第193話:影が暴く真実
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静まり返った大謁見の間に、ゼノン王子の声が響き渡る。
「その者は、私の部下だ。私が、この場に呼んだ」
その言葉は、衛兵たちの動きを、そして重鎮たちの怒声を、ぴたりと静止させた。
第一王子ライオスは、忌々しげに舌打ちをすると、摂政の座から鋭い視線を投げかけた。
「ゼノン。貴様、この神聖なる討論会を、何と心得るか。得体の知れぬ者を呼び入れるとは、許されることではないぞ!」
「兄上。この討論会は、この国の未来を決める場であるはず。ならば、真実を知る者を、身分を問わず招き入れるのが、為政者の務めではありませんか?」
ゼノンの毅然とした言葉に、ライオスはぐっと言葉に詰まる。その隙に、フードの女――セツナは、静かに衛兵の輪を抜け、俺たちの隣に膝をついた。
「どうした、セツナ。何か分かったか?」
俺が小声で尋ねると、彼女はフードの下から、確かな手応えに満ちた瞳で俺を見返した。
「はい、カガヤ様。……間に合った、ようです」
セツナは立ち上がると、ライオス王子、そして居並ぶ重鎮たちに向かって深々と一礼した。その所作は、どこにも無駄がなく、洗練されている。
「摂政殿下、並びにご列席の皆様。突然の無礼、お許しください。ですが、この討論会の行方を左右する、見過ごすことのできない事実が判明いたしました」
その静かだが、芯の通った声に、謁見の間は再び静寂に包まれた。
セツナは懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
「これは、教会原典派に属する高位の神官と、とある商人との間で交わされた、秘密の取引記録です」
その言葉に、サルディウスの眉がぴくりと動いた。
「その商人の名は、ボルコフ。表向きは希少な鉱物を扱う商人ですが、その裏の顔は、禁忌とされる古代遺物を売買する、闇商人。そして……」
セツナは、一呼吸置いた。
「邪神教『岩の紋章』の、有力な資金提供者でもあります」
謁見の間が、大きくどよめいた。『岩の紋章』。その名は、ここにいる誰もが知っている。古代遺物の保護を掲げながら、そのためには手段を選ばぬ過激な思想を持つ、教会が最も危険視する異端の集団。
「何かの間違いであろう!」
「原典派の方々が、そのような者たちと……!」
貴族たちが、信じられないといった様子でざわめく。
「そんなものはでっち上げだ!」
サルディウスが、顔を真っ赤にして激昂した。
「そのような薄汚い紙切れ一枚で、我らが神への忠誠を汚すとは!その女こそ、邪神に与する魔女に違いあるまい!」
だが、セツナは少しも動じなかった。
「確かに、この羊皮紙一枚では、決定的な証拠にはならないやもしれません。ですが、この記録にある金銭で、何が取引されたのかが問題なのです」
セツナの合図で、衛兵が重々しい木箱を運び込み、テーブルの中央に置いた。
彼女がその蓋を開けると、中に収められていた奇妙な品々に、謁見の間が再びどよめいた。
黒曜石のような艶を持つ金属の棒、微かに光を明滅させる水晶、そして、見たこともない幾何学模様が刻まれた石版。どれもが、神聖ささえ感じさせる、古代の雰囲気を漂わせていた。
セツナが、静かに説明を加えた。
「これらは、闇商人ボルコフが教会原典派から受け取った金銭で購入した品々です。彼の隠れ家から、我々が押収いたしました」
セツナはそう言うと、静かに俺の方へと視線を移した。その場の誰もが、これらの不可解な遺物の意味を解き明かせるのは、奇妙な『理術』を操る俺しかいないことを、直感的に理解したのだろう。宰相が、軍務大臣が、そしてゼノン王子でさえもが、固唾を飲んで俺の次の言葉を待っていた。
再び、全ての視線が俺に集中する。俺は静かに立ち上がると、木箱の前に立った。「ここにいる皆さんの目には、これらはただの骨董品に見えるかもしれません。ですが、私の『理術』による分析は、全く違う事実を示しています」
