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第19話:初めての対話

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

森に、死臭と血の匂いに満ちた、不気味な静寂が戻ってきた。俺は、魔素の過剰使用による激しい疲労感と、右腕に走る鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと呼吸を整えていた。


目の前には、先ほどまで死の淵を彷徨っていたはずの女戦士が、呆然とした表情で座り込んでいる。彼女は、自らの肩口に手をやり、ほとんど塞がった傷口の感触を確かめては、信じられないといった様子で俺の顔を見る。その瞳に宿るのは、もはや恐怖や驚愕ではない。人知を超えた何かを目の当たりにした人間が抱く、純粋な畏敬の念だった。


しばらくすると、女戦士は覚束ない足取りで立ち上がり、俺の傍へと歩み寄ってきた。


そして、俺が全く理解できない、しかし、切実な響きを持つ言葉で、何かを熱心に話しかけてくる。その表情や身振り手振りから、彼女が心からの感謝を伝えようとしているのは、何となく理解できた。


やがて彼女は、俺の前で深く、深く頭を下げた。そして、何かを決意したかのように顔を上げると、自らが使っていた、血に濡れた大剣を、両手で恭しく俺に差し出してきたのだ。


その顔には、悲壮なまでの覚悟が浮かんでいる。俺は、彼女のその行動に、ただ困惑するしかなかった。感謝されているのは分かる。だが、剣を差し出すとは、一体どういう意味なのだろうか。


〈アイ、あれは何て言ってるんだ? この状況は、どういう意味だ?〉


俺は脳内でアイに問いかけた。


《マスター、言語解析の進捗を報告します。この短時間の対話と、彼女の行動パターンから、基本的な動詞、名詞、助詞、そして感情表現のパターンを約0.3パーセント解析しました。現在彼女が発している音声パターンと、この剣を差し出す行為を照合した結果、推測ではありますが、彼女は『命の恩人』、そして『この身を捧げ、仕える』という意味の言葉を発しています。この文化において、武器を差し出すという行為は、『絶対的な忠誠』を誓う、極めて重い儀式である可能性が高いです。》


アイの冷静な分析に、俺は思わず顔をしかめた。


「忠誠の誓い? 仕える?」


なんでそうなる?


「いやいや、待て待て。俺はただ、見過ごせなかっただけだ。別に、あんたに仕えられる筋合いは……」


俺は慌てて両手を大きく振り、拒絶のジェスチャーを見せた。俺は、誰にも縛られず、自由に星々を巡る宇宙商人だ。誰かに忠誠を誓われるなど、全くもって想定外の事態だ。


しかし、彼女には、俺の言葉もジェスチャーも、全く意図通りには伝わらない。むしろ、俺の拒絶が、彼女をさらに追い詰めているようだった。彼女の表情は、先ほどの決意から一転、深い困惑と、そして悲しみの色を浮かべている。そして、何かを誤解したのか、さらに深く頭を下げ、その場に跪こうとするではないか。


「ちょ、ちょっと待てって! あぁ、畜生!」


俺は頭を抱えた。言葉が通じないというのは、これほどまでに厄介なものなのか。コミュニケーションが取れない苛立ちと、彼女の純粋すぎる忠誠心に対する戸惑いが、俺の心の中で渦巻いていた。彼女を助けたのは、俺自身の意志だ。だが、この結果は、全く予想していなかった。


その時、アイが冷静な提案をしてきた。


《マスター、彼女はまだ完治まではしていません。再び魔獣と遭遇した場合の生存率は、極めて低いと予想されます。彼女自身も、この森で生き抜くには、マスターの力が必要不可欠だと判断しているのではないでしょうか。ここは一時的に彼女を保護し、安全を確保した上で言語解析を進め、状況を正確に説明してから、彼女の意思を改めて確認するのが、最も効率的かつ人道的です。》


アイの言う通りだ。彼女をこのまま置き去りにすれば、再び魔獣の餌食になるだろう。彼女が生き残る可能性は低い。それに、この世界で初めて出会った人間だ。もしかしたら、この星の文明や地理、そして「魔素」について、何か重要な情報が得られるかもしれない。彼女を保護し、言語の壁を乗り越えることが、現状、最も合理的で、俺の生存にも繋がる選択だ。


俺は頷き、アイに、安全な場所まで案内するよう指示した。アルカディア号の存在を隠し、俺が異なる星から来た「異星人」であると悟られないよう、細心の注意を払う必要がある。今の様子を窺うに、彼女にとって、俺の存在はすでに常識を超えているはずだ。これ以上、彼女を混乱させては、後々面倒なことになるかもしれない。


アイは、最適なルートを算出し、俺に指示を送る。


「こっちだ」


俺は、できるだけ安心させるように、精一杯の笑顔で、女戦士に手招きした。彼女は俺の顔を数秒見つめた後、何かを諦めたように、しかし、どこか安堵したような表情で小さく頷き、恐る恐る、ゆっくりと俺の後についてきた。


森をしばらく進んだ先、以前、魔素リアクターの材料となる結晶を採取した、あの洞窟に到着した。魔獣の痕跡がなく、身を隠すのに適しているとアイが報告していた場所で、緊急時の避難場所として確保していたものだ。


「ここだ」


俺は彼女を洞窟へと招き入れた。


中は、壁一面に群生する苔が放つ淡い青白い光で、ぼんやりと照らされている。天井から滴り落ちる水滴が、洞窟の奥にある泉に落ちて、静かに反響していた。


雨風をしのぎ、二人で身を寄せるには十分な広さだった。


俺は、携帯用の着火装置で焚き火を起こし、わずかながら暖を取る。パチパチと薪がはぜる音と、揺らめく炎の光が、張り詰めていた空気を少しずつ和らげていく。彼女との間に、少しずつではあるが、警戒が解け、安堵の雰囲気が広がるのを感じた。


《マスター、言語解析が1.6パーセント完了しました。彼女の言語体系の基礎的な構造を把握。単純な会話であれば、意思疎通が可能です。》


アイの声が、俺の脳内に響いた。その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は、期待に大きく高鳴った。あの事故から約三ヶ月。この星に来て初めて、人と会話することができるかもしれない。隔絶された世界に、僅かながらも光が差し込んだような感覚だった。


俺は、焚き火の向こう側に座る女戦士に向き直り、アイから送られてくる音声データを元に、ゆっくりと口を開いた。ぎこちなく、片言ではあるが、彼女の使う言語が、俺の口から紡がれた。


「はじめまして。俺は、カガヤ。あんた……大丈夫か?」


俺の言葉が、明確な意味を持って彼女の耳に届いた瞬間、彼女の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれた。その目には、驚愕と、そして深い安堵が入り混じった、複雑な感情が渦巻いている。そして、震える声で、彼女は口を開いた。


「な、なんて……あなたは……私、私は……クゼルファ。あなたは、まさか……『神の御使い』様、ですか……?」


彼女の声は震えていた。が、俺はその言葉に、思わず苦笑いを浮かべた。


どうやら、俺の異世界での立ち位置は、想像以上に、奇妙で、そして厄介なものになりそうだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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