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第197話:新たな王太子、そして世界への布石

お読みいただき、ありがとうございます。

現在1日1話投稿中です。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

謁見の間の攻防から数日。王都アウレリアを覆っていた鉛色の雲は嘘だったかのように晴れ渡り、街は束の間の、しかし確かな平穏を取り戻していた。


クーデターの首謀者であるガイウス将軍とサルディウス異端審問官は反逆罪で投獄され、それに与した兵士や神官たちも、それぞれの罪に応じて公正な裁きが下された。


そして、あの激動の日から一週間後。王都の民は、歴史が動く瞬間を目の当たりにすることになった。


国王イファルム・エゼ・フォルトゥナ三世の名において、第二王子ゼノン・エゼ・フォルトゥナが、正式に新たな王太子として指名されたのだ。その戴冠を祝うパレードが、王城から中央広場まで盛大に執り行われた。


数日前まで第一王子派の兵士たちが物々しく巡回し、息を潜めていたのが嘘のように、街はお祭り騒ぎに包まれている。家々の窓には王家の紋章が描かれた旗が掲げられ、吟遊詩人たちが新しい時代の始まりを告げる歌を高らかに奏でていた。


「やれやれ、ひどい目にあったもんだ。まさか王都のど真ん中で、あんな物騒なことが起きるなんてな」


沿道に店を構える老商人が、隣の店の主人に愚痴をこぼす。


「全くだ。だが、ゼノン殿下が王太子になられたのなら、これからは安心だろう。あの方なら、きっと民の暮らしを第一に考えてくださる」


「ああ、それに、ゼノン殿下には最近現れたっていう、あの不思議な商人が後ろ盾についてるって噂だぜ。なんでも、どんな病も治す奇跡の薬を作るとか...。」


そんな民衆の期待と熱気が渦巻く中、パレードの先頭がついに姿を現した。色とりどりの花びらが舞う中を、純白の礼装に身を包んだゼノンが、愛馬に跨り、堂々と進んでいく。その姿は、もはや改革を志す心優しき王子というだけのものではなかった。国の未来を一身に背負う、若き指導者の威厳に満ちていた。


俺たち四人は、その光景を沿道に立つ民衆の中から、静かに見守っていた。


「……見事なものだな」


俺の隣で、クゼルファが感嘆の声を漏らす。


「ええ。ゼノン殿下は、この国の希望の光ですわ」


セレスティアもまた、誇らしげに、そしてどこか安堵したように、その光景に目を細めている。


この数日間、俺たちは王城の一室に滞在を許され、客分として手厚いもてなしを受けていた。だが、それが次なる戦いへの束の間の休息でしかないことを、俺たちは理解していた。


パレードからさらに数日が過ぎた、ある日の午後。王太子となったゼノンから、俺たち四人に正式な召集がかかった。指定されたのは謁見の間ではなく、王城の最上階にある、王族専用の小さな謁見室だった。


そこには、ゼノンだけでなく、国王イファルム三世、そして宰相と、東西南北を治める四大公爵家の当主たちが勢揃いしていた。この国の最高権力者たちが、ただ俺たち四人を待っていたのだ。その異様な光景に、さすがのクゼルファも緊張した面持ちで、俺の半歩後ろに控えている。


俺たちが深々と礼をすると、玉座に座る国王が、穏やかな、しかし有無を言わせぬ威厳を込めて、口を開いた。


「面を上げよ、カガヤ殿。そして、皆も」


その声には、病の深さを感じさせない、王としての力が漲っている。


「今日は、そなたたちを客人としてではなく、この国の、いや、この世界の未来を共に憂う、仲間として招いた」


国王は、隣に立つゼノンに視線を移した。


「ゼノンから、全て聞いた。そなたがソラリスで得たという、この世界に関わる重大な真実を。そして、そなたたちが、その危機にたった数人で立ち向かおうとしているという、無謀な計画もな」


