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第220話:失われた叡智を求めて

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ガリアの地に、数万年ぶりに訪れた、真の春。


その奇跡の到来と、俺たち「救世主」の帰還を祝う宴は、脈動の民の集落で三日三晩続いた。


集落の中央に焚かれた巨大な篝火を囲み、人々は歌い、踊り、酌み交わす。陽気な音楽、これまでは考えられなかったほど豊かな木の実や獣の肉、そして何よりも、未来への希望に満ちた人々の笑顔。その輪の中心には、仲間たちとはしゃぐクゼルファと、少し照れくさそうに、村の戦士たちと談笑するセレスティアの姿があった。セツナは、少し離れた場所から、その光景を静かに、そして穏やかな目で見守っている。俺たちは、これまでの死闘を忘れ、この束の間の平和を、心ゆくまで味わっていた。


宴もたけなわの頃、俺はそっとその輪を抜け出し、杯を片手に、集落を見下ろす小高い丘へと向かった。そこには、俺と同じように、一人静かに宴の光景を眺めている老婆の姿があった。長老エダだ。


「……良い夜ですな、カガヤ殿」


先に口を開いたのは、彼女の方だった。その声には、俺たちが初めて会った時の、氷のような冷たさも、疑念の色も、もはや欠片もなかった。


「ああ。最高の夜だ。あんたたちの、本当の笑顔が見られて、俺も嬉しいよ」


俺がそう言うと、彼女はゆっくりとこちらに向き直り、その深い皺の刻まれた顔で、深々と頭を下げた。


「……許してくれとは、言わぬ。我らは、そなたたちを疑い、生贄として死地へと送った。しかし、そなたたちは我らが予想だにせぬ結果をもたらしてくれた。本当に感謝の念以外にない。この恩義と、そして我らが犯した過ちを、未来永劫、忘れることはないじゃろう」


その、あまりにも真摯な謝罪。俺は、苦笑しながら、持っていた杯を彼女に差し出した。


「顔を上げてくださいよ、長老。あんたは、あんたの民を守るために、最善を尽くした。ただ、それだけだ。それに……」


俺は、意地悪く口の端を吊り上げた。


「俺は商人なんでね。あんたたちには、この恩を、これからたっぷりと返してもらうつもりだ。こんなところで、感傷に浸られては、割に合わん」


俺の、あまりにも不遜な物言いに、エダは一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて、その皺だらけの顔を、くしゃりと歪ませて、声を上げて笑った。


「……ふふ、ははは!そうじゃな、そうでなくてはな!救世主殿は、存外、強欲な方と見える!」


その笑い声は、過去の全てを水に流し、俺たちと脈動の民との間に、新たな、そして確かな絆が生まれたことを、何よりも雄弁に物語っていた。


宴の喧騒から少し離れた、小高い丘の上。俺は、眼下に広がる賑わいを眺めながら、隣に立つちょっと大きめの亀――ミニモンテストゥスと、静かに対話をしていた。


『見事なものだ。これほどまでに生命の喜びに満ちた光景は、私も数万年ぶりに見る』


その声は、かつての機械的な響きはなく、大地そのもののような、温かく、そしてどこか懐かしい響きを帯びていた。


「ああ。だが、これもあんたが目覚めてくれたおかげだ。俺たちは、そのきっかけを作ったに過ぎないさ」


俺の言葉に、ミニモンテストゥスは、ゆっくりと首を横に振った。

『いや、来訪者よ。大精霊ライラの解放は、あくまで私という個体の機能回復、そのエネルギー源を得たに過ぎぬ。この惑星を蝕む病の根源は、さらに深い場所にある』


その、穏やかだが、有無を言わせぬ響きに、俺は祝祭の余韻から現実へと引き戻される。


「というと?」


『本来、この惑星の環境制御――エーテロン・ネットワークの安定は、私を含めた三体の『精霊獣』によって担われていた。だが、数万年前の事故で、我らの調和は崩れた。その代替システムとして、星の民は大陸中に我らの後継機である『遺跡』と『恒星炉』を配置し、ソラリスの『マザー』をその統括者とした。しかし、そのマザーもまた眠りにつき、システムは不全に陥っていたのだ』


「だが、あんたとライラが目覚めたことで、マザーも覚醒したんだろう?シエルのガーディアンとも繋がった。なら、問題は――」


『問題は、残された二体の同胞よ』


ミニモンテストゥスの言葉は、俺の楽観的な観測を、静かに、しかし決定的に打ち砕いた。


『マザーや遺跡の機能回復だけでは、ここまで崩れた惑星全体の調和を取り戻すには不完全だ。失われた二体の同胞が機能不全に陥っている限り、惑星全体の地脈の歪みは、いずれ修正不可能なレベルに達する。その時こそ、この星の生命が、その活動を完全に停止する、『真の終焉』が訪れるだろう』


