第186話:探究者たちの誓い
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翌朝の会議室は、昨夜の感動的な雰囲気とは打って変わり、静かで、しかし確かな熱気を帯びた緊張感に包まれていた。テーブルの中央には、俺がアイの支援で作成した、大陸全土の巨大な立体地図がホログラムとして浮かび上がっている。
「これが、俺たちがこれから挑むべき『戦場』だ」
俺は、ホログラム地図の上に点在する、いくつかの赤い光点を指し示した。
「『マザー』が示した、大陸中に散らばる『星の民』の遺跡。俺の分析では、これらは単なる遺跡じゃない。それぞれが、この惑星の環境を制御するための、巨大なシステムの一部として機能している可能性が高い。気象制御、地殻安定、そして生態系の維持……。この惑星の生命は、この見えざるネットワークによって、奇跡的なバランスの上に成り立っているんだ」
俺の言葉に、仲間たちは息を呑む。彼らが当たり前だと思っていたこの世界の姿が、実は古代の超技術によって維持された、巨大な箱庭であったのかもしれない。その壮大な真実が、彼らの世界観を根底から揺さぶっていた。
「俺たちの目的は、この遺跡を巡り、その機能を一つ一つ再起動させていくことだ。それが、惑星を蝕む『終焉』の危機から、この星を救う唯一の方法だ。そして……」
俺は、そこで一度言葉を切った。
「その遺跡には、俺の船『アルカディア号』を修復するための、失われた技術も眠っているはずだ。俺は、この星を救う。そして、アルカディア号も再び飛ばす。俺は、この二つを、必ず成し遂げてみせる」
俺の揺るぎない宣言に、仲間たちの瞳に、決意の光が宿った。
「分かったぜ、カガヤ!要するに、宝探しってことだろ!面白そうじゃないか!」
リコが、勝ち気な笑みを浮かべて言う。
「それで、その……パーティ?ってやつは、どうするんだい?」
俺は頷くと、パーティの編成を発表した。
「この探究の旅は、少数精鋭で行く。まず、司令塔であり、理術による状況分析を行う、俺」
俺は、自らを指差した。
「次に、前衛を担う剣士として、クゼルファ」
クゼルファは、その名が呼ばれると、背筋を伸ばし、力強く頷いた。
「そして、情報収集、潜入、あらゆる裏仕事をこなす斥候として、セツナ」
セツナは、静かに、しかし深く一礼した。その涼やかな瞳は、すでに新たな任務へと向けられている。
「この三人で、まずは最初の遺跡を目指す」
俺がそう宣言した瞬間、それまで黙って聞いていたリコが、勢いよく立ち上がった。
「待った!なんであたしが入ってないんだい!?あたしだって、戦える!それに、情報収集なら、あたしの右に出る者はいないはずだ!」
彼女の瞳には、悔しさと、置いていかれることへの焦りが浮かんでいた。レオもまた、不安そうな顔で俺を見つめている。
俺は、リコの前に立つと、その小さな肩に、そっと手を置いた。
「リコ。君には、もっと重要な任務がある」
「……なんだい、それ」
「この『交易商会ミライ』を守ることだ」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「俺たちが旅に出ている間、この商会は、俺たちの唯一の後方支援拠点であり、帰るべき場所になる。ここがなくなれば、俺たちはただの放浪者だ。ギドやレオ、そしてここにいる仲間たち全員を守り、この商会を、俺たちが帰ってくる頃には、大陸一の組織に育て上げておく。……これ以上に、重要で、困難な任務が他にあるか?」
俺の言葉に、リコは唇を噛みしめ、俯いた。大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「……ずるいよ、カガヤ。そんなこと言われたら、あたし、断れないじゃないか……」
「兄貴……」
レオもまた、涙を堪え、自らの役割を理解したように、強く頷いた。
「分かったぜ、カガヤ兄ちゃん!商会のことは、俺たちに任せろ!兄ちゃんたちが安心して旅を続けられるように、最高の拠点にして待ってるからな!」
「そうと決まったら、準備をしないとだな。これから忙しくなるぞ!」
リコが涙を拭いながら、わざと明るい声で叫んだ。その強がりが、逆に彼女の健気さを際立たせている。それを見たみんなは、なんとも言えない穏やかな気持ちになった。
「ああ。だが、直ぐに出発するわけじゃない。まずは、最初の目的地をどこにするか、情報収集からだ。しっかりと下調べをして、万全の計画を立ててから動く。商人としては、当然だろ?」
俺がそう言うと、仲間たちの顔に、再び活気が戻った。彼らの瞳には、それぞれの役割を背負い、一つの目的に向かって進む、探求者としての決意が満ち溢れていた。
その夜、俺は一人、工房の屋根の上から、静まり返ったシエルの街を見下ろしていた。
アイとの対話も、仲間たちとの会話もない、一人だけの時間。俺は、思考を、この星の、そして宇宙の、遥かなる時の流れへと解き放った。
俺たちが「文明」と呼ぶものは、広大な宇宙の、百三十八億年という歴史の中で見れば、ほんの一瞬の瞬きに過ぎない。この惑星イニチュムで、かつて星の民が築き上げたという超文明も、エルフが紡いだ魔法の歴史も、そして、俺がいた地球連邦の科学文明でさえも。
その全てが、いつかは滅び、忘れ去られ、星々の塵へと還っていく。生命とは、なんと儚く、そして孤独な存在なのだろうか。
だが、それでも。
人間は、思考することをやめない。未知なるものを知りたいと願い、より良い未来を信じ、そして、時に愚かで、滑稽で、しかし愛おしい者たちのために、必死で手を伸ばす。
その、一瞬の輝きこそが、何よりも尊いのだと、俺は思う。
俺たちの旅は、この星の未来を救うための、壮大な物語なのかもしれない。あるいは、広大な宇宙史から見れば、名もなき異邦人と、その仲間たちが繰り広げる、ささやかな冒険譚に過ぎないのかもしれない。
どちらでも、構わない。
俺は、俺の信じる「理」に従い、仲間たちと共に、この道を歩むだけだ。その先に、どんな結末が待っていようとも。
俺は、夜空に浮かぶ二つの月を見上げ、静かに、しかし力強く、そう誓った。
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