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第200話:魔の森、再訪

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ヴェリディアでの数日間の滞在は、嵐のような王都での日々の後で、俺たちの心身を癒すには十分すぎるほどの、穏やかな時間だった。だが、俺たちの旅に、長い休息は許されない。この惑星(ほし)の未来を懸けた、壮大な計画の歯車は、もう回り始めているのだから。


出発の朝。辺境伯邸の門前には、俺たちの旅立ちを見送るために、辺境伯とエラル、そして、クゼルファのかつての仲間である冒険者パーティの面々が勢揃いしていた。


「カガヤ殿。本当に、我らの兵を連れて行かなくてよいのか?魔の森は、このヴェリディアの騎士団ですら、深部への侵入は困難を極める。ましてや、その先のガリアとなれば……」


カレム辺境伯が、心底心配そうな顔で俺に問いかける。


「ええ、カガヤ様。私たちもお供します!私たちはあなたと共に冒険をするために、腕を磨いてきたのようなものですから!」


クゼルファのかつての仲間、弓使いの少女シファが、力強くそう言ってくれた。その隣で、大柄な熊人のグスタフや、細身の魔法使いゼノンも、当然といった顔で頷いている。彼らの申し出は、心から有り難かった。だが、俺は、静かに首を横に振った。


「ありがとう。だけど、今回の旅は、少数精鋭で行くと決めているんだ。それに……」


俺は、ちらりと魔の森の方向へと視線を向けた。


「あの森には、少しばかり、内密に済ませたい『用事』もあってな……」


俺の言葉に含まれた、何かを察したのだろう。彼らは顔を見合わせると、静かに頷き、それ以上は何も言わなかった。


エラルとの、そしてキアラやギルドの仲間たちとの再会と別れを惜しみながら、俺たち四人は、朝日を背に、魔乃森へと向かう。

魔の森の入り口に立った時、俺の脳裏に、この世界に降り立った、あの日の絶望と奇跡が、鮮やかに蘇ってきた。アルカディア号と共にこの森に墜落し、右も左も分からぬまま、この未知の森を彷徨った。あの時とは、何もかもが違う。俺の隣には、信頼できる仲間たちがいる。そして、俺自身も――。


《マスター。周辺の生態系データをスキャン。高密度の魔素に順応した、極めて攻撃性の高い魔獣が多数生息しています。第一警戒レベルでの進入を推奨します》


アイの冷静な分析が、俺を感傷から現実へと引き戻した。


「ああ、分かっている。……行くぞ」


俺の合図と共に、俺たちは、緑の迷宮へと足を踏み入れた。


森の中は、昼なお暗く、湿った土と腐葉土の匂いが、濃密な魔素と共に満ち満ちている。一歩足を踏み入れるごとに、肌を刺すような、見えざる視線を感じた。


最初に仕掛けてきたのは、巨大な鎧猪アーマーボアだった。体長は五メートルを超え、その名の通り、鋼鉄のような体毛と、巨大な二本の牙を持つ、走る要塞のような魔獣。クゼルファがかつて仲間と共に挑み、辛くも撃退したと語っていた、この森の主の一つだ。


「フゴォォォォッ!!」


地響きと共に、鎧猪が一直線にこちらへと突進してくる。その圧倒的な質量と速度は、並の冒険者ならば、為す術もなく轢き潰されるだろう。


だが、今の俺には、その全てが、あまりにも鮮明に見えていた。


《対象、直進。到達まで4.7秒。衝撃予測、最大》


アイの分析と同時に、俺たちはアイコンタクトだけで、瞬時にそれぞれの役割を理解した。もはや、言葉による指示さえ不要だった。


最初に動いたのは、セツナだった。彼女は突進してくる鎧猪の側面へと音もなく回り込むと、牽制するように数本のクナイをその分厚い毛皮に弾かせた。致命傷にはほど遠いが、その注意を逸らすには十分すぎる一撃。鎧猪の巨大な頭が、一瞬だけセツナの方へと向いた。


その、コンマ数秒の隙。それこそが、俺たちが作り出した、完璧な好機だった。


「クゼルファ!」


「応ッ!」


クゼルファが、獣のような雄叫びを上げ、わずかに軌道のずれた鎧猪の突進を、真正面から迎え撃つ。その巨大な大剣が、大地に突き立てられ、揺るぎない壁と化した。


大剣と鎧猪の牙が激突する、まさにその寸前。セレスティアが、静かに、しかし力強く祈りを捧げた。


「――聖なる光よ、その堅き盾となれ」


彼女の手から放たれた柔らかな光が、クゼルファの身体を包み込む。その光は、彼女の生命力を活性化させ、肉体を内側から強靭にすると共に、傷を瞬時に再生させる癒やしの力を与えていた。


ゴッ!


鈍い、骨が砕けるような音が響き渡る。クゼルファは、その巨体を、正面から受け止めてみせたのだ。彼女の大剣は、鎧猪の牙を砕き、その勢いを、完全に殺していた。


そして、その一瞬の硬直を、二つの影が見逃すはずもなかった。


「グギャアアアッ!」


最初に動いたセツナが、再び鎧猪の側面に回り込み、急所である腱を正確に、そして無慈悲に抉っていく。巨体がバランスを崩し、苦痛の叫びを上げた、まさにその瞬間。


俺は、動いた。


身体能力を限界まで強化し、腰に差していた愛用の小刀を抜く。柄から魔素を流し込むと、その刃は分子レベルで振動し、甲高い音を立てて輝き始めた。


《左目、0.3秒間、無防備。最適攻撃ルート、確定》


アイのナビゲーションに従い、俺は、もはやただの肉塊と化した鎧猪の懐へと、閃光のように踏み込んだ。俺の小刀が、その巨大な左目を、吸い込まれるように、寸分の狂いもなく貫く。


断末魔の叫びを上げる間もなく、鎧猪は、その巨体を大地に横たえ、二度と動くことはなかった。


静寂が戻った森の中で、俺は、静かに息を吐いた。かつてクゼルファたちをあれほど苦しめた森の主が、今の俺たちの前では、こうもあっさりと屠ることができる。それは、個々の力が上がっただけではない。四人の力が、完璧な一つの意志となって機能した結果だった。


「……俺も、少しは、強くなってるみたいだな」


俺の呟きに、クゼルファが、汗を拭いながらも誇らしげに、そして嬉しそうに笑った。


「当たり前です!それに、私たちもいるのですから!」


「ええ。皆の心が一つになれば、これほどの力が生まれるのですね」


セレスティアも、安堵の表情で微笑んでいる。


「戦闘効率、予測を15%上回りました。今後の行程において、大幅な時間短縮が見込めます」


アイの冷静な分析が、この勝利がただの偶然ではないことを証明していた。


俺は、頼もしい仲間たちの顔を見回し、改めて、この旅の成功を確信した。


魔の森の深奥、そしてその先に待つ未知の遺跡。どんな困難が待ち受けていようと、この仲間たちとなら、きっと乗り越えられる。


俺は、大地に横たわる鎧猪を一瞥すると、再び森の奥へと視線を向けた。


「よし、行くか。アルカディア号が、俺たちを待っている」

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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