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第190話:星を渡る声、聖女の神託

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

第二王子ゼノンとの密会から一夜。俺たちの隠れ家である古い織物工場の跡地には、重い沈黙が垂れ込めていた。ゼノンから得た情報は、俺たちの予測以上に深刻だった。第一王子ライオスは、もはや教会原典派の言いなりだ。彼を止めなければ、この国は狂信的な思想に染まり、セレスティアやゼノン、そして俺たちに与する全ての者たちが罪されるだろう。


「……打つ手が、見当たりませんね」


地図を睨みつけながら、セツナが静かに呟いた。彼女の情報網をもってしても、王都の厳戒態勢は鉄壁だ。第一王子派に、物理的に対抗するのは不可能に近い。


「力で劣るのならば、相手の足元を崩すしかありません。彼らの力の源……その正当性を、根底から揺らがすのです」


クゼルファが、鋭い眼光で俺を見た。そうだ。彼女の言う通りだ。第一王子が掲げる大義名分は、「教会の秩序を守る」という一點に尽きる。ならば、その教会そのものに、「待った」をかけさせればいい。


「セレスティアに、連絡を取る」


俺の言葉に、セツナとクゼルファが目を見開いた。


「ですが、カガヤ様。ソラリスは天空に浮かぶ孤島。手紙一つ届けるのにも、数ヶ月を要します。今からでは……」


「物理的にはな」


俺はセツナの言葉を静かに肯定し、思考を巡らせた。


何か方法はないのか。この絶望的な時間的・空間的隔絶を、俺の『理』で覆す方法は。


「アイ。何か手はないか?どんな些細な可能性でもいい。ソラリスにいるセレスティアと、リアルタイムで通信できる方法を考えてくれ」


俺の焦りを帯びた問いに、アイは数秒間、沈黙した。膨大なデータをスキャンし、あらゆる可能性をシミュレートしているのだろう。


《……マスター。通常通信プロトコルでは、不可能です。物理的な中継器が存在しない以上、超光速通信は確立できません》


「通常では、な。なら、通常ではない方法は?」


《……一つだけ、理論上の可能性が存在します。しかし、成功確率は算出不能。極めて危険な賭けとなります》


「……他に選択肢がないのなら、それに賭けるしかない。続けてくれ、アイ」


《......ええ。一つ、途方もない方法があります。成功するかは分かりませんが......あの存在に頼るという手です》


「あの存在......?」


《はい。この惑星全体の広域情報ネットワークを管理している、超巨大AI......『ガーディアン』です。彼なら、あるいは......》


「ガーディアンか……!」


《はい。彼に頼んで、そのネットワークにマスターの意識データを乗せることができれば……量子通信の要領で、ソラリスにいるセレスティア様との精神リンクを確立できる可能性があります》


「可能性か……。保証はない、と」


《はい。ガーディアンが我々の通信に応答する保証も、協力を承諾する保証もありません。最悪の場合、マスターの精神データが、彼の管理する情報の奔流に飲み込まれ、ロストする危険性も……》


「やってみる価値はあるな。この状況を打開できる可能性があるなら、どんな些細な糸でも手繰り寄せる」


俺は、隠れ家の地下室へと向かった。そこは、かつて忘れられた民が祭壇として使っていた場所で、わずかに魔素の残滓が漂っている。


「アイ、ここを増幅器として使う。ナノマシン・スウォームを媒体に、王都の地下遺跡……『情報の中枢ライブラリ』にアクセス。そこを中継点として、ガーディアンに信号を送ろう」


《了解。……地下聖域管理インターフェース、『ガーディアン』への、広域指向性通信プロトコルを起動します》


俺の腕の触媒が、淡い光を放ち始める。俺の意識は、アイが構築した仮想空間の中を、光の速さで駆け巡っていく。王都の地下深くに眠る、巨大な遺跡の炉心。そのさらに深奥にある、惑星規模の情報ネットワークへ。


それは、果てしない光の海を旅するような感覚だった。無数の情報が、声なき声となって俺の意識を通り過ぎていく。この星の生命が、数十万年に渡って紡いできた、記憶の奔流。


その、あまりにも巨大な情報の海の底で、俺は一つの「個」と出会った。


《……我を呼ぶのは、誰だ》


ガーディアン。その声は、男でも女でもなく、あらゆる生命を超越した、絶対的な知性の響きを持っていた。


〈俺だ、カガヤ・コウ。シエルの地下で、お前と話した者だ〉


《……記憶している。異邦の知性。何の用だ。我は、世界の理に、直接は干渉しない》


〈あなたが管理する、この星の『理』そのものが、今、危機に瀕している。王都の地下遺跡が、何者かによって、強制的に活性化させられている。このままでは、暴走したエネルギーが、王都に、いや、この大陸全-

土に、計り知れない厄災をもたらすことになる〉


俺の言葉に、ガーディアンの思考に、初めて微かな揺らぎが生じた。


《……観測データを照合。……肯定。王都セクターに、規定値を超えるエネルギーの上昇を確認。原因不明。……異邦の知性よ。汝は、我に何を望む?》


〈ソラリスにいる、セレスティアという女性と、俺の意識を繋いで欲しい。あなたのネットワークを使えば、可能ではないか?彼女は、この事態を収拾するための、重要な鍵になりうる〉