俺は、箱の中から光を明滅させる水晶を手に取った。
「例えば、この水晶。これは、特定の周波数の魔素にのみ共鳴する、極めて特殊な増幅器です。そして、この水晶が共鳴する周波数は、先ほどお見せした地図で示した、王都の地下から発生している異常な魔素の波長と、完全に一致します」
その言葉に、宮廷魔術師たちが蒼白な顔で息を呑む。
「さらに、この金属の棒。これは、この大陸では自然に産出されない合金で出来ています。私の分析によれば、その組成は、各地に点在する『星の民』の遺跡で使われているものと同一です。これらは、単なる遺物ではありません。古代の巨大なシステムを起動させるための、『鍵』となり得るものなのです」
俺は、居並ぶ重鎮たちを一人一人見回し、静かに、しかし、はっきりと告げた。
「そして、これらの遺物を神聖なものとして崇め、その収集に執着している集団が、一つだけあります。……それこそが、邪神教の内部組織のひとつ『岩の紋章』。この取引の目的は、彼らの力を借りて、王都の地下遺跡を起動させること以外にありえません」
「ぐっ……!」
サルディウスが、言葉を失う。謁見の間の空気は、もはや疑念から、確信へと変わりつつあった。
そして、セツナは最後の一撃を放つ。彼女の合図で、謁見の間の扉が再び開かれ、衛兵に連れられて、一人の男が引きずり出されてきた。その男の顔を見た瞬間、サルディウスの顔から、完全に血の気が引いた。闇商人、ボルコフだった。
「この男は、昨夜、我々が拘束しました。彼が全て、自白しております。教会原典派が、『岩の紋章』の力を借り、王都の地下遺跡を活性化させようとしていたこと。そして、その混乱の責任を全てゼノン王子とカガヤ様に押し付け、ライオス殿下を傀儡の王として担ぎ上げる計画であったことを」
セツナの静かな告発が、謁見の間にとどめを刺した。
ライオス王子は、わなわなと震える手で、隣に座るサルディウスを睨みつけた。その瞳には、もはや侮蔑の色はない。あるのは、信じていた者に裏切られた、深い絶望と怒りだった。
「……サルディウス!こ…これは……事実であるか!」
「ち、違います、殿下!全ては、奴らのでっち上げ!私を、我らが教会を陥れるための、卑劣な罠です!」
必死に弁明するサルディウス。その姿は、哀れなほどに取り乱していた。
その時だった。それまで静かに成り行きを見守っていたゼノンが、冷たく、そして鋭い声で言い放った。
「サルディウスよ。貴殿が申すことも、『でっち上げ』ではないと、どう証明されるのか。客観的な証拠がある分だけ、こちらの方が、より『真』に近いと言えるのではないか?」
その言葉は、サルディウスだけでなく、客観的な証拠よりも、ただ己の信じる秩序を優先しようとした兄、ライオスへの、痛烈な苦言でもあった。ライオスは、弟の言葉に何も言い返すことができず、ただ唇を噛みしめるだけだった。
追い詰められたサルディウスの瞳に、狂信者の、危険な光が宿った。彼は、悔しそうに顔を歪め、拳を強く握りしめる。
「……もはやこれまでか……、こうなれば……」
その唇から、何事か、不吉な言葉が漏れ聞こえた、その瞬間だった。
バンッ!!
謁見の間の巨大な扉が、凄まじい音を立てて、外側から乱暴に開け放たれた。そこに殺到してきたのは、鋼鉄の鎧に身を包んだ、フォルトゥナ王国正規軍の兵士たちだった。寸分の乱れもない動きで謁見の間になだれ込む兵士たち。その先頭に立つのは、顔に深い傷跡を持つ、百戦錬磨の将軍――ガイウス・ンゾ・ファルケン。彼は、その冷徹な瞳で第二王子ゼノン、そして俺たちを睥睨すると、朗々と、しかし有無を言わせぬ声で宣言した。
「王国軍将軍の名において、この茶番は終わりとさせていただく。この場にいる者は、一人たりとも動くことを許さん!」
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