その言葉に、宰相と四大公爵たちが、固唾を飲んで俺たちを見つめる。彼らの表情には、驚きと、そして隠しきれない疑念の色が浮かんでいた。


「陛下。……にわかには、信じがたいお話です。この世界が、終焉に向かっているなどと……」


北方を治める、白髪の公爵が、恐る恐る口を開いた。


「うむ。無理もないだろう。だが、儂は、信じることにした」


国王は、静かに、しかし、はっきりと宣言した。


「ゼノンが、命を懸けてこの儂に真実を伝えた。そして、聖女セレスティアが、その証人として神託を下された。……何より、カガヤ殿。そなたが、あの謁見の間で見せた『理』の力。あれは、まやかしなどではない。この世界の、新たな可能性を示す、確かな光であったと、儂は見た」


その、あまりにも真っ直ぐな信頼の言葉に、俺は、ただ頭を下げた。


「……恐れ入ります」


「リリアンナの分析によれば、この大陸に存在する『星の民』の遺跡は、少なくとも十を超えるという。それらを全て調査し、再起動させるなど、一個人に、ましてや一つの商会にできることではない。……これは、国と国とが、手を取り合って挑むべき、未曾有の国難だ」


国王は、宰相と公爵たちに向き直った。


「事が事だけに、信頼のおける国でなければ、この話はできん。……カガヤ殿。大陸諸国への働きかけは、この儂に任せてはくれぬか。ローディア騎士王国、山岳王国グライフェン、そして、獣人たちのヴォル=ガラン連合王国。幸い、カガヤ殿が築いてくれた、確かな繋がりがある」


その、あまりにも壮大な提案に、俺は息を呑んだ。一商人の冒険が、今、この星の運命を左右する、世界規模のプロジェクトへと姿を変えようとしている。


「そこで、物は相談なのだがな……」


国王は、そこで言葉を切ると、隣に立つゼノンにそっと視線を移した。その意図を汲み取り、ゼノンが、一歩前に進み出た。


「カガヤ殿。この計画は、我が国一国で進められるものではない。父上が仰る通り、諸国との連携が不可欠となる。そのためには、各国の思惑を超えて、全ての力を一つに束ねる、絶対的な指導者が必要となるのだ」


ゼノンの真摯な瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。……なんだか、嫌な予感がする。


「この大任を、君に託したい。王家の、いや、この大陸全ての国々の名において設立される、新たな騎士団の長として」


「……俺に、ですか?」


「そうだ。王族でもなく、この国の民でさえない君にこれを頼むのは、筋違いであると分かっている。だが、考えてみてほしい。この難事を任せられる者が、君の他にいるだろうか?いや、いない」


一度は固辞しようとした俺の口を、ゼノンの熱意が封じ込める。俺は、アイに意見を求めた。


《マスター。この提案は、我々の目的達成のために、最も合理的かつ効率的な選択です。受諾を推奨します》


……相棒にまでそう言われては、断るわけにはいかないな。


「……分かりました。謹んで、お受けいたします」


俺の言葉に、国王とゼノンが、安堵の表情を浮かべた。


「うむ。頼んだぞ、カガヤ殿。……とはいえ、まだ組織そのものがない。今は内示という形になるが、いずれ、正式に君を団長として迎えよう」


国王はそう言うと、力強く頷いた。

「我らが諸国との同盟をまとめ上げ、後方支援体制を確立するまで、最初の遺跡の調査を、王家の名において、そなたたちに託したい。……受けて、くれるか?」


国王の、真摯な瞳が、俺を射抜く。俺は、隣に立つ仲間たちの顔を見回した。クゼルファが、セツナが、そしてセレスティアが、力強く頷き返す。


俺は、国王の前に進み出ると、深く、深く、一礼した。


「――御意」


その日を境に、俺たちの日常は、再び目まぐるしく動き始めた。


王家から提供された、王城からは少し離れた貴族街の一角にある、こじんまりとしながらも俺たちの活動拠点としては充分すぎるほどの屋敷を新たな拠点とし、来るべき遺跡調査に向けて、俺たちは着々と、そして確実な準備を進めていく。


それは、もはや単なる冒険ではない。この星の、そして、俺が愛する仲間たちの未来を懸けた、壮大な計画の歯車が、静かに回り始めた瞬間だった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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