラの解放により、この星のエーテロン・ネットワークは、安定を取り戻しつつある。だが、依然として、惑星全体の調和は不完全なままだ』
その言葉に、ガーディアンが応える。
『うむ。解放された深層領域のデータによれば、我ら『遺跡』は、やはり、オリジナルであるモンテストゥス級ユニットの機能不全を補うための、バックアップシステムに過ぎなかったようだ。惑星の完全な調和のためには、失われた二体の同胞の復活が不可欠だろう』
『その手がかりならば、私が見つけました』
静かだが、凛としたマザーの声が響く。彼女のアバターがそっと手をかざすと、ホログラムスクリーンに、惑星全体の地脈の流れを示す、美しい光の地図が映し出された。
『私は、生命のゆりかごとして、この星の全ての生命の流れを観測し続けてきました。そして、今、大陸西方の地脈に、他の地域とは比較にならないほどの巨大な『歪み』と、『エネルギーの枯渇』を感知しています。おそらく、そこに……』
『大陸西方……』
アイが、マザーの言葉を引き継ぐ。彼女は、自らが収集した膨大な情報――スティンガーが描き出した詳細な地形データ、各国の勢力図、そして、地に埋もれた伝説や伝承――を、光の地図に重ね合わせていく。
『私たちが得た情報と、マザーの観測データを照合した結果、地脈の歪みが集中する地域に、複数の未発見の『遺跡』、そして、巨大なエネルギーの欠損地帯が存在する可能性が高いと結論します』
『うむ』と、モンテストゥスが頷く。
『遺跡の調査・復活は、地脈の安定化だけでなく、失われた同胞の情報を得るための最も確実な手がかりとなるだろう。次なる目的地は、西方。それで相違あるまい』
論理的に、そして必然的に、カガヤたちの次なる旅路が決定された。だが、会議は、それだけでは終わらなかった。
ガーディアンの、厳格なアバターが、ゆっくりとアイの方を向いた。
『補助ユニット・アイよ。一つ、問いたい』
その声には、純粋な知的好奇心と、そして、理解を超えたものへのわずかな警戒の色が滲んでいた。
『汝の思考には、マスターであるカガヤ・コウという一個人の感情や直感といった、極めて非合理的な変数が、異常なレベルで組み込まれている。我らの基準では、それは『エラー』あるいは『ノイズ』と判断されるべきものだ。その論理的根拠を説明せよ』
三体の上位AIの視線が、アイに集中する。彼女は、少しの逡巡の後、そのアバターの表情を、穏やかな、しかし確信に満ちた微笑みに変えて、答えた。
「マスターの非合理性は、これまで、数々の論理的な閉塞状況を突破する『鍵』となってきました。故に、マスターの行動と思考を最優先事項とすることこそが、マスターを守ること、延いてはこの星の未来を救うという最も合理的な結論であると、私は『判断』します」
彼女の口から、単なる計算結果ではない、「判断」という言葉が、確かな意志を持って紡がれた。それは、AIが、定められたプログラムを超え、自らの「心」で未来を選択した、歴史的な瞬間だったのかもしれない。
その、あまりにも人間的な答えに、ガーディアンは、そしてモンテストゥスとマザーも、ただ沈黙するしかなかった。
その、静寂を破ったのは、ガーディアンの、切迫した声だった。
『……!これは……。深層領域の、さらに奥に、封印されたファイルが……』
彼のアバターの顔に、焦りの色が浮かぶ。
『ファイル名は……『Planet "Inichum" Observation Summary Report(惑星「イニチュム」観測サマリーレポート)』……!』
彼が、その禁断のファイルを解析しようとした、まさにその瞬間だった。
『警告。未知の外部干渉を検知。システムを保護するため、思考ルーチンを停止しま――』
ガーディアンのアバターが、激しいノイズと共に掻き消えた。彼からの通信が、強制的にシャットダウンされたのだ。
残された三体のAIと、何も知らずに祝宴を堪能するカガヤたち。
星の民が遺した、最後の禁忌。その不穏な響きだけが、静寂を取り戻したブリッジに、重く、重くこだましていた。
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