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第217話:世界の再定義

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

聖女と大精霊が一つになった、奇跡の存在――セレスティア=ライラ。

その誕生は、絶望の淵に咲いた希望の花であり、同時に、この宇宙の秩序そのものに弓を引く、新たな戦いの火蓋でもあった。


迫りくる秩序の逆流に抗うべく、俺たちの、最後の決戦が、今、始まろうとしていた。


宇宙の秩序(システム)による「自己修復」は、音もなく、しかし着実に俺たちを侵食し始めた。ブリッジのコンソールが、仲間たちの顔が、ゆっくりと色彩を失っていく。轟音も衝撃もない。ただ、世界の彩度と解像度が、静かに、そして無慈悲に低下していくのだ。


『マスター。時系列の因果関係に、致命的なエラーが発生。我々の記憶、行動履歴、存在そのものが、この宇宙の記録から削除されようとしています』


アイの警告が、ノイズ混じりに脳内に響く。クゼルファの鋼の鎧が、セツナの黒い髪が、時折、砂嵐のように揺らぎ、その輪郭が半透明に透けていた。俺たちの存在が、「なかったこと」にされようとしているのだ。


「――させません」


その静かな、しかし、絶対的な拒絶の意思。セレスティア=ライラが一歩前へ進み出ると、彼女の身体から、純白の光が、アルカディア・ノヴァを包み込む巨大なドームとなって広がった。

「この身は、可能性そのもの。〝確定した過去〟にはなりません!」


彼女の存在そのものが、因果を確定させ、全てを巻き戻そうとする秩序の力に対する、唯一の抵抗(アンチテーゼ)だった。光のドームに守られたブリッジだけが、かろうじて色彩と存在を保っている。


だが、その代償は、決して小さくはなかった。セレスティア=ライラの銀色の髪が、セレスティアの金髪とライラの翠の髪の間で、不安定に明滅を繰り返す。その瞳の色もまた、碧と翠の間で揺らめき、その表情には、常人には計り知れないほどの苦悶の色が浮かんでいた。


「セレスティア!」

俺が叫ぶ。彼女は、俺たちに微笑みかけようとしたが、その笑みは痛々しく歪んでいた。


「このままでは、彼女が持たない……!」


俺は、仲間たちと三体のAIに、この状況を打開する唯一の方法を告げた。

「システムの自己修復機能そのものを利用する。秩序が世界を再定義しているこの瞬間に、俺たちが新しい『定義』を上書きするんだ」


『……面白い発想だが、あまりにも危険すぎる』

ガーディアンの声が、思考のネットワークを通じて直接響く。

『どうやって、宇宙の根源的論理に干渉するというのだ?』


「セレスティア=ライラの存在は、『聖女セレスティア』と『大精霊ライラ』という、この宇宙の論理上、矛盾した要素を抱えている。だから、秩序は彼女をバグとして認識し、排除しようとしているのだろう。ならば……」


俺は、不敵に笑った。

「『二つの魂が一つの器に共存する』という、新しい物理法則(ルール)を、この宇宙の根源的論理(ソースコード)に書き加えてしまえばいい」


その、あまりにも傲慢で、神をも恐れぬ発想に、一瞬、ブリッジが静まり返った。だが、三体の超知性AIは、即座にその意図を理解し、実現可能性の検証を始めた。


まずガーディアンが、その膨大な知識の海から報告を上げた。


『……星の民のデータベースより、宇宙の根源的論理(ソースコード)の中から、「生命」及び「魂」の定義を司る箇所を特定した』


続いてモンテストゥスが、惑星規模の演算能力をフル回転させながら宣言する。


『そのコードの脆弱性を突くためのシミュレーションを開始。新しいルールを「パッチ」として注入するための、一点のタイミングを計算する』


そして最後に、アイが全ての情報を束ねるように告げた。

『アルカディア・ノヴァの全機能を、マスターの理術と直結。両者の理論を基に、その「パッチ」を超高密度の情報奔流として撃ち出す準備をします。……』


神々の叡智が、光の速さで一つの作戦を形作っていく。

だが、その最後のピースを埋めるのは……。


「クゼルファ、セツナ。お前たちの力が必要だ」


俺は、背後で、薄れゆく自らの存在と戦っている二人に声をかけた。ロールバックの影響は、記憶や存在意義といった、より高次の精神活動にまで及んでいる。クゼルファは、時折、自分がなぜここにいるのか、その理由を忘れかけているかのように、虚ろな目で自分の手を見つめている。セツナもまた、その鋭い眼光を保つだけで、全精神力を使い果たしているようだった。


「俺たちが、この宇宙の理に、最後の一撃を叩き込む。その間、セレスティア=ライラが作り出す、この最後の砦を守り抜いてくれ。お前たちの、『仲間を守る』という、その強固な意志だけが頼りだ」


俺の言葉に、二人の瞳に、再び闘志の火が灯った。

「……当たり前です。友が、私たちの存在を賭けて戦っているのです。この身が消えようと、この魂だけは、決して折れはしません!」

「……御意。この命、カガヤ様と、仲間たちのために」


二人の精神が、見えない防壁となって、セレスティア=ライラの光を、内側から支える。


『……計算完了。パッチを注入可能なタイミングは、これより30秒後。ただし、そのウィンドウは、僅かコンマ1秒』

モンテストゥスの声が響く。

『そして、そのトリガーは、AIには引けない。予測不能な、人間という『不確定要素』による、最後の『観測』が必要だ』


「……分かってるさ」

俺は、キャプテンシートに深く腰を下ろし、アイに告げた。


「アイ。俺の脳と、お前の思考回路を、完全に同期させろ。俺の魂ごと、情報奔流に乗せて、宇宙の根源(ソースコード)に叩き込む」


『マスター。それは、あまりにも危険です。マスターの精神が、情報の奔流に耐えきれず、崩壊する可能性が……』


「だとしてもた。やるしかないだろ?」

俺は少し戯けたように言ってみせる。

「それに、俺は商人だからな。ハイリスク・ハイリターンの勝負は、日常茶飯事ってやつだよ」


そうして、俺は仲間たち一人一人の顔を、目に焼き付けるように見つめた。そして、最後に、苦悶の表情で光を支え続けるセレスティア=ライラへと、静かに告げる。


「行ってくる。俺たちの未来を、この手で定義しにな」

苦悩の表情を見せる彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


次の瞬間、仲間たちに後を託し、俺の意識は情報の奔流へと消えて行った。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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