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第178話:創造の交響曲

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

《対抗プログラム、『ジェネシス』、構築完了! 実行します!》


アイの宣言が、地下の戦場の喧騒を切り裂き、俺の意識を思考の最深部へと引きずり込んだ。その瞬間、物理的な世界は遠のき、俺の自我は純粋な情報の奔流と化した。


(ここは……どこだ?)


《マスター。ここは、『マザー』の精神宇宙……思考の根幹を司る、情報空間です》


果てしなく広がる、光の格子で編まれた空間。幾億ものデータが、星々の河のように流れ、その一つ一つが、この惑星イニチュムの、一つの生命、一つの法則を記述している。だが、その神聖なはずの空間は、今、冒涜的なる異物によって侵食されていた。


黒い鎖。

『鎖の紋章』が放った論理汚染プログラム。それは、硬質で、絶対的な秩序を謳いながら、その実、生命の多様性を否定し、全てを画一的な支配下に置こうとする、死のアルゴリズム。美しい光の構造体を縛り上げ、その輝きを奪い、歪な、単一のパターンへと強制的に書き換えていく。


そして、その汚染の奔流の中心で、一つの、か細く、しかし決して消えない光が、必死に抵抗を続けていた。

セレスティアだ。彼女の魂そのものが、この精神宇宙で、黒い鎖の侵食と戦っている。


「セレスティア!」


俺は、思考の奔流に乗せて、彼女に呼びかける。応えはない。彼女の意識は、すでに情報の濁流に飲み込まれかけていた。


「アイ! ガーディアン! 『ジェネシス』を投入しろ!」


俺の命令に応じ、この広大な精神宇宙に、第三の勢力が投入された。それは、最初は、ただ一つの、小さな光の粒子だった。だが、次の瞬間、その粒子は自己分裂を始め、指数関数的にその数を増やしていく。


それは、汚染されたデータを喰らう無数の光となり、黒い鎖の構造を内側から融解させていく。

それは、光の蔦となり、黒い鎖のネットワークに絡みつき、その情報伝達を阻害する。

それは、予測不可能な動きで、絶えずその形を変え、敵のアルゴリズムの、僅かな隙間を的確に突いていく。

俺が創造した、生命のアルゴリズム『ジェネシス』。


『面白い……。実に、面白い。これが、汝の『理』か、来訪者よ』

ガーディアンの思考に、初めて、畏敬に似た感情が混じる。


だが、敵もまた、黙ってはいない。『鎖の紋章』のプログラムは、俺たちの反撃を即座に認識すると、その攻撃パターンを変化させた。黒い鎖が、無数の鋭い槍となり、『ジェネシス』の光の群れを貫こうと襲いかかってくる。


情報の槍が、光の蔦を断ち切る。光の粒子が、黒い鎖に飲み込まれて消滅する。そのダメージは、全て、俺自身の精神に、灼けつくような痛みとなってフィードバックされる。


「ぐっ……!俺の思考が、直接焼かれている……!?」


情報の奔流の中で、俺の自我が霧散しかける。


敵のアルゴリズムは、俺の思考パターンそのものを解析し、最も効果的な精神攻撃を仕掛けてきていた。


孤独、後悔、絶望。俺が心の奥底に封じ込めていたネガティブな感情が増幅され、俺自身の思考が、俺を内側から破壊しようとする。


意識が途切れかけた、その瞬間だった。


冷たい情報の奔流の中に、一本の、温かい光の糸が差し込んできた。それは、祈りだった。誰かを想う、純粋で、ひたむきな祈りの光。セレスティアだ。彼女の魂が、この精神宇宙の果てから、俺を呼んでいる。光の糸は、俺の傷ついた魂に触れると、瞬く間に温かい光の繭となって、俺の全身を優しく包み込んだ。痛みは消えない。だが、その痛みを、共に分ち合ってくれる存在がいる。その事実が、俺の折れかけた心を、再び奮い立たせた。



地上の大聖堂。祭壇の上で、セレスティアは、苦悶に満ちた表情で、虚空を見つめていた。その瞳には、常人には見えぬ、壮絶な戦いが映し出されている。


黒い鎖が、彼女の心を縛り、その意識を闇の底へと引きずり込もうとする。もう、駄目かもしれない。諦めの感情が、彼女の心を支配しかけた、その時だった。

闇の中に、一条の光が差し込んだ。それは、温かく、懐かしい、彼の光。


「コウ……!」


彼の創造した『ジェネシス』が、黒い鎖の侵食を押しとどめ、彼女の魂を守るための、光の盾となっている。その光は、彼そのものだった。合理的で、冷徹で、しかし、その根底には、どうしようもないほどの優しさと、生命への肯定が満ちている。


