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第177話:創生の理

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

〈―――聞こえるか、セレスティア―――今から、俺たちの『本当の儀式』を、始める〉


彼の声が思考の奔流となって、私の魂に直接流れ込んできました。その温かく、そして力強い響きに、恐怖に凍てついていた私の心臓が、再び確かな鼓動を取り戻します。どうやって声を届けているのかは分からないけれど、コウなら何とでもしてしまうのでしょうね。


私は、ゆっくりと顔を上げました。目の前には、教皇聖下が、厳かな表情で私を見つめておられる。その尊いお姿も、周囲を取り巻く数万の巡礼者たちの敬虔な祈りさえも、今の私には、どこか遠い世界の出来事のように感じられました。私の全ての意識は、ただ一点。地下深くで戦う彼と、そして、これから私が成すべき使命に、静かに、そして強く集中していました。


「星の乙女よ。時は、満ちた。今こそ、その清らかなる魂を、天へと解き放ち……『我らが母』の声を聞くのです」


教皇聖下の荘厳なお言葉が、儀式の最終段階の始まりを告げられました。

私は、静かに頷き、覚悟を胸に一歩、前へと踏み出しました。そして、古の祭壇…『我らが母』との対話を果たすための、その冷たい石の座へ、祈りを込めて、そっと両手を差し伸べました。


その指先が触れた、瞬間。

世界から、音が消え失せます。


私の意識は、肉体という器を離れ、光の奔流の中へと、導かれていくのです。無数の情報、幾何学的な紋様、そして、聞こえるはずのない、星々の歌。その神聖なる渦が、私という個を融かし、取り込もうとしていました。


(これが……『我らが母』の、意識……!)


けれど、この聖なる光の流れの中に、あってはならない「何か」を感じました。それは、黒く、冷たい鎖のよう。神聖なはずのこの場所に、まるで悪性の病のように巣食い、美しい光の秩序を、次々と穢し、歪めていくのです。……ああ、神託で視た、あの不吉な光景は、このことだったのですね。



《マスター。セレスティアの意識が、『マザー』のシステムと正常にリンクしました。 ですが、敵の論理汚染ロジック・コンタミネーションも、同時に活性化。 システム中枢への侵食率が、急速に上昇しています》


アイの警告が、地下での死闘の喧騒を切り裂き、俺の脳内に響く。


「くそっ、間に合うか……!」


俺は聖殿騎士団が築いた盾の壁の背後で触媒の出力を最大まで引き上げ、アイの全演算能力を、敵が仕掛けた「汚染された聖句ヴァース」の解析に集中させていた。


「どうだ、ガーディアン! 敵のウイルスの構造は、まだ掴めないのか!」


『……奴らの思考は、あまりにも歪んでいる。自己増殖しながら、対象の論理構造そのものを否定し、混沌へと還元させる……。これは、創造ではない。ただ、無秩序なだけの、冒涜的なるプログラムだ』


ガーディアンの思考にさえ、焦りの色が混じる。俺たちの目の前で、聖殿騎士たちが次々と倒れていく。彼らの鋼の鎧も、揺るぎない信仰も、『鎖の紋章』が使う古代遺物の、異質な力の前に、あまりにも無力だった。


「団長! 西側の防衛ラインが破られます!」


「怯むな! 教皇聖下と、星の乙女様をお守りするのだ! ここを死守しろ!」


マティウス団長の檄が飛ぶ。だが、戦況は、絶望的だった。


地上の大聖堂でも、異変は起きていた。祭壇に立つセレスティアの身体が、突如、青白い光に包まれ、激しく痙攣を始めたのだ。


「な、何事だ……!?」


「星の乙女様が……!」


巡礼者たちの間に、動揺が走る。


「見よ! あれこそが、真の神託の始まり!」


「おお、神よ! 我らの祈りが、ついに……!」


だが、その熱狂は、すぐに恐怖へと変わった。セレスティアの口から発せられたのは、神の威光を示す荘厳な言葉ではなかった。意味をなさない、どこか機械的なノイズのような音の羅列。そして、彼女の瞳からは、光が失われ、ただ虚空を見つめるだけの、人形のような無表情が浮かんでいた。


『マザー』のシステムが、汚染され始めている今。セレスティアの精神は、そのカオスの奔流に、今にも飲み込まれようとしていた。


そして、都市そのものが悲鳴を上げ始める。ソラリスの街灯が、不規則に明滅を繰り返し、建物の壁面を走るエネルギーラインが、火花を散らす。空中に浮かぶ白亜の道は、その制御を失い、ゆっくりと傾き始めた。


〈セレスティア……!〉


彼女の意識が、遠のいていくのが、俺には分かった。脳内のリンクを通じて、彼女の悲鳴が、助けを求める声が、俺の魂を直接揺さぶる。


〈アイ! ガーディアン! 解析はまだか!〉


《……マスター。敵のロジック・コアの脆弱性を発見しました。》


アイの声が、絶望の闇を切り裂く、一筋の光となった。


《彼らのプログラムは、対象を『支配』し、『束縛』することに特化しています。ですが、その構造上、予測不可能な、完全に『自由』なアルゴリズムに対して、極めて脆い反応を示すことが判明しました。》


『自由……。そうだ、来訪者よ。我が父は、この世界の生命に、進化の『自由』を与えた。それこそが、奴らの歪んだ『支配』の理を打ち破る、唯一の鍵……。』


自由。その言葉が、俺の脳内で、一つの解へと収束する。


「アイ! 今から俺が、対抗プログラムを構築する! お前は、それをリアルタイムで最適化し、『マザー』のシステム言語へと変換しろ!」


俺は、目を閉じ、意識の全てを、思考の深淵へと沈めていった。 そこに描くのは、固定されたプログラムではなく、生命そのものだ。


まず、土台となるのは、俺が生まれ育った宇宙の物理法則。万物は流転し、エントロピーは増大し、秩序は常に混沌へと向かう。その、冷徹で、しかし美しい宇宙の理を、プログラムの骨格とする。


次に、そこに、この世界の独自の理――『魔素(エーテロン)』という変数を加える。それは、観測者の意志にさえ影響を受ける、極めて不確定で、気まぐれなエネルギー。この予測不能な要素を、骨格に絡みつく筋肉のように配置していく。


そして、最後に、魂を吹き込む。宇宙商人として、様々な文明や価値観と渡り合い、交渉し、時には騙し、出し抜いてきた、俺自身の経験。固定観念に縛られず、常にルールの穴を探し、逆境を好機へと転化させてきた、そのしたたかな思考。それを、このプログラムの神経として、隅々にまで張り巡らせる。


それは、もはやプログラムの構築というよりも、一つの、新しい生命を創造する行為に近かった。思考の速度が、光を超えて加速していく。頭の中で、無数の可能性が生まれ、淘汰され、そして、一つの究極の形へと収斂していく。


《対抗プログラム、『ジェネシス』、構築完了! 実行します!》


アイの宣言と共に、俺たちの反撃が、始まった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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