表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/280

第216話:聖女の変容

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

漆黒の渦が霧散し、静寂が訪れた。

俺たちは勝利を確信しかけた。だが、次の瞬間、ライラを還元した「可能性」の奔流が暴走を始める。


白銀の光がブリッジを満たし、空間そのものが震える。船体を包むフィールドが悲鳴を上げ、艦内の重力制御が乱れ、床が大きく揺れた。


『マスター。危険です。このままではアルカディア・ノヴァごと飲み込まれます。』

アイの警告が脳に直接突き刺さる。


「ちっ……まだ終わってなかったのか!」

俺は必死に制御パネルへ手を伸ばす。だが数値は乱れ、システムは制御不能に陥っていた。


そんな中、セレスティアがゆっくりと立ち上がった。

涙の跡がまだ頬に残っている。だが、その瞳にはもはや迷いはなかった。


「ライラ様……あなたの力、私に……!」


光の奔流へ向かって歩み出すセレスティア。


「待て! セレスティア!」

俺の制止の声も届かない。


彼女の身体が白光に包まれる。聖女としての祈りと、大精霊としての残響が共鳴し合い、ひとつの存在へと変わっていく。


その姿はまるで、蝶が羽化する直前の蛹のように、脆く、そして神秘的だった。


「やめろ、セレスティア! お前まで消える気か!」

クゼルファが剣を抜き、光へ飛び込もうとする。だが、彼女の足は寸前で止まった。


光が剣を拒んでいたのだ。聖女にしか踏み込めぬ領域。


「ぐっ……! そんな……!」

クゼルファが悔しげに歯を噛む。


セツナは冷たい表情のまま呟いた。

「……俺たちには、ただ祈ることしかできないのか」


彼の拳は震えていた。仲間を救いたい、それでも何もできない――その無力さに。


光の中心で、セレスティアは声を聞いていた。


『……セレスティア』


それは幼い頃から夢の中で聞いてきた、優しい声。ライラの声。


『私は消えるべき存在。それでも、あなたは救おうとしてくれるのね』


「あなたは私を導いてくださった。私が聖女として歩めたのは、あなたがいてくれたからです。だから……消えてほしくない!」


『……ありがとう。でも、このままではあなたの魂が――』


「構いません! 私たちは今、仲間と共に戦っている。あなたを失えば、私も私ではなくなるのです!」


その叫びに応えるように、光が彼女の身体へと溶け込んでいく。


『融合率、上昇……!』

アイの報告が響く。

『警告。セレスティアの存在情報に、ライラのコードが重なりつつあります。このままでは――』


「……融合する、ってことか」

俺は呟く。


『はい。完全融合すれば、セレスティアは“ライラの依代”となり、自我を失う危険が高い』


ブリッジに沈黙が落ちる。


クゼルファが鋭く俺を見る。

「カガヤ殿、どうするつもりですか。見殺しにするのですか?」


セツナも俺に視線を向ける。

「答えろ、カガヤ。俺たちは二人とも救えるのか?」


俺は奥歯を噛みしめる。

科学者として、軽々しく答えは出せない。だが仲間を救うと誓った商人として、決断を迫られていた。


「……いや。救える。必ず二人ともだ」


俺の声に、仲間たちが驚きと希望を宿した目を向ける。


「存在を確率として再定義したのは俺たちだ。ならば“二人で一人”という在り方も可能なはずだ。セレスティアとライラ――二つの魂を共に抱えた、新しい存在にする!」


『理論上は成立します』

アイがすかさず補足する。

『ただし成功確率はきわめて低く、双方の魂の同調が不可欠です』


「なら、信じるしかないだろ」

俺は拳を握る。


その時だった。


光の中心で、セレスティアが再び声を発した。


「私は聖女セレスティア。そしてライラ様を愛する一人の人間です。……どうか、私たちを一つにしてください!」


その祈りに応えるように、奔流が変容する。

純白の光が静かに収束し、ブリッジ全体を包んでいた激流が穏やかな波となる。


やがて、光の中心から一人の少女が姿を現した。


銀髪に淡い翠の瞳。セレスティアに似ているが、どこか大精霊の気配を纏っている。


彼女は微笑み、震える声で告げた。


「私は……セレスティアであり、ライラです。二人の魂は、共に在ります」


ブリッジが静まり返る。


クゼルファが最初に口を開いた。

「……なんと、美しい……」


セツナもまた、わずかに口元を緩めた。

「ようやく……二人とも救えたのか」


だが俺は安堵する暇もなかった。


アイが再び警告を発する。

『マスター、周囲に異常波動! 宇宙の秩序システムが自己修復を開始しています!』


「くそ……やはり来たか!」


モニターに映し出されたのは、空間を覆う黒い霧の波。

秩序が、論理の再定義に対抗して巻き戻しを始めている。


「……つまり俺たちの存在そのものが、また消されるってことか」


『はい。このままでは、再び“観測拒絶領域”に閉じ込められる危険が高いです』


セレスティア=ライラが一歩前へ進み、強い光を放つ。

「私が……その領域を抑えます! この身は可能性そのもの。ならば、秩序の枠を揺るがせるはず!」


その声はセレスティアの清らかさと、ライラの深遠さを併せ持つ響きだった。


クゼルファは剣を掲げる。

「ならば我らはその存在を守る! この剣は、友を救うためにある!」


セツナもまた刀を構えた。

「俺たちの戦いは終わっていない。来るなら来い、秩序の番人!」


俺は深呼吸し、仲間たちに視線を送る。


「よし……全員、次の戦いに備えろ。ここからが本番だ!」


光と闇が交錯するブリッジで、俺たちは再び立ち上がった。

聖女と大精霊が一つになった存在――セレスティア=ライラ。

その誕生は奇蹟であり、同時に新たな戦いの火蓋でもあった。


迫りくる秩序の逆流に対抗すべく、俺たちの最終決戦が始まろうとしていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

感想やレビューも、心からお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