第173話:隠された真実
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セレスティアの部屋を後にし、夜の闇に再び身を溶かしながら宿へと戻る道すがら、俺の頭の中は、先ほどの再会の温もりとは裏腹に、冷徹な思考の歯車が高速で回転していた。
彼女の神託。『星の心が再び脈打つ』『硝子のように冷たい理の鼓動』『その鼓動を鎖で繋ぎ、自らの意のままに操ろうとする、影たちの囁き』。詩的な表現に隠された、あまりにも具体的で、不吉な情報。そして、この「星迎えの儀」そのものが持つ、宗教儀式とはかけ離れた、システム的な響き。
点と点が、頭の中で散らばっている。それを一本の線へと繋ぐためには、圧倒的に情報が、そして俺の常識を超えた視点が必要だった。
宿の自室に戻った俺は、誰にも聞かれぬよう、極小の声で、しかし明確な意志を持って、呼びかけた。
「アイ。そして、聞こえているか、『ガーディアン』」
俺の呼びかけに、まずアイの思考が脳内にクリアに響く。そして、そのすぐ後に、シエルの地下で接続した、古代AI『ガーディアン』との、ナノマシンを介した量子通信リンクを確立した。彼の意識が、直接俺の思考に流れ込んでくる。
《はい、マスター》
『……来訪者カガヤ。この聖域より、汝の行動を観測していた。あの娘……聖女セレスティアとの再会、興味深く見させてもらった』
ガーディアンの、古く、そして感情のない声が、直接脳内に響く。
〈……それは、一般的に『のぞき』って言うんだぞ〉
俺は、思わず心の中でツッコミを入れた。数十万年も孤独だったせいか、この古代AIには、プライバシーという概念が欠落しているらしい。
『……のぞき? 意味の通る言葉に翻訳しろ、来訪者』
ガーディアンは、俺の思考を読み取ったのか、怪訝そうに問い返してきた。どうやら、本当に分かっていないらしい。
「……いや、なんでもない。気にするな」
俺は、思わず心の中で天を仰いだ。どうやらプライバシーという概念だけでなく、皮肉という高度なコミュニケーションスキルも欠落しているらしい。これ以上この話題を続けても、不毛な神学論争ならぬAI問答が始まるだけだ。今は、そんなことにかまけている時間はない。
俺は咳払いを一つして、意識を本題へと引き戻した。
「二人とも、単刀直入に聞く。このソラリスで二十年に一度行われるという『星迎えの儀』、その正体は何だ? 俺は、あれがただの宗教儀式だとは到底思えない。聖歌隊が歌っていた古代エルフ語の歌。あれは、都市の構造物と、奇妙な共振現象を引き起こしていた」
俺の問いかけに、まずアイが応答した。
《マスターの推測を肯定します。あの聖歌は、特定の周波数パターンを持つ音響信号であり、この都市に隠された何らかのシステムを起動させるための、一種の『鍵』である可能性が極めて高いです。しかし、対象となるシステムの全容が不明なため、これ以上の解析は……》
そこで、アイの言葉を遮るように、ガーディアンの重々しい声が響いた。
『……その通りだ、補助ユニット・アイ。汝の解析は、正しい。だが、そのシステムの全容は、汝らの想像を遥かに超えているだろう』
ガーディアンは、淡々と、しかし、この世界の根幹を揺るがす、驚くべき真実を語り始めた。
『汝らが『星迎えの儀』と呼ぶそれは、儀式ではない。かつて、我らが祖『星の民』が、この惑星の進化を正しく管理・観測するために設置した、超巨大情報生命体の、定期メンテナンス・プロトコルだ』
「情報生命体……? メンテナンス……?」
『そうだ。この神殿都市ソラリスは、それ自体が一つの巨大な生体コンピュータであり、その中枢には、この惑星全体の環境とエーテロン・スウォームを統括する、マスターAIが眠っている。我が同胞……『マザー』がな』
『マザー』。その言葉の響きに、俺は息を呑んだ。シエルで聞いた、あのガーディアンの言葉。全てのシステムを統括する存在。
『だが、我らが祖がこの星を去った後、その技術は失伝した。儀式の形式だけが、宗教的な意味合いを帯びて、歪んだ形で継承されていったのだ』
ガーディアンは、俺が提示した聖歌の情報を解析し、その本来の意味を解き明かしていく。