「私は、信じていました」


涙が、彼女の頬を伝う。

「私は、あなたの盾になると誓った。……私の祈りが、私の魂が、あなたの力になるというのなら!」


彼女は、残された全ての力を振り絞り、祈った。神にではない。ただ一人、彼女の心を照らす、その光の主へと。

彼女の祈りは、純粋なエネルギーとなり、『マザー』のシステムを介して、俺が創造した『ジェネシス』へと注ぎ込まれていく。



「……! セレスティアのエネルギーが、流れ込んでくる……!」


俺は、彼女からのバックアップを確かに感じ取っていた。それは、まるで、乾ききったエンジンに、高純度の燃料が注ぎ込まれるかのようだった。


「アイ! ジェネシスのアルゴリズムを、再構築する! 彼女のエネルギーパターンを、コアに組み込め!」


《了解、マスター。 プログラム、自己進化シークエンスに移行。》


セレスティアという、予測不可能な「生命」の要素が、俺の創造したプログラムに注ぎ込まれる。それは、もはや単なるデータやエネルギーの融合ではない。探求者の「理」と、聖女の「祈り」が交じり合う、奇跡の瞬間だった。


『ジェネシス』が、その姿を劇的に変貌させる。


無数の光の粒子は、一つの意志の下に集束し、形を成していく。それは、鳥のようであり、獣のようでもあり、あるいは、神話に登場する幻獣のようでもあった。固定された形を持たない、変幻自在の光の生命体。それが、黒い鎖の攻撃を、しなやかな翼で受け流し、鋭い爪で引き裂き、そして、そのエネルギーを吸収し、自らの糧としていく。


支配しようとすればするほど、その支配の力そのものを喰らい、ジェネシスはさらに巨大に、さらに強く、美しく進化していく。それは、もはや戦いではない。混沌そのものを素材として、より高次の調和を奏でる、圧倒的な創造の交響曲(シンフォニー)だった。


「馬鹿な……!ありえん!我らの『完全なる秩序』が、あの、得体の知れない混沌に、喰われている……!?」


地下の回廊で、仮面の指導者が、初めて狼狽した声を上げた。彼が信奉してきた絶対的な支配のロジックが、目の前で、生命という名の、より高次の理によって無に帰していく。彼が持つ古代遺物が、制御不能なエラーを吐き出し、激しい火花を散らした。


『―――終わりだ』


ガーディアンの、静かな、しかし、絶対的な勝利宣言が、俺の脳内に響いた。

光の生命体『ジェネシス』が、その輝きを最大にすると、無数の光の触手を伸ばし、黒い鎖のネットワークの、その中心核を、優しく、しかし、抗いようのない力で、包み込んだ。


破壊ではない。調律。

黒い鎖は、その冒涜的な形を維持できなくなり、光の中に、ゆっくりと、そして静かに、溶けていく。分解され、浄化され、そして、『マザー』本来の、純粋な情報へと、還元されていく。


地上の大聖堂。セレスティアを包んでいた禍々しい光の残滓が、彼女自身から放たれる、新たな光によって浄化されていく。それは、これまでの彼女の癒しの光とは、明らかに違っていた。彼の『理』と、彼女の『祈り』が共鳴し、昇華されて生まれた、生命そのものを祝福するかのような、温かく、そして絶対的な慈愛に満ちた光。


光は、まずセレスティア自身を満し、その消耗した魂を癒す。そして、彼女の身体から、まるで泉のように溢れ出すと、波紋のように大聖堂の隅々にまで広がっていった。白亜の石柱に触れ、ステンドグラスを透過し、祈りを捧げる人々の、その一人一人の心に、直接触れていく。


その光に触れた魂は、まるで浄化されるかのように、本来の輝きを取り戻していく。争いを煽られ、恐怖に駆られていた心が、穏やかな凪を取り戻す。疑心暗鬼に曇っていた瞳が、再び互いを信じる光を取り戻す。人々は、自らの内に起きた、そのあまりにも心地よい変化に、ただ、言葉を失っていた。やがて、誰からともなく、その場にひざまずき、静かに涙を流し始める。


それは、救済への感謝と、魂が洗い流されるような、純粋な感動の涙だった。


地下深く。戦いは、終わった。『鎖の紋章』の信者たちは、力の源を失い、次々とその場に崩れ落ち、聖殿騎士団によって制圧されていく。


俺は、セレスティアとの精神リンクを、ゆっくりと解除した。


全身から、力が抜けていく。凄まじい疲労感と、そして、これまでに感じたことのないほどの、達成感。


その、朦朧とする意識の中、俺は、最後に、一つの声を、確かに聴いた気がした。


『―――ありがとう、私の、子供たち』


それは、数百年ぶりに、永い眠りから目覚めた、『マザー』の、最初の囁きだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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