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第195話:謁見の間の攻防

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「――それじゃあ、少し早いが、大掃除の時間といくか!」


俺の言葉が、血と怒号に満ちた大謁見の間に響き渡った。それは、この絶望的な状況を覆すための、反撃の狼煙だった。


王国軍将軍ガイウスが率いる兵士たちは、近衛騎士団を数の力で圧倒し、雪崩を打ってこちらへと殺到してくる。その動きに一切の躊躇はない。その剣先が狙うのは、摂政の座でもなければ、狼狽える貴族たちでもない。ただ一点――ゼノン王子と、その隣に立つ俺たち異端者。その完全なる排除が、彼らの目的であることは明らかだった。


「お前たちに騎士の魂はないのか!」


ゼノン王子を守る近衛騎士の一人が、悲痛な叫びを上げた。彼の優雅な剣閃は、二人の兵士を同時にいなすが、三人目の兵士がなりふり構わず突き出した槍に、その肩を深く貫かれる。


「そんな甘いことを言っているのは、お前たちが安穏と暮らす、貴族のお坊ちゃんだからさ!」


兵士は、汚い言葉と共に、槍を容赦なく捻り込んだ。騎士道精神など、この場では無力だった。王国軍の兵士たちは、国境で叩き上げられた、実戦のプロフェッショナルだ。彼らの剣は、美しさではなく、ただ敵を殺すためだけに振るわれる。


その、圧倒的な暴力の奔流に、俺たちは三つの矢となって突き進んだ。


最初に動いたのは、影だった。


セツナは、その身を翻したかと思うと、まるで陽炎のようにその場から姿を消した。兵士の一人が、味方の背後に突如として現れた黒い影に気づき、驚愕の声を上げる間もなく、その喉笛を小刀の一閃が切り裂く。血飛沫が上がるより早く、セツナの姿は再び闇に溶け、次の獲物の背後に現れる。


神出鬼没。まさに、影。謁見の間の柱の陰、翻るカーテンの闇、そして、兵士たち自身の影から現れ、致命的な一撃を加えては消える。兵士たちは、どこから攻撃されているのかさえ理解できないまま、次々と無力化されていった。


次に、嵐が巻き起こった。


「邪魔だッ!」


クゼルファの獣のような雄叫びと共に、その身の丈ほどもある大剣が、凄まじい風切り音を立てて横薙ぎに振るわれる。分厚い鋼鉄の鎧を着込んだ兵士が、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、大理石の柱に叩きつけられて沈黙した。


彼女の戦いは、セツナとは対照的に、あまりにも豪快で、そして圧倒的だった。狭い謁見の間など、彼女にとっては窮屈でしかない。だが、その一撃の破壊力は、密集した敵に対して、絶大な効果を発揮していた。彼女が大剣を振るうたびに、数人の兵士がまとめてなぎ払われ、その進路上に、死と破壊の道が切り開かれていく。


そして、閃光。


兵士たちの一団が、俺たちの陣形の僅かな隙間を突き、セレスティアへと殺到する。彼女は恐怖に顔を強張らせながらも、毅然として兵士たちを睨みつけていた。


「コウ……!」


俺の名を呼ぶ、悲痛な声。俺は、彼女の前に音もなく立ちはだかった。


「大丈夫だ、セレスティア。後ろに隠れていろ」


俺の言葉に、彼女はこくりと頷く。その背中から伝わる、か細い震えが、俺の闘志に、さらに火をつけた。


「悪いな、ここから先は通行止めだ」


この狭い場所では、斥力キャノンのような広範囲の理術は使えない。


ならば、俺自身の身体を、理術の矛と化すまで。


俺は、身体能力を限界まで強化し、腰に差していた、自ら鍛え上げた愛用の小刀を抜いた。俺の科学知識とこの世界の素材が融合したその一振りは、柄から魔素を流し込むことで、刃が分子レベルで振動し、あらゆるものを切り裂く神速の刃と化す。


目にも止まらぬ速さで、敵の懐へと踏み込む。兵士が剣を振り上げる、その予備動作の瞬間に、俺の剣はすでに彼の鎧の隙間を正確に捉え、その命を刈り取っていた。返り血を浴びる間もなく、次の標的へ。一人、また一人と、俺の周囲に、崩れ落ちる兵士たちの山が築かれていく。


その時だった。俺が切り伏せた兵士の一人の、めくれた鎧の下から、不気味な紋様が覗いているのが見えた。蛇が、岩に絡みついたような紋様。


「……!『岩の紋章』も混じっているぞ!気をつけろ!」


俺の叫びに、クゼルファとセツナが鋭く反応する。ただのクーデターではない。邪神教が、この混乱に乗じて、何かを企んでいる。


その、俺の警告が真実であることを証明するかのように、戦場に、新たな異変が起きた。それまで兵士たちの後ろで戦況を眺めていた、一人の男。その男は、突然、味方であるはずの兵士を切り捨てると、一直線に、玉座の近くで立ち尽くす第一王子ライオスへと襲いかかったのだ。その瞳には、王国軍の兵士が持つべき忠誠心など、どこにもない。あるのは、ただ、目標を排除せんとする、暗殺者の冷たい光だけだった。


「ぐっ……!?」


あまりにも予期せぬ裏切りに、ライオスは反応できない。彼の護衛についていた近衛騎士も、他の兵士との戦闘で手一杯だ。暗殺者の刃が、ライオスの無防備な首筋へと迫る。


誰もが、王子の死を覚悟した、その瞬間。


閃光のように、その間に割り込む影があった。


キィンッ!


甲高い金属音と共に、暗殺者の刃が弾かれる。そこに立っていたのは、顔を蒼白にさせながらも、その瞳に強い意志の光を宿した、第二王子ゼノンだった。


「ゼノン……お前……。なぜ、俺を助ける……?」


呆然と呟くライオスに、ゼノンは、ただ、静かに、そして当たり前のように言い放った。


「兄を助けるのに、理由など、いりますか?」


その言葉に、ライオスは、言葉を失った。彼の胸に去来したのは、驚きか、安堵か、それとも、自らの過ちへの、深い悔恨か。


ゼノンの介入と、俺たちの圧倒的な戦闘力。そして、内部からの裏切り。それらが、王国軍の兵士たちの士気を、一気に打ち砕いた。数で勝っていても、もはや勝敗は明らかだった。


やがて、謁見の間に散発的に響いていた剣戟の音も、一つ、また一つと消えていった。後に残されたのは、夥しい数の兵士たちの骸と、破壊された調度品、そして、この国の未来を左右する、重い、重い沈黙だけだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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