その言葉は、俺たちが成し遂げたことの大きさと、そして、これから成し遂げなければならないことの、あまりにも途方もないスケールを、改めて俺に突きつけていた。



夜。アルカディア・ノヴァのブリーフィングルームに、俺は仲間たちと、そしてミニモンテストゥスを招集した。


「――というわけだ。俺たちの次なる目的は、失われた二体の精霊獣を探し出し、その機能を回復させること。それが、この星を『終焉』から救う、唯一の方法らしい」


俺の言葉に、ブリッジは静まり返った。あまりにも壮大すぎる、新たなミッション。だが、その静寂を破ったのは、セレスティアだった。


「遺跡の探索と復活はどうなりますか?」


セレスティアが、ガリアの地に来るまでの俺たちの目的を再確認する。


『それについては我が話そう。』


そう言って、ミニモンテストゥスが一歩前に歩み出る。


『其方らが、マザーより受けた遺跡の調査とその復活は引き続き実行してもらおう。その上で、わが同胞である2体の精霊獣の探索と解放を行ってもらいたい。』


「2つの仕事を同時にこなすと言うことですか?」


『そうだ。聖女よ。』


「しかし、それではあまりにも……」


『案ずるな、戦士クゼルファ。確かに、失われた同胞たちの、正確な位置は分からぬ。だが、大陸全土に散らばる我らの後継機、『遺跡』を巡り、情報を集めることで、必ずや失われた精霊獣へとたどり着けるはずじゃ。』


そう。遺跡の調査は同時に精霊獣の居場所の調査でもあるのだ。


その話を聞いたクゼルファは、小さく頷きながら何階を決した様子だった。


「ヴェリディアの、ひいてはこの国の民を守るためにも、この星の危機は見過ごせません。どこまでもお供しますわ、カガヤ様」


「ありがとう。クゼルファ」


俺は、セツナとセレスティアを見る。


「主の行く道が、我らの道。異存はない」

セツナもまた、静かに、しかし力強く頷く。


「この星の未来を救うことは、今の私の、使命ですから」

セレスティアは、その胸に宿る、もう一つの魂――ライラの意思を代弁するかのように、穏やかに、しかし、揺るぎない決意を込めて微笑んだ。


『うむ。そして、その旅の道標は、この我に任せよ』

ミニモンテストゥスが、自信ありげに胸を張る。


「なるほどな」

俺は、目の前に広げられた大陸地図を眺めながら、不敵に笑った。

「つまり、大陸全土を股にかけた、壮大な宝探しというわけだな」


そう言いながら俺は、皆の目を見た。3人と1匹はそれに答えるように力強く頷き返した。


こうして、俺たちの次なる旅の目的は定まった。



数日後。俺たちは、脈動の民に盛大に見送られ、ガリアの地を後にした。ひとまずの目的地は、王都アウレリア。この壮大な旅を始める前に、一度、体勢を立て直す必要があった。それに、出発前に進み始めた調査団の状況も気になるしな。


アルカディア・ノヴァでひとっ飛び、というわけにはいかない。この規格外の船の存在は、まだ世界の混乱を招くだけだ。


結局、俺たちは、脈動の民から譲り受けた、頑丈な馬車に揺られ、のんびりと南への帰路についていた。


幌馬車の中、俺は一人、これまでの戦いを振り返り、そしてこれからの旅に思いを馳せていた。異世界に来て、冒険者になり、薬師もやった。もりろん商人だし、一時期は騎士のまねごとも。そして今度は、何をすることになるのか……。我ながら、とんでもない人生を歩んでいるもんだ。だが、悪くない。むしろ、こんなに胸が躍るのは、初めてかもしれないな。


そんな感傷に浸っていた、その時だった。


『ふむ。人間の歩みというのは、どうにもじれったいのう。我の力があれば、王都など一瞬じゃぞ?』


御者の隣で、呑気に日向ぼっこをしていたミニモンテストゥスが、退屈そうに呟いた。


「まぁ、そう言うな。こういった旅も悪くはないだろう?そもそも、俺たちがなぜ馬車で旅をしていると思ってるんだ……」


そんな俺の言葉など聞いてないかのように、ミニモンテストゥスの幾何学模様の入った甲羅が俄に輝き始めた。


「おい、よせ。時と場所を――」


俺の言葉は、最後まで続かなかった。


ミニモンテストゥスの甲羅の幾何学模様が、更にまばゆい光を放つ。次の瞬間、俺たちの身体を、奇妙な浮遊感が包み込んだ。




ガタンッ!!


激しい衝撃と共に、馬車の動きが止まる。俺は、慌てて幌の外に顔を出すと、そこには、見慣れた、しかし、今は絶対に見るはずのない光景が広がっていた。


白亜の城壁、壮麗な王城、そして、俺たちの馬車を、槍や剣を構えて完全包囲している騎士たち。


「……な……」


呆然とする俺たちの前に、騎士たちの中から、見知った顔が、信じられないといった表情でこちらへ歩み寄ってくる。


「……カガヤ、殿……?なぜ、あなたが、このような場所から……?」


ローディア騎士王国騎士団、灼熱(フレイム)のアルフォンス。彼の、困惑に満ちた声が響く。


俺は、ゆっくりと馬車から降りると、天を仰いで深いため息をついた。


「……すまんな、アルフォンス。ちょっとした手違いなんだよ。……おい、モンテストゥス。頼むから、時と場所をもうちょっと考えてくれよ……」


俺たちの、王都へのあまりにも華々しすぎる帰還は、こうして、新たな混乱から始まることとなった……

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

これにて第11章、完結となります。

幕間を挟み、第12章へと物語は続きます。

引き続き、お楽しみいただければ幸いです。


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