ガーディアンは、数秒間、沈黙した。それは、この惑星の未来を左右する、あまりにも長い沈黙だった。


《……了承した。だが、その接続は保証できぬ。汝の脳神経に我のプロトコルを直接流し込むが、失敗すれば汝の精神は情報の奔流に飲み込まれ、二度と戻れぬ。……それでも、やるか?》


〈望むところだ〉


次の瞬間、俺の意識は、激しい光の渦に飲み込まれた。



ソラリスの神殿、その最奥。セレスティアは、一人、静かに祈りを捧げていた。


彼女の心は、今、二つに引き裂かれていた。カガヤが告げた、この星の危機。そして、教皇の庇護の下にあるとはいえ、日に日に強まる、教会原典派からの風当たり。


(コウ……。あなたは今、どこで、何を……)


彼女が、カガヤの無事を祈った、まさにその時。彼女の脳裏に、直接、懐かしい声が響き渡った。


(――セレスティア!)


「……!?」


セレスティアは、驚きに目を見開いた。それは、紛れもなく、カガヤの声だった。だが、彼の姿はどこにもない。


(俺だ、カガヤだ。今、俺の意識は、この星のネットワークを通じて、君の精神に直接アクセスしている)


その、あまりにも科学的で、そしてあまりにも奇跡的な現象に、彼女の心は激しく揺らぶられた。


俺は、彼女に、王都で起きている全てのことを、簡潔に、しかし正確に伝えた。第一王子と教会原典派の暴走、ゼノン王子の苦境、そして、王都の地下で始まろうとしている、恐るべき陰謀の正体を。


(……なんと、いうこと……)


セレスティアの声は、震えていた。だが、その瞳には、すぐに、聖女としての、強い決意の光が宿った。


(コウ、あなたの話は理解しました。ライオス殿下が教会原典派に利用され、ゼノン殿下と、そしてあなたを追い詰めようとしているのですね。……そして、その矛先は、私にも)


(そうだ。奴らは君が俺と繋がり、異端に染まったと断じ、聖女の座から引きずり下ろそうとしている。ソラリスにいても、決して安全ではない)


俺の言葉に、セレスティアは静かに頷いた。彼女の思考からは、恐怖よりも、むしろ怒りと、そして仲間を侮辱されたことへの強い反発が感じられた。


(許せません。彼らは、自らの野心のために、王国の秩序を、そして民の平穏を乱そうとしています。……コウ。私に、何ができますか?あなたの、そしてゼノン殿下の力になりたい)


(君の力が必要だ、セレスティア。第一王子が掲げる大義名分は、教会そのものだ。ならば、その教会の、精神的な支柱である君が、彼らの行動に『待った』をかけるんだ。君の言葉だけが、彼らの正当性を根底から覆せる)


(……『神託』を、下せと?)


(ああ。王都に迫る危機を、君の言葉で、教会内に、そして王国中に知らしめるんだ。それが、俺たちが反撃するための、唯一の狼煙になる)


俺の提案に、セレスティアはしばし黙考した。それは、自らの身を危険に晒す、あまりにも大胆な賭けだ。だが、彼女の返答は、俺の想像以上に、力強いものだった。


(いいえ、コウ。神託だけでは、不十分です)


(……どういうことだ?)


(言葉だけでは、彼らはいくらでも言い逃れをするでしょう。私がソラリスという聖域にいては、その声も届きません。……私が、王都へ行きます)


(なんだと!?危険すぎる!)


(いいえ。この目で真実を確かめ、陛下の御前で、第一王子と、その背後にいる者たちの罪を明らかにします。聖女として、そしてこの国を愛する者として、それが私の責務です。まずは神託を下し、教会内に揺さぶりをかけます。そして、調査団を組織させ、私もそれに同行する。……それが、最も確実な道です)


その声には、もはや迷いはなかった。聖女としての使命感と、一人の人間としての誇り。そして、友を救いたいという、純粋な想い。それらが、彼女を、ただ守られるだけの存在から、自ら戦う者へと変貌させていた。俺は、その気高い決意に、ただ圧倒される。


(……分かった。君の覚悟、受け取った。だが、無茶はするな。王都では、必ず君を守る)


(はい、コウ。……信じています)


その日の夕刻。ソラリスの神殿に、衝撃が走った。聖女セレスティアが、教皇と、教会内の穏健派の神官たちを前に、一つの「神託」を下したのだ。


「――我らが母は、告げておられます。王都アウレリアに、偽りの王が生まれ、大地の怒りを呼び覚まそうとしている、と。聖地の静寂は破られ、星々の理は、今、血と野心によって穢されようとしている、と……!」


その、あまりにも具体的で、そして扇動的な神託は、教会内に、巨大な波紋を広げた。第一王子派の行動の正当性は、根底から揺らぎ、探究派の神官たちは、王都への調査団の派遣を、声高に要求し始めた。


そして、セレスティアは、その混乱の渦中で、静かに、しかし、毅然として宣言した。


「この神託の真意を確かめるため、私自身が、王都へ赴きます。国王陛下の御前で、全てを明らかにすると、我らが母に誓いましょう」


それは、彼女自身の、戦いの始まりを告げる、宣戦布告だった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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