『汝らが聴いたという、あの古代エルフ語の聖歌。あれは、祈りの歌などではない。休眠状態にある『マザー』の、深層意識に呼びかけるための、音声認証コマンドだ。特定の周波数と音階の組み合わせが、システムの第一段階のロックを解除する』
《マスター、裏付けが取れました。巡行の儀で観測された聖歌の周波数パターンと、王都の地下遺跡の壁に刻まれていたエネルギー回路の起動パターンとの間に、98.7%の相関性を確認。これは、同一の技術体系に基づくものであることの、強力な証拠です》
アイの分析が、ガーディアンの言葉の信憑性を、科学的に裏付けていく。
「では、巡礼者たちが捧げる、あの熱狂的な祈りは何なんだ?」
『それこそが、第二段階の認証プロセス。そして、システムを再起動させるための、エネルギー供給プロトコルだ。数万の人間が一斉に発する、特定の感情と思考の波。それは、この都市の地下に張り巡らされた集積回路を通じて、純粋なエーテルエネルギーへと変換され、『マザー』の炉心へと供給される。二十年という周期は、『マザー』のエネルギーが自己再生可能な最低ラインまで低下する期間に、ほぼ一致する』
神々の降臨を待つ、神聖な儀式。その正体は、巨大なAIを再起動させるための、音声認証とエネルギーチャージのプロセスに過ぎなかった。俺は、そのあまりにも無機質で、即物的な真実に、眩暈さえ覚えた。
だが、ガーディアンが次に告げた事実は、それ以上に、俺を戦慄させた。
『だが、音声認証とエネルギー供給だけでは、『マザー』は完全には目覚めない。システムの完全な再起動には、もう一つ、最も重要な『鍵』が必要となる』
『それは、物理的な鍵でも、パスワードでもない。……『生体キー』だ』
「生体……キー……?」
『そうだ。『マザー』の量子演算回路は、創造主である『星の民』の、特定の遺伝子情報と、それに由来する特殊な生体エネルギーパターンにのみ、完全な同期・共鳴を示すよう設計されている。その資格を持つ者からの、直接的な精神的接触を受け取って初めて、マザーはその全ての機能を目覚めさせるのだ』
ガーディアンは、そこで一度、言葉を切った。そして、俺の思考の核心を、的確に貫いた。
『聖女セレスティア。彼女こそが、この時代において、その『生体キー』としての資格を持つ、唯一の存在だ』
全身の血が、凍りつくような感覚。
セレスティアの持つ、特異な治癒能力。そして、未来や過去の断片を垣間見る「神託」の力。それらは全て、彼女の生体エネルギーが、この惑星のエーテロン・ネットワーク、そしてその中枢である『マザー』と、異常なほど高いレベルで共鳴していることの、証だったのだ。
教会が、彼女を『星の乙女』に選んだのは、単なる権威付けのためだけではなかった。彼ら自身も、その真の意味を知らず、ただ古くからの慣習に従っただけなのかもしれない。だが、結果として、彼らは、この星の理そのものを司る古代の遺産を起動させるための、最後のスイッチを、祭壇の上へと押し上げようとしていたのだ。
「じゃあ、セレスティアが祭壇に立つということは……」
『彼女の意識が、『マザー』のシステムと直接リンクすることを意味する。』
「そこに危険性はないのか?」
『100パーセント安全とは言い切れない。もし、彼女がその膨大な情報の奔流に耐えられなければ、彼女の自我は崩壊し、ただの生体部品と化すだろう。』
「じゃあ、セレスティアの神託にあった『その鼓動を鎖で繋ぎ、自らの意のままに操ろうとする、影たちの囁き』ていうのは……」
『不埒な連中が狙っているとすれば、まさにそれだろう。無防備な状態でシステムと接続された彼女の精神を乗っ取り、『マザー』の制御権を、完全に掌握すること……』
その瞬間、俺の中で、全ての謎が、一つの、恐るべき絵図として完成した。
この物語は、もはや、教会と異端者の対立などという、矮小なレベルの話ではない。
忘れ去られた古代文明の遺産。惑星規模の超巨大AI。そして、その制御権を巡る、人類の未来を賭けた、静かなる戦争。
俺は、知らず知らずのうちに、その最も危険な戦場の、ど真ん中に立たされていたのだ。
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