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第20話:クゼルファ

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

「な、なんて……あなたは……私、私は……クゼルファ。あなたは、まさか……『神の御使い』様、ですか……?」


クゼルファと名乗った彼女は、焚き火の炎に照らされ、微かに震えていた。その瞳には、俺の言葉が通じたことへの驚きと、そして、人知を超えた力に対する純粋な畏怖の念が入り混じっている。


「神の使い」か。俺は、彼女の言葉に思わず苦笑いを浮かべた。俺はただの宇宙商人だ。宇宙船が不時着し、たまたま相棒の高性能AIアイと、この世界の便利なエネルギー源『魔素』があったから、少しだけ魔法使いじみた真-ねができるようになったに過ぎない。


「俺、神、使い、ちがう。……旅の、者」


俺はなるべく穏やかな声で、ゆっくりと、彼女の言語を紡いだ。アイの言語解析システムが、俺の脳内でリアルタイムに翻訳を補完してくれている。だが、まだデータが不十分なため、どうしても片言になってしまう。


クゼルファは、俺の言葉を聞いて、さらに驚きと困惑を深めた表情を見せた。

「旅の、者……? でも、あなた……恐ろしい、魔獣、たくさん……消した。私、助けた。この傷……すぐ、治った。こんな力……すごい、魔法使いでも、無理。……まるで、神の、技……」


クゼルファは、俺の言葉を理解しながらも、自らが持つ常識と目の前の現実との、あまりにも大きな乖離に苦しんでいるようだった。


彼女の視線が、俺の腕に巻かれた触媒ブレスレットに吸い寄せられている。この世界の住人にとって、俺のこの「力」は、彼らの文化や信仰の根幹に関わる何かとして認識されているのかもしれない。


どう説明すればいいのか。俺は頭を掻いた。宇宙科学やナノマシン、斥力フィールドといった概念を、彼女に……この惑星の人々に理解させるのは至難の業だ。無理に説明しようとすれば、かえって無用な混乱を招くだけだろう。


《マスター、現時点での無理な説明は推奨しません。彼女の認識をある程度受け入れることで、より円滑な信頼関係を築きやすくなります。現状、彼女にとって、マスターの存在は脅威ではなく、希望であるべきです》


アイが冷静にアドバイスをくれる。彼女の言葉はいつも合理的だ。確かに、ここで無理に科学的な説明をして、彼女を不必要に動揺させるべきではない。まずは、彼女との間に信頼を築くことが最優先だ。


〈まあ、そうだな……〉


「俺、助ける力、ある。それだけ」


俺はそう言って、努めて穏やかな笑顔を向けた。クゼルファは、その言葉にわずかながら納得のいかない表情を見せたが、それ以上は何も言ってこなかった。


「はい……。ありがとうございます、カガヤ…様……」


クゼルファは、そう言って力なく項垂れた。その顔には、死を覚悟した戦いの末の深い疲労と、そこから生還したことへの戸惑いが、色濃く残っている。


俺は、洞窟の奥に、アルカディア号から持ち出した保温シートを敷き、簡易的な休憩場所を設けた。非常用食料の中から、栄養価の高いレーションを温めて分け与え、浄水器で生成した清潔な水も提供する。


彼女は、俺が提供する食料を、まるで生まれて初めて見るご馳走であるかのように、しかし、気品を失わない所作で、ゆっくりと口に運んだ。彼女の食料事情は、かなり厳しいものがあったのだろう。


洞窟の中は、焚き火の熱で暖かさが戻っていく。疲弊しきっていたクゼルファは、食事を終えるとすぐに、深い眠りについた。魔獣との長時間の戦いで、彼女の心身は、とうに限界を超えていたのだろう。


俺は、眠っているクゼルファの横顔を、静かに見つめた。泥と血で汚れた顔だが、その精悍な顔立ちには、強い意志が感じられる。彼女の隣には、差し出されたままの彼女の大剣が、静かに置かれている。彼女にとって、それは単なる武器ではなく、生き様そのものなのだろう。


それにしても、見れば見るほどその姿は、我々地球人類と違わない……。こんな偶然があるのだろうか。そんなことを考えていた俺も、いつしか睡魔を覚え、そのまま眠りにつくのであった。



それから数日間、俺たちはその洞窟を拠点に、奇妙な共同生活を送った。


日中は、俺が魔獣のいない安全なエリアを探し、食料の確保に努める。最初の獲物は、あの時、斥力結界で倒した狼型魔獣の、かろうじて食料として使えそうな部分をアイに選別してもらったもの。そして、その後狩った、ウサギに似た小型の獣だった。


これまでのサバイバル生活で得た知識と技術が、ここで生きる。小刀で手際よく肉を切り分け、木の枝に刺し、焚き火でじっくりと焼いていく。煙が立ち上り、香ばしい匂いが洞窟に満ちる。クゼルファは、目を輝かせながら、俺の手元をじっと見つめていた。


焼きあがった肉を彼女に差し出すと、彼女は恐る恐るそれを受け取った。そして、一口食べると、その瞳が、驚きで大きく見開かれる。


「お……、美味しい……!」


彼女の口から、感動の声が漏れた。彼女は、最初は遠慮がちに、しかし、やがて夢中になって肉を食べ始めた。


その後も、俺は様々な食用可能な獣を狩り、時には珍しい植物の根や木の実なども調理した。異星の食材を、アイの分析力で安全に、そして美味しく加工していく。クゼルファは、俺が作る料理の全てに目を輝かせ、毎回のように感動を表した。食を通じて、少しずつ、しかし確実に、彼女との距離が縮まっていくのを感じた。


《マスター、言語解析が18%完了しました。日常会話のほとんどは理解可能と推測します。複雑な概念や専門用語は難しいですが、意思疎通に大きな問題はありません》


ある日の夜、アイの声が、俺の脳内に響いた。

クゼルファの体調も、この数日間で随分と良くなっていた。医療用ナノマシンによる治療と、栄養のある食事のおかげで、傷はほとんど癒え、顔色もすっかり回復している。もはや、あの血まみれの瀕死の戦士の面影はない。その引き締まった体からは、戦士としての強靭さが感じられた。


俺は、焚き火の炎を挟んで、クゼルファに向き直った。言葉の壁は、かなり低くなった。彼女の体調も、万全に近い。今こそ、彼女がこの森で何をしていたのか、聞くべき時だろう。


「クゼルファ。体、もう、大丈夫か?」


俺の問いに、彼女はしっかりと頷いた。その瞳には、以前のような怯えや困惑はなく、俺に対する、絶対的な信頼と、そして微かな期待が宿っていた。


「はい、カガヤ様。おかげさまで、もうすっかり良くなりました。このご恩は、生涯忘れません」


彼女の声には、確かな力が戻っていた。


俺は一度深く息を吸い込んだ。そして、ずっと気になっていた、核心の質問を口にした。


「クゼルファ、教えてくれ。君は、なぜ、あんな危険な森の奥にいたんだ?」


洞窟の焚き火の炎が、パチパチと音を立てる。俺の問いに、クゼルファの表情から、ふっと笑みが消えた。彼女は、一瞬迷うような表情を見せたが、やがて、何かを決意したように、静かに語り始めた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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