第199話:始まりの地、乙女たちの誓い
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王都アウレリアの西門が、ゆっくりと俺たちの背後で閉じていく。城壁の向こうに霞む壮麗な王城のシルエットは、俺たちが駆け抜けた激動の日々の、一つの終着点を象徴しているかのようだった。
「……ここからが、本当の始まりだな」
馬上で、俺は誰に言うともなく呟いた。隣を並走するセレスティアが、その言葉に静かに頷く。
「はい。本当の戦いは、これからですね」
彼女の言う通りだ。王都での権力闘争は、あくまでも序章に過ぎない。俺たちの本当の目的は、この星の終焉を食い止めるための、壮大な遺跡探査の旅。その、あまりにも重い使命を胸に、俺たち四人は馬首を西へと向けた。
目指すは、ヴェリディア辺境伯領。俺がこの世界に降り立ち、右も左も分からぬまま彷徨った魔の森の先に広がる、始まりの地。クゼルファと出会い、エラルを救い、商人として、一人の人間として、この世界で生きていく覚悟を決めた、忘れもしない場所だ。今、再びその地を踏むことに、俺は運命めいたものを感じずにはいられなかった。
王都からヴェリディアまでの道のりは、以前、俺が一人で旅した時とは比較にならないほど、穏やかで、そして賑やかなものだった。
「セレスティア様。これからの旅、道中は我ら二人がカガヤ様をお守りする要となります。私の剣は、物理的な脅威を払うことしかできません。ですが、あなた様には、私にはない...星の声を聞くという、大いなる力がおありになる。正直に申し上げれば、羨まし く、そして何よりも頼もしく思います」
「まあ、クゼルファ様。過分なお言葉ですわ。ですが、私の力もまた、万能ではございません。あの方のように、世界の理を解き明かすことも、あなたのように、迫る脅威をその剣で断ち切ることもできない。私にできるのは、ただ祈り、道を示すことだけ。……いいえ、これからは、それだけではいけないのですわね」
「と、申されますと?」
「あの方は、この星の未来を、その双肩に背負っておられます。私たちも、ただ守られるだけではいけない。あなたはその剣で、私はこの声で、あの方と並び立ち、共に未来を切り拓く覚悟を決めなければ。……そうでしょう?」
クゼルファは、セレスティアの言葉に、一瞬だけ目を見開くと、やて、その口元に好戦的な、しかし信頼に満ちた笑みを浮かべた。
「……ええ。全くです、聖女様。あなたのその覚悟、しかと受け止めました。私の剣、あなたの道筋を切り拓くためにも、存分に振ruiましょう」
「ふふっ、頼もしいですわ、クゼルファ様。ええ、共に参りましょう。あの方が、安心してその『理』を追求できるように」
馬上で交わされるクゼルファとセレスティアの会話は、表向きは俺を支えるための、実に頼もしいものだった。だが、その言葉の端々には、俺を挟んで繰り広げられる、女同士の静かな火花が散っているようにも聞こえる。
俺は、二人の間に流れるその奇妙な緊張感に、内心少しばかり冷や冷やしながら、聞こえないふりをして馬を進めた。そんな俺たちの様子を、セツナが少し離れた場所から、いつもの冷静な、しかしどこか面白がるような表情で見守っている。……やれやれ。穏やかとは言えないが、この、どうしようもなく人間らしい日常こそが、俺がこの命を懸けてでも、守りたいと願うものなのだ。
数週間の旅を経て、俺たちの視界に、懐かしい城壁都市の姿が飛び込んできた。ヴェリディア。俺が、この世界で初めて「仲間」を得て、自らの足で立つことを決意した、始まりの場所。
「……着いたな」
感慨に浸る俺の隣で、クゼルファが、少しだけ誇らしげに胸を張った。
俺たちがまず向かったのは、街の中心にある冒険者ギルドだった。重い木の扉を開けると、そこには、以前と変わらぬ活気と、酒と汗の匂いが満ちていた。
「おい……?あの男、どこかで……」
「馬鹿野郎!あれは、カガヤさんだ!あの『奇跡の薬師』の!」
「なんだと!?本物か!?」
俺の姿を認めた冒険者たちが、次々とどよめきの声を上げる。長年、不治の病とされてきた魔力枯渇症の治療に成功し、辺境伯令嬢エラルの病を救った俺の名は、この街では、いつの間にか伝説と化していたらしい。しかし、その、あまりにも大げさな歓迎に、俺は思わず苦笑を禁じ得なかった。
カウンターの向こうから、信じられないものを見るかのように、その声は震えていた。受付嬢のキアラだった。彼女は、驚きに目を見開いたまま、その場に立ち尽くしている。
「キアラ……?」
俺が小さく呼びかけると、彼女ははっと我に返り、慌ててカウンターから駆け寄ってきた。その瞳には、みるみるうちに涙の膜が張っていく。
「カガヤ、さん……。本当に……?夢じゃないのよね……?」
俺の姿を、まるで幻であるかのように、何度も何度も確かめる。
「ああ、本物だ。ただいま、キアラ」
俺がそう言って微笑むと、彼女の瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「お帰り……!お帰りなさい、カガヤさん……!」
その、心からの歓迎の言葉と涙に、俺の胸にも熱いものが込み上げてくる。周りで騒いでいた冒険者たちも、その様子に何かを感じ取ったのか、口笛を吹く者、温かい野次を飛ばす者、皆がそれぞれのやり方で、俺の帰還を歓迎してくれていた。
ギルド全体が、そんな温かい空気に包まれたそんな時。一人の使者が、その人波をかき分けるようにして、俺たちの元へとやって来た。
