第194話:鋼鉄のクーデター
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謁見の間に響き渡った、王国軍総司令ガイウス・ンゾ・ファルケンの声。それは、この国の秩序が、今この瞬間、崩壊したことを告げる号砲だった。鋼鉄の鎧がぶつかり合う冷たい音と共に、兵士たちは寸分の乱れもなく謁見の間を制圧していく。彼らの動きは、王族や貴族を守るためのものではなかった。
「ファルケン将軍!貴公、一体何のつもりだ!」
最初に我に返ったのは、軍務大臣だった。彼は、わなわなと震える指でガイウスを指差し、怒りの声を上げた。
「ここは神聖なる謁見の間!摂政殿下の御前であるぞ!貴公の独断で兵を動かすなど、許されざる反逆行為だ!」
だが、ガイウスは動じない。彼は、その顔の傷跡を醜く歪め、むしろ哀れむような目で軍務大臣を見返した。
「閣下。……いや、もはや元閣下、と言うべきかな。貴殿には、今のこの国が、腐りきった文官たちの談合と、教会の思惑によって、いかに弱体化しているかが見えておらぬようだ」
ガイウスは、ゆっくりと謁見の間を見回した。その視線には、貴族たちへの、隠しきれない軽蔑の色が浮かんでいる。
「戦なき平和な世では、貴殿方のような口先だけの者たちの地位は上がるばかり。だが、我ら軍人はどうだ?国境で、命を懸けてこの国を守り続けても、その働きが正当に評価されることはない。それどころか、平穏を脅かす、無用の長物として扱われる始末。……もう、たくさんだ」
彼は、摂政の座で呆然と立ち尽くす、第一王子ライオスへと向き直った。
「この国に必要なのは、小手先の交渉術ではない!神の威を借りる、借り物の権威でもない!国を一つにまとめ、外敵を打ち払う、絶対的な『力』!そして、その『力』を振うに相応しい、唯一の王!それこそが、ライオス殿下、あなた様なのだ!」
「なっ……!?」
「我ら王国軍は、ライオス殿下を、フォルトゥナ王国の、正当なる唯一の王として推戴する!」
ガイウスの言葉に、ライオスは顔面を蒼白にさせた。
「よせ、ファルケン!私は、そのようなこと、一言も命じてはおらんぞ!」
「御命令など、不要!これは、我ら軍が、この国を憂うが故の、忠義の決断!」
ライオスの悲痛な叫びは、ガイウスの狂信的な忠誠心の前では、あまりにも無力だった。もはや、後の祭りだ。ガイウスは、自らが信じる「正義」のために、主君さえも駒として利用する、危険な領域へと足を踏み入れていた。
「抵抗する者は、反逆者と見なし、即刻、斬り捨てる!かかれ!」
ガイウスの檄と共に、兵士たちが一斉に剣を抜いた。その切っ先が、ゼノン王子と、俺たちへと向けられる。
「殿下をお守りしろ!」
それに反応したのは、謁見の間に控えていた、数少ない近衛騎士団だった。彼らは、数の上では圧倒的に不利であることを承知の上で、主君を守るため、王国軍の兵士たちへと斬りかかっていく。
キィンッ!
甲高い金属音が響き渡り、謁見の間は、一瞬にして血と怒号が渦巻く戦場と化した。四大公爵家の当主たちは自衛のために剣を抜き、大臣たちは悲鳴を上げてテーブルの陰に隠れる。
その混乱の中、俺の隣で、影が動いた。
「カガヤ様!」
セツナが、音もなく俺の背後を取り、状況を冷静に分析する。
「敵の狙いは、ゼノン殿下と、我々です。このままでは、袋の鼠……!」
「分かっている!セツナ、お前はゼノン王子を守れ!俺が活路を切り開く!」
俺の指示に、セツナは一瞬だけ、躊躇うような表情を見せた。だが、すぐに、彼女はプロフェッショナルとしての顔に戻り、力強く頷いた。
「……御意に」
セツナが、ゼノン王子の元へと駆け寄ろうとした、まさにその時だった。謁見の間の高い天井から、数人の黒装束の影が、音もなく舞い降りてきた。彼らは、セツナの行く手を阻むように、ゼノン王子の周囲を固める。その動き、その気配……紛れもなく、セツナと同じ、「影」のものだった。
「……あなたたちは」
セツナが、驚きに目を見開く。黒装束の一人が、静かに、しかし、有無を言わせぬ響きで告げた。
「ここは、我らに任せよ」
「ゼノン殿下は、我らが主。影として、命に代えてもお守りする。だが、セツナ。お前の今の主は、我らではない」
黒装束は、その視線を、俺へと向けた。
「行け。お前は、カガヤ殿と共に戦え。……彼の『理』こそが、この国を、いや、この世界を救う、最後の希望やもしれんのだから」
その、予期せぬ援護に、俺は一瞬だけ虚を突かれた。だが、感傷に浸っている暇はない。俺はセツナに頷き返すと、二人で王国軍の兵士たちへと向き直った。
その時だった。謁見の間の、側面にある巨大な扉が、内側から破壊されるかのような轟音と共に弾け飛んだ!
木っ端微塵になった扉の向こうから、土煙を切り裂いて現れたのは、その身の丈ほどもある大剣を構えた、一人の女剣士だった。
「カガヤ様!」
その声は、紛れもなく、隠れ家で待機しているはずだった、クゼルファのものだった。
「お待たせいたしました!道中の兵が、少々しつこいもので!」
彼女はそう言うと、悪戯っぽく笑いながら、俺の背中を守るように、ぴたりと立った。
俺は、その頼もしい背中に、思わず苦笑を漏らした。
「……留守番のはずだろ?」
「こちらの方が、よりお役に立てるかと判断いたしましたので」
クゼルファは、悪戯っぽく笑いながらそう言うと、大剣を構え直した。その瞳には、俺と、そしてセツナへの、絶対的な信頼が宿っている。俺も、彼女のその想いに、ニヤリと笑い返した。
「――それじゃあ、少し早いが、大掃除の時間といくか!」
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