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第171話:星乙女の巡行

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

神殿都市ソラリスに滞在して、五日が過ぎた。ラウルスと名乗る神官との、丁重さを装った腹の探り合いは、毎夜のように続いていた。彼は、俺の『理術』の正体を探ろうと、様々な角度から神学的な問いを投げかけてくる。俺もまた、その対話の中から、教会、特にサルディウス派の思惑と、彼らがどこまで俺の素性を把握しているのかを分析していた。静かな、しかし息の詰まるような情報戦。それは、この天空都市の清浄な空気とは裏腹に、俺の神経をじりじりとすり減らしていった。


そして、その日は来た。

「星迎えの儀」の最初の神事、『聖別と巡行』が執り行われる日。


早朝から、ソラリスの街は、これまでにないほどの神聖な熱気に包まれていた。白亜の街路は掃き清められ、建物のバルコニーからは、教会の紋章が描かれた純白の垂れ幕がいくつも下げられている。どこからともなく、清らかな聖歌の調べが風に乗って聞こえてきた。


俺は、他の巡礼者たちに紛れ、大聖堂へと続く中央参道に、その行列が姿を現すのを待っていた。もちろん、背後には、今日も変わらず、教会の見えざる監視の目が光っている。


やがて、大聖堂の巨大な扉が、重々しい音を立てて開かれた。

最初に現れたのは、白銀の鎧に身を固めた、聖殿騎士団の精鋭たちだった。彼らは、寸分の狂いもない隊列を組み、その厳粛な足取りで、参道を清めていく。彼らが通り過ぎるたび、沿道に集まった巡礼者たちは、まるで波が引くように、その場にひざまずき、深く頭を垂れた。


次に、純白の助祭服をまとった聖歌隊が、銀の香炉を揺らしながら現れる。彼らの口から紡がれる古代エルフ語の聖歌は、この都市の澄み切った大気に共鳴し、人の魂を直接震わせるかのような、不思議な響きを持っていた。


《マスター。この聖歌の周波数パターンを分析。特定の音階が、この都市の構造物と、微弱な共振現象を引き起こしています。これは、何らかのシステムを起動させるための、音響認証コードである可能性が……》


アイの分析は、この儀式が、やはりただの宗教行事ではないことを裏付けていた。


そして、ついに、その中心が現れる。

十数人の高位神官たちに囲まれ、黄金と白銀で装飾された、豪奢な輿(こし)が、ゆっくりと姿を現した。輿の四方には、透けるほど薄い絹の帳が下げられ、その奥に座る人物の姿を、神秘のヴェールで覆い隠している。


あれが、『星の乙女』。

二十年に一度、神の言葉を授かるために選ばれた、最も清らかなる存在。巡礼者たちの祈りと期待が、一つの奔流となって、その輿へと注がれていく。俺は、その熱狂の渦の中心を、ただ冷静に、そして科学者としての冷めた目で観察していた。一体、どんな少女が、この茶番の主役を演じさせられているのか、と。


輿が、俺の立つ場所の正面に差し掛かった、まさにその時だった。

ふわり、と。気まぐれな風が吹き、輿の帳を、ほんの一瞬だけ、優しくめくり上げた。


その瞬間、俺は、息をすることを忘れた。

帳の奥、柔らかな陽光を浴びて、一人の少女が、静かに祈りを捧げていた。


陽光を反射して輝く、プラチナブロンドの髪。宝石のように澄み切った、大きな碧色の瞳。神々しいまでのその美貌は、俺の記憶の奥底に、あまりにも鮮烈に、そして深く刻み込まれている。


「―――セレスティア」


俺の唇から、覚悟と、そして抑えきれない痛みを伴った声が漏れた。

やはり、そうか。


この儀式の話を聞いた時から、胸の奥で燻っていた一つの仮説が、今、確信へと変わった。彼女が『星の乙女』に選ばれるだろうことは、予測できていた。教会が、彼女の持つ聖女としての奇蹟の力と、星迎えの儀との親和性を見逃すはずがない。だが、頭で理解することと、実際にこの目で、数万の信仰の中心に据えられた彼女の姿を見ることは、全く違う種類の衝撃を俺に与えた。


彼女は、自らの意志でここに来たのか? それとも、教会に利用されているだけなのか? 王都で交わした約束、彼女が見せた覚悟の表情が脳裏をよぎる。しかし、今の俺には判断がつかない。ただ一つ確かなのは、この儀式の中心に、この世界の理を解き明かす鍵であり、そして何よりも俺が守らなければならない大切な仲間がいるということだ。


俺の視線に気づいたのだろうか。輿の中のセレスティアが、ふと、その伏せていた顔を上げた。そして、彼女の碧色の瞳が、人垣の中に立つ俺の姿を、確かに捉えた。


その瞳が、驚きに、大きく見開かれる。だが、それは一瞬のこと。次の瞬間、その表情は、再会の喜びとも、助けを求める懇願とも、あるいは共に戦う覚悟の確認とも取れる、極めて複雑な色を帯びて、強く俺を射抜いた。


唇が、動く。声にはならない、小さな動き。そこに込められた意味を読み取ることはできない。だが、彼女が俺という存在を認識し、何らかのメッセージを送ろうとしていることだけは、確かだった。


輿は、無情にも、俺の前を通り過ぎていく。再び帳が下ろされ、彼女の姿は、聖なるヴェールの向こうへと隠されてしまった。


後に残されたのは、耳を聾するほどの聖歌と、巡礼者たちの祈りの声。そして、その熱狂のただ中で、俺は一つの結論に達していた。


俺は、熱狂する群衆の中で、ただ一人、静かに思考を巡らせた。


〈この儀式の『理』を、完全に解き明かすこと。それこそが、この星の、あまりにも不自然でアンバランスな文明の謎を解く鍵になるはずだ〉


それは、感傷や誓いではない。目の前に提示された最大の謎に挑むための、冷静で、しかし揺るぎない決意だった。


俺の視線の先、大聖堂へと続く白亜の道は、セレスティアを乗せた輿を、ゆっくりと、そして確実に、その深奥へと飲み込んでいく。


この神殿都市が、これから、俺と彼女にとって、真実を探究するための、試練の場となることを、俺は静かに、しかし、はっきりと確信していた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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