第188話:王都への道、影と剣の誓い
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夜明け前の薄闇の中、「交易商会ミライ」の工房の門が静かに開かれた。
俺と、セツナ、クゼルファの三人は、それぞれ旅支度を整え、三頭の馬の手綱を握りしめていた。見送りに来たリコとレオ、そしてギドたち仲間との別れは、言葉少なだったが、その分、互いの瞳に宿る想いは強かった。
「カガヤ、必ず無事で帰ってこいよな!」
「クゼルファ姉ちゃんも、セツナ姉ちゃんも!」
「工房のことは、我らに任せてください」
彼らの力強い言葉を背に、俺たちは夜の闇に溶け込むようにシエルを後にした。目指すは、陰謀渦巻くフォルトゥナ王国の王都、アウレリア。予定よりも遥かに早い船出だったが、俺たちの心に迷いはなかった。
シエルから王都までの道のりは、およそ二週間。街道は比較的整備されているとはいえ、道中には野盗や魔獣が巣食う危険地帯も点在する。俺たちは、商人や巡礼者のキャラバンに紛れ込み、目立たぬように旅を続けた。
昼間は街道を進み、夜は人目を避けて森の中で野営する。そんな旅が数日続いた夜。焚き火の炎が、俺たち三人の顔を静かに照らし出している。
「……それにしても」
沈黙を破ったのは、クゼルファだった。彼女は、セツナが手にした小太刀の、寸分の狂いもない手入れの様子を、感心したような、それでいてどこか挑戦的な目で見つめていた。
「セツナ殿のその動き、ただ者ではないと思ってはいましたが……。一体、どこでその技を?」
その問いに、セツナは手を止め、静かに顔を上げた。
「……あなたには、話しておくべきかもしれませんね。私が、何者であるのかを」
セツナは、自らが王家の諜報組織「影」の一員であったこと、そして、カガヤと出会い、自らの意志でその過去と決別したことを、淡々と語り始めた。その告白に、クゼルファは息を呑んだ。王家の影――その存在は、公爵家の令嬢として育った彼女にとって、決してただの伝説ではなかった。国の安寧のため、光の当たらない場所で暗躍する者たち。その存在の重要性と、彼らが背負う宿命の重さを、彼女は誰よりも理解していた。
「では、あの市場での一件も……」
「はい。全ては、カガヤ様をお守りするための、私の任務でした」
セツナの言葉に、クゼルファは何かを納得したように、深く頷いた。そして、彼女は自らの大剣を手に取り、静かに立ち上がった。
「セツナ殿。……手合わせ、願えませんか?」
それは、あまりにも唐突な申し出だった。だが、その瞳には、純粋な武人としての好奇心と、相手への敬意が満ちていた。
「セツナ殿。あなたの技、見事なものです。よろしければ、一度手合わせをお願いできませんか。互いの力を知っておくことは、これからカガヤ様をお守りしていく上で、必ず役に立つはずです」
セツナもまた、その挑戦を、静かに受け入れた。彼女は小太刀を構え、クゼルファと向き合う。
月明かりの下で繰り広げられた二人の舞は、あまりにも美しく、そして熾烈だった。クゼルファの振るう大剣は、一撃一撃が大地を揺るがすほどの破壊力を持ちながら、その太刀筋は驚くほどに精密だ。対するセツナの小太刀は、まるで流れる水のように、その重い一撃を受け流し、一瞬の隙を突いて鋭いカウンターを繰り出す。
剛の剣と、柔の剣。光と、影。あまりにも対照的な二人の剣技は、しかし、不思議な調和を生み出していた。
数十合の打ち合いの末、二人は同時に動きを止め、互いに距離を取った。勝敗は、つかなかった。
「……見事な、剣です」
セツナが、初めて、その涼やかな表情を感嘆に緩ませた。
「あなたも、です」
クゼルファもまた、晴れやかな笑顔で応えた。
その夜を境に、二人の間には、言葉にはならぬ確かな絆が生まれた。互いの強さを認め合い、同じ主を守るという共通の誓い。それは、時にカガヤを巡って火花を散らすライバルでありながら、誰よりも信頼できる戦友が生まれた瞬間でもあった。
旅は続き、王都アウレリアが目前に迫った頃。俺たちは、追手の目を欺くため、昼間は商人として振る舞い、夜の闇に紛れて行動を開始した。
王都は、ゼノン王子の手紙にあった通り、異様な緊張感に包まれていていた。街の主要な通りには、第一王子派の紋章をつけた騎士たちが物々しく巡回し、人々は息を潜めるように暮らしている。
《マスター。王都全域に、複数の監視網が張られています。通常のルートでゼノン王子と接触するのは危険です》
アイの警告通り、正面からの接触は不可能だった。
「セツナ、頼めるか?」
俺の短い問いに、彼女はただ静かに頷いた。その日の夜、セツナは影のように王城へと潜入し、ゼノン王子との密会を果たした。俺とクゼルファは、彼女が指定した市街の隠れ家で、固唾を飲んでその帰りを待つ。
数時間後、夜の闇から溶け出すように、セツナが戻ってきた。その手には、ゼノン王子からの親書が握られている。
「カガヤ様。……やはり、状況は最悪です」
セツナがもたらした情報は、俺たちの予測をさらに上回るものだった。第一王子ライオスは、教会保守派の「神の秩序を守るべき」という純粋な危機感を巧みに利用し、自らは彼らを上手く使っているつもりが、その実、彼らの掌の上で踊らされていることに気づいていなかった。そして、俺と、俺を庇護したゼノンを「異端者とその協力者」として断罪することで、自らの王位継承を正当化し、盤石なものにしようと画策している、と。
『兄上は、父上が長年築き上げてきた、王家と教会の絶妙なバランスを、自らの野心のために破壊しようとしている。このままでは、この国は、教会が支配する神権国家へと逆戻りしてしまうだろう』
ゼノンの苦悩が、羊皮紙の文字から滲み出ていた。
「俺たちが、動くしかないようだな」
俺は、静かに、しかし、心の奥底で燃え盛る冷たい怒りと共に、そう呟いた。この国の未来も、そしてセレスティアの運命も、今や俺たちの双肩にかかっている。
俺たちの、王都での戦いが、静かに幕を開けた。
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