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第181話:それぞれの道標、一つの約束

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ソラリスに、偽りのない穏やかな日々が戻ってきてから、一週間が過ぎた。


『星迎えの儀』は、教皇デオフィロス七世の巧みな宣言によって、「神の試練と、それを乗り越えた奇跡の顕現」として、大陸中の人々の記憶に刻まれた。巡礼者たちは、その胸に新たな信仰の灯をともし、それぞれの故郷へと帰っていく。天空都市は、あれほどの熱狂が嘘だったかのように、元の、荘厳な静けさを取り戻しつつあった。


だが、その水面下で、世界は、確かに、そして大きく動き出していた。


俺は、ソラリスを離れる準備を進めていた。教皇との密約。来るべき『終焉』の影。そして、マザーが示した、大陸中に散らばる「星の民」の遺跡を探すという、最後の希望。俺のやるべきことは、山積みだった。


旅立ちの前夜。俺は、セレスティアの部屋を訪れていた。この夜が、次なる再会までの、しばしの別れの始まりとなる。


「……もう、行ってしまうのですね」


部屋の主は、バルコニーに立ち、眼下に広がる雲海を見下ろしながら、少しだけ寂しそうに、そう呟いた。彼女の横顔を、ソラリスの柔らかな街の光が照らしている。儀式の時よりも、ずっと穏やかで、しかし、以前よりも遥かに強い意志を、その瞳は宿していた。


「ああ。ここに長居はできない。俺は、この世界の『異物』だからな。それに、やらなければならないことが、たくさんある」


「……ええ。分かっています」


セレスティアは、静かに頷いた。その瞳には、これから始まる壮大な旅路を共にする覚悟が、澄んだ光となって宿っていた。王都で俺がその素性を明かした時から、彼女は全てを受け入れてくれていたのだ。


「俺の船、アルカディア号は、この星の近くを航行中に、正体不明の、巨大な力に捕えられた。そして、まるで何かに引き寄せられるように、この惑星(ほし)に不時着したんだ。事故だったと、ずっと思っていた。だが、今なら分かる。あれは、偶然じゃない。俺がこの惑星(ほし)に来たのも、そして、君と出会ったのも……。全ては、何か大きな意志による、必然だったのかもしれない」


俺は、彼女の隣に並び、どこまでも続く雲の海を見つめた。

「『終焉』の影。そして、それを止めるための、星の民の遺跡。俺は、そのために、この惑星(ほし)に呼ばれたんじゃないか……。そんな、途方もないことを、考えている。科学者としては、あまりに非論理的な仮説だがな。だが、俺に課せられた使命なのだとしたら、もう、逃げるわけにはいかない」


俺の話を、セレスティアは静かに聞いていた。やがて、彼女は俺の横顔を見つめ、慈愛に満ちた、しかし、どこまでも強い意志を宿した声で言った。


「ええ、きっとそうなのです。私たちに託されたのですね、この星の未来が」


その言葉は、俺が抱いていた非論理的な仮説を、揺るぎない確信へと変えてくれた。俺は、一人ではないのだ。


「まずは、シエルに戻る。あそこには、俺の帰りを待っている仲間たちがいる。それに、『交易商会ミライ』を、もっと大きくする必要がある。来るべき戦いのためには、力が必要だ。情報、物資、そして、金もな」


宇宙商人としての、俺の原点。この世界で、俺が唯一、自由に動ける場所。そこが、俺の最初の戦場となるだろう。


「それに、来るべき旅の準備も進めなければ。まずは『マザー』が示した遺跡の調査だな。『空を駆けるための、真の翼』…あれは、間違いなくアルカディア号のことを指している。アルカディア号を直し、この星を襲うという『終焉』の正体を知るためにも、遺跡の調査は避けて通れない道だろう」


俺の言葉に、セレスティアは、静かに、しかし、力強く頷いた。

「ええ。……私も、行きます。あなたと共に」

彼女は、決意を込めた声で言った。


「『我らが母(マザー)』が、そうお示しになりました。この星の未来は、私たち二人が、共に道を歩むことでしか、切り拓けないのだと。……ですが……、」


「いますぐにって言う訳にはいかないだろうな。」


俺がそう言うと、彼女は、少しだけ、悔しそうな顔をした。


「今回の儀式で、教会も、民の心も、大きく揺れました。聖女として、このソラリスで、私が成すべき事後処理が、まだ残っています。教皇聖下をお支えし、人々の心を安んじるまで、少しだけ、お時間をいただきたいのです。……必ず、後から、あなたを追いかけますから」


彼女は、このソラリスで、自らの役割を見つけたのだ。それは、次なる旅立ちへの、確かな布石だった。教皇を支え、教会を内側から変え、そして、自らの足で、彼の隣に立つために。それは、剣を取るよりも、遥かに困難で、しかし希望に満ちた戦いかもしれない。


「……分かった。ソラリスのことは、君に任せる。危険も多いだろう。教会には、君を快く思わない者もいる」


俺の心配に、彼女は、ふわりと、花が綻ぶように微笑んだ。

「大丈夫です。私には、あなたが遺してくれた『理』の光があります。そして……」


彼女は、そっと、自らの胸に手を当てた。

「ここには、いつも、あなたがいますから」


その言葉に、俺は、何も言えなくなった。俺たちが物理的にどれだけ離れていようとも、あの精神宇宙で共鳴した魂の絆は、決して、消えることはない。


「……そうか」


俺は、それだけ言うのが、精一杯だった。物語の主人公なら、ここで気の利いた台詞の一つでも言えたのかもしれない。だが、生憎と、俺はただの朴念仁な元科学者で、宇宙商人で、今は……。いずれにしても、女心を上手く表現する言葉のデータベースを持ち合わせていない。


沈黙が、俺たち二人を優しく包む。それは、気まずいものではなく、互いの決意と、言葉にする必要のない想いを、確かめ合うための、温かい時間だった。


もう、行かなければならない。夜が明ければ、俺は、この天空都市を後にする。


「それじゃあ……俺は、行く」

名残惜しさを振り払うように、俺は、彼女に背を向けた。


「コウ!」

だが、背後から、彼女の、縋るような声が、俺の足を止めた。


振り返ると、彼女が、目にいっぱいの涙を溜めて、俺を見上げていた。その瞳は、別れの寂しさと、それでも、未来への強い意志を宿した、健気な光で、揺らめいていた。


「……待っていてください。私も、必ず、あなたの元へ行きますから。約束、ですよ」


「ああ」

俺は、彼女の元へと戻り、その震える身体を、強く、そして優しく、抱きしめた。

「分かっている。シエルで、君が来るのを待っている」


それは、同じ未来を目指し、それぞれの道を歩む二人が交わした、唯一無二の、そして絶対的な誓いだった。



翌朝。俺は、誰にも見送られることなく、一人、ソラリスを後にした。眼下に広がる雲海を抜け、再び、地上の人となる。振り返ると、天空に浮かぶ白亜の都市が、朝日を浴びて、神々しいまでに輝いていた。


あの場所に、彼女がいる。俺は、その光景を目に焼き付けると、迷うことなく、西へと続く道へと、足を踏み出した。


目指すは、自由交易都市シエル。待ってくれている仲間たちと共に、新たな旅路を始めるために。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

これにて第9章、完結となります。

幕間を挟み、第10章へと物語は続きます。

引き続き、お楽しみいただければ幸いです。


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