第204話:吹雪の中の出会い
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魔の森を抜けた先に広がっていたのは、生命を拒絶するかのような、どこまでも続く灰色の荒野だった。
フォルトゥナ王国の温暖な気候とは打って変わり、骨を刺すような冷たい風が、俺たちの旅装束を容赦なく打ち付ける。
「……寒いな」
俺が思わず漏らした言葉に、身を縮こませていたクゼルファが白い息を吐きながら頷いた。
「ガリアが極寒の地出あることは知ってはいましたが、これほどとは……。まるで、世界の果てに来てしまったかのようです」
彼女の言葉に、セレスティアも同意するように、ぶるりと一度、その華奢な身を震わせた。彼女たちの頬は、すでに寒さで赤くなっている。
「二人とも、これを」
俺は、アルカディア号から持ち出した、手のひらに収まるほどの小さな装置を、彼女たちに手渡した。
「懐に入れておくといい。周囲の温度を感知して、自動で体温を最適に保ってくれるはずだ」
それは、俺が船の環境維持システムを応用して作った、携帯用の体温調節装置だった。セツナは、すでに同様のものを、何でもない顔で使いこなしている。
「まあ、不思議……。氷のようだった手足が、温まってきましたわ」
「なんと……!これさえあれば、どんな吹雪の中でも……!」
二人が、俺の『理術』の産物に、改めて驚きの声を上げる。
俺たちは、アイが示した安全なルートに沿って、慎重に馬を進めた。
スティンガーが収集したデータによれば、この先には、ガリアの部族たちの主要な移動経路があるはずだ。可能な限り、彼らとの接触は避けたい。
だが、この世界の自然は、俺たちの科学的予測を、時として容易く裏切る。
《マスター!前方より、急速に発達した寒冷前線が接近中!数分以内に、大規模なブリザードが発生します!》
アイの切迫した警告が、通信機を通じて俺たちの耳に届いた。その言葉を裏付けるかのように、それまでどんよりと曇っていただけの空が、一瞬にして鉛色に変わり、凄まじい風が吹き荒れ始めた。
「まずいな!このままでは、進むも退くもできなくなるぞ!」
視界は、瞬く間に、猛烈な吹雪によって白く閉ざされた。体感温度は、急激に低下していく。体温調節装置がなければ、数分で凍え死んでいてもおかしくないほどの、絶対的な寒気。
《付近に、風を避けられる洞窟を発見!座標を送信します!》
アイが、俺の網膜に、そして仲間たちの通信機に、洞窟の位置を示す座標を送信する。俺たちは、ほぼ視界ゼロの猛吹雪の中、ただアイのナビゲーションだけを頼りに、必死で馬を進めた。
「こ、これが……ガリアの……!」
数十分後。俺たちは、辛うじて、アイが示した岩陰の洞窟へと転がり込むことに成功した。しかし、さすがにこの吹雪には参ったようで、洞窟の入り口で、荒い息を繰り返した。
洞窟の外では、まるで世界の終わりを告げるかのように、暴風雪が荒れ狂っていた。
「……とんでもない場所に来てしまったな」
俺の呟きに、仲間たちも、言葉なく頷く。これほどの自然の猛威は、科学の力だけでは、どうすることもできない。
俺たちは、洞窟の奥へと、慎重に足を進めた。冷たい岩肌を伝って、風の音が、不気味な獣の唸り声のように響いてくる。
暫く、洞窟を奥へと進んだ時だった。
《マスター。洞窟の奥、そこから五十メートル地点に、生命反応を一つ、感知しました》
アイの報告に、俺たちの間に、緊張が走った。
「魔獣か……?」
『いえ、熱源パターンは、人間に酷似しています。ですが、バイタルは極めて低い。……負傷していると予測します』
俺たちは、互いに顔を見合わせると、静かに頷き合った。俺とクゼルファが先行し、セツナが後方の警戒、セレスティアが中央で支援。まさに、阿吽の呼吸だった。
洞窟の奥は、入り口よりも少しだけ、広くなっていた。その、中央。焚き火の跡と思わしき場所で、一人の男が、壁に背を預けるようにして、ぐったりと座り込んでいた。
年の頃は、二十歳前後だろうか。獣の毛皮を何枚も重ね着し、その手には、骨で作られた、無骨な槍が握られている。顔には、部族の戦士であることを示す、青い刺青。……ガリアの民だ。
男の足は、何か鋭いもので深く切り裂かれたかのように、大きな傷口が開いており、その周囲にはどす黒い血が広がっている。傷口は、魔獣の爪によるものか。
俺たちの気配に気づいたのだろう。男は、うっすらと目を開くと、その瞳に、燃えるような敵意を宿らせ、槍をこちらへと向けた。
「……南の……狗どもめ……」
その声は、弱々しい。だが、その瞳の光は、少しも衰えていなかった。
「何をしにきた……、ここは、我らが聖なる大地……。穢れたお前たちが、足を踏み入れていい場所ではない……!」
彼は、深手を負い、動くことさえままならないというのに、その誇りだけは、少しも失っていなかった。
「……よせ。お前は、深手を負っている」
俺が、静かにそう言うと、男は、自嘲するように、唇の端を歪めた。
「……同情か?……南の民の、偽善には、反吐が出る……!殺したくば、殺せ……!だが、我らガリアの民は、決して、お前たちに屈しはしない……!」
彼は、そう言うと、最後の力を振り絞るように、その槍を、俺たちへと突き出そうとした。だが、その槍が俺たちに届くことはなかった。彼の身体は、力なく傾ぎ、そのまま、意識を失ってしまった。
後に残されたのは、荒れ狂う吹雪の音と、そして、この世界の、あまりにも根深い断絶を象徴するかのような、重い沈黙だけだった。
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