第183話:剣と理、交わる道
お読みいただき、ありがとうございます。
ストック減少のため、しばらくは1日1話更新とさせていたたきます。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
クゼルファは、圧倒的な膂力と卓越した剣技で、次々と野盗たちを薙ぎ払っていく。
その動きは、俺がヴェリディアで見た時よりも、遥かに鋭く、洗練されていた。まるで、何かに憑かれたかのように、ただひたすらに強さを求めて剣を振り続けてきた。そんな、彼女のこれまでの道程が、その剣の一振り一振りに込められているようだった。
だが、クゼルファもまた、限界に近かった。
肩で荒い息を繰り返し、その額には玉の汗が光っている。数人の野盗を倒したものの、敵の数はまだ多い。一瞬の隙を突かれ、別の野盗がクゼルファの背後から斬りかかった。
「危ない!」
俺が叫ぶより早く、俺の腕の触媒が微かに光を放つ。
「斥力キャノン!」
俺の腕の触媒から放たれた不可視の衝撃波が、野盗の身体を真正面から捉える。
男は悲鳴を上げる間もなく、まるで巨大な拳に殴りつけられたかのように、くの字に折れ曲がり後方へと吹き飛んだ。数メートル先の地面に叩きつけられ、一度、二度と跳ねた後、ぐったりと動かなくなる。
「なっ……!?」
仲間が、一瞬にして無力化された光景に、他の野盗たち、そして振り返った女剣士も、その不可解な現象に目を見開く。
「て、てめえ、何者だ!」
残りの野盗たちは、目の前の不可解な現象に一瞬怯んだものの、数の利を頼りに、今度は俺へと標的を変えた。数人が、雄叫びを上げて一斉に斬りかかってくる。
だが、その刃が俺に届くことはなかった。
俺は馬から飛び降りると、襲い来る刃の嵐の中へと、まるで吸い込まれるように自らの身を投じた。
野盗たちの目には、俺の動きが捉えきれていない。振り下ろされる剣の軌道を半歩で見切り、突き出される槍の穂先を最小限の身じろぎでかわす。俺の網膜には、アイが弾き出した無数の予測線が、完璧な回避ルートを描き出していた。
風を切る刃が頬を数ミリ掠める。その刹那、俺は回転する勢いを利用して敵の一人の懐に潜り込むと、その首筋に指先で軽く触れた。
「がっ……!」
男は声にならない悲鳴を上げ、まるで糸が切れた人形のように、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。外傷は一切ないが、その瞳からは完全に光が失われていた。
俺の動きは止まらない。次の瞬間には、別の男の背後に回り込み、その鎧の隙間から覗く鳩尾に、同じように指を添える。
「ぐふっ……!」
指先から放たれた極小の衝撃波が、彼らの神経系を内側から完全に破壊していく。それは戦闘というよりも、あまりにも静かで、効率的で、そして無慈悲な「処理」だった。
あっという間に、十数人いたはずの野盗たちは、ただ呻き声を上げるだけの無力な肉塊と化していた。
あまりにも一方的な決着がもたらした、不自然な静寂が戦場を支配した。
荷馬車の陰から恐る恐る顔を覗かせた商人たちは、目の前の光景が信じられないといった様子で、ただ口をパクパクさせている。
つい先ほどまで死を覚悟していたはずの他の護衛たちも、血に濡れた剣をだりと下げたまま、この惨状をたった一人で引き起こした俺という存在を、畏怖と、そしてわずかな恐怖が入り混じった目で見つめていた。
その中で、ただ一人。振り返った女剣士――クゼルファの鳶色の瞳だけが、俺の姿を捉えていた。
その瞳が、信じられないものを見るかのように大きく見開かれた。驚愕、困惑、そして、長い長い旅路の果てに探し求めていたものにようやく出会えた、子供のような純粋な安堵。あらゆる感情が渦となって、彼女の表情を彩っていた。
「……カガヤ、様……?」
やっと絞り出したかのような、震える声。その響きは、俺の名を呼ぶというよりも、長い間見失っていた道標を、ようやく見つけた旅人の祈りのようにも聞こえた。
次の瞬間、彼女は堰を切ったように駆け出した。戦士としての矜持も、計算された動きもない。ただ、長い旅路の果てにようやく見つけた温かい光へと、一心不乱に駆け寄る。土埃が舞い上がり、彼女の頬を伝う汗と涙を隠していた。
「クゼルファ……。なぜ、君がこんなところに」
俺の目の前でようやく足を止めた彼女に、俺はそう問いかけた。
「それは、こちらの台詞です!」
クゼルファは、まだ息を切らしながらも、その鳶色の瞳で俺を睨みつけた。その声には、怒りと、それ以上の安堵が滲んでいる。
「やっと……、やっとお会いできました……。ソラリスにもいらっしゃらなくて、シエルへ向かわれたと聞いて、どれほど追いかけたことか……。もう……、もう…」
その声は、安堵と喜びが入り混じった、甘えるような響きを帯びていた。長い孤独な旅路の辛さと、ようやく会えたことへの、隠しきれない喜びが、その囁きに満ちていた。
「すまない。俺も色々あってな」
俺は頭を掻きながら、彼女に歩み寄った。
「何にしても、無事で何よりだ。それにしても、見事な剣だった。腕を上げたな」
「当然です!」
クゼルファは、大剣の柄を握りしめ、胸を張った。その仕草は以前と変わらないが、纏う気配は、もはや一流の戦士のそれだった。
「あなたの隣に立つために、どれほど鍛錬を積んだと……。」
その言葉に、彼女がこの数ヶ月、どれほどの想いで俺を追いかけてきたかが、痛いほど伝わってきた。俺は、言葉を失い、ただ彼女の真摯な瞳を見つめ返す。
不意に、彼女の勝ち気な表情が、ふっと和らいだ。そして、頬を微かに染めながら、少しだけ俯いて、か細い声で呟いた。
「……でも、よかった。また、お会いできて……。本当に……」
その、あまりにも素直で、健気な言葉に、俺の胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
《マスター。クゼルファ様の生体データをスキャン。アドレナリンレベルの鎮静化に伴い、安堵と好意に関連するホルモン分泌の活性化を検知しました》
アイの、どこまでも冷静な、しかし今回は少しだけ空気が読めているかもしれない分析が、俺の脳内に響き渡った。
〈……ああ。分かってるよ〉
俺がこの世界で手に入れたものは、どうやら、世界の謎を解く鍵だけではなかったらしい。
俺の隣に、こうして再び立ってくれる仲間がいる。その、どうしようもなく温かい事実に、俺は戸惑い、そして、心の底から込み上げてくる喜びを感じていた。
目の前の美しい戦士の笑顔は、シエルで待つ仲間たちとの再会とはまた違う、新たな絆の始まりを告げていた。この過酷な惑星での探究の旅路に、また一人、共に未来を切り拓くための、かけがえのない相棒が加わったのだと、心強く感じていた。
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