「カガヤ殿とお見受けいたします。我が主、カレム・ンゾ・ヴェリディア辺境伯が、皆様のお越しを、心よりお待ちしております」
ゼノン王太子から、すでに連絡が入っていたのだろう。俺たちは、辺境伯からの丁重な申し出を受け、使者に導かれてギルドを後にした。俺たちの周りを遠巻きにしていた冒険者たちの人波が、モーゼの十戒のように割れる。好奇と、畏敬と、そしてわずかな嫉ゆが入り混じった視線が、俺たちの背中に突き刺さるのを感じた。
ギルドの外には、辺境伯家の紋章が刻まれた、壮麗な馬車が停まっていた。使者に促され、俺たちはその馬車に乗り込む。滑るように走り出した馬車の窓から眺めるヴェリディアの街並みは、俺が初めて訪れた時とは、また違った顔を見せていた。
ギルドがある中央広場の喧騒を離れ、貴族たちが住む地区へと入ると、石畳はより滑らかになり、建物は壮麗さを増していく。
やがて馬車は、その中でも一際大きな、白亜の壁と青い屋根が美しい、気品のある建物の前で停まると、重厚な鉄の門が俺たちのために静かに開かれる。
馬車が玄関先に着くと、そこには年配の執事と、その隣に寄り添うように立つ一人の美しい少女が、俺たちの到着を待っていた。陽光を浴びて輝く、白銀の髪。ガラス細工のように儚く、しかし、芯の強い光を宿した、アメジスト色の瞳。
「カガヤ様……!」
エラル・ンゾ・ヴェリディア。俺が、この世界で最初に救った、かけがえのない命。彼女は、俺の姿を認めると、その瞳を喜びに潤ませ、侍女に支えられながらも、自らの足で俺たちの方へと駆け寄ってきた。そして、俺の手を強く握りしめた。
「お帰りなさいませ……!ずっと、ずっと、お待ちしておりました……!」
「ああ。ただいま、エラル。元気そうで、何よりだ」
俺は、彼女の華奢な手を、優しく握り返した。その温もりが、俺の長い旅の疲れを、静かに癒してくれるようだった。
その夜、辺境伯邸では、俺たちの帰還を祝う、ささやかだが心のこもった晩餐会が開かれた。俺は、エラルと、彼女の父であるヴェリディア辺境伯に、新しい仲間であるセツナとセレスティアを紹介した。
晩餐会は、和やかな雰囲気で進んだ。
「まあ、セレスティア様。ソラリスでのご生活、さぞ大変だったことでしょう。お加減が悪いようでしたら、私が調合した薬湯をお持ちしましょうか?」
「お気遣い、痛み入りますわ、エラル様。ですが、ご心配には及びません。この程度の旅の疲れ、聖女の務めの前では、些細なことですわ」
「クゼルファったら、相変わらずですわね。昔から、一度こうと決めたらてこでも動かないのだから。でも、あまりご無理をなさると、カガヤ様がご心配なさいますわよ」
「昔は、私があなたの心配ばかりしていたのに……。まさか、あなたに心配される日が来るなんて。……ふふっ、なんだか、嬉しいですわ、エラル。でも、ありがとう。私は大丈夫。この剣は、カガヤ様を守るためにありますから」
彼女たちの会話は、傍から聞けば互いを気遣い合う、実に微笑ましいものだった。しかし、その言葉の裏に隠された真意を探ろうとするかのような、一瞬の沈黙が、晩餐会のテーブルに緊張感をもたらす。俺は、その奇妙な空気に、内心少しばかり冷や汗をかきながら、聞こえないふりをした。
その、張り詰めた糸を断ち切るかのように、絶妙なタイミングで執事のゼドラスが現れた。
彼は、銀の盆に載せた、美しい陶器のティーセットを、静かにテーブルへと運んできた。その様子を見たエラルが、ふっと微笑んで言った。
「まあ、ちょうどよかった。皆様、お紅茶はいかがかしら?カガヤ様がお好きだと伺った、東方の茶葉をご用意いたしましたの」
完璧なまでの落ち着きでその場を見守っていたセツナも、その言葉に静かに頷いている。女性たちの視線が、紅茶を口実に、穏やかに、しかし探るように俺の周りで交錯する。俺は気づかないふりをしながら、差し出された紅茶をすするしかなかった。
だが、その密かな戦いに、最初に白旗を上げたのは、意外にも、エラルだった。彼女は、ふっと、自嘲するように微笑むと、静かに、三人の顔を見回した。
「……ちょっとはしゃぎすぎたようですね。」
エラルはふと寂しそうに一息つくと、続けた。
「……私には、皆様のように、カガヤ様の隣に立って、共に戦うことはできません。それが、ずっと、悔しくて……」
その、あまりにも素直な告白に、クゼルファとセレスティア、そしてセツナもまた、はっとしたように、表情を改めた。
「ですが、分かりました。皆様が、どれほどカガヤ様を想い、支えておられるのかが。……どうか、これからも、カガヤ様の力になって差し上げてください。」
彼女はそう言うと、深々と、三人に頭を下げた。その姿には、嫉妬も、悔しさも、もはやない。ただ、愛する人の幸せを願う、純粋な祈りだけが、そこにあった。
その夜、俺は一人、中庭のテラスから、ヴェリディアの夜景を眺めていた。あの、黄金の葉を持つ大樹が、月明かりの下で、静かに佇んでいる。
「……カガヤ様」
背後から、優しい声がした。振り返ると、そこには、エラルが、一人で立っていた。
「……少しだけ、お隣、よろしいですか?」
それから、俺たちは、言葉少なに、ただ、同じ夜空を見上げていた。
この、束の間の平穏が、永遠に続けばいいと、俺は、心の底から、そう願わずにはいられなかった。
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