第163話:古代兵器の呼び声
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静寂が、聖域を支配していた。ローディア騎士団の長年の信仰を集めてきたその場所は、しかし、神聖という言葉だけでは形容しがたい、異質な空気に満ちていた。壁や床を構成する、継ぎ目のない滑らかな素材。自ら淡い光を放つその材質は、俺の知るどの金属とも、どの石材とも違う。まるで、一つの巨大な生命体の体内に入り込んでしまったかのような、不思議な圧迫感があった。
〈アイ。この空間の材質を分析。有機物か、無機物か?〉
《……判定不能。生命活動は検知されませんが、極めて緩慢な代謝活動のようなエネルギーの流れを観測します。定義上、どちらにも分類できません》
その中心に、神話に謳われる神造兵装『ブリュンヒルデ』は静かに安置されていた。流線型の、有機的な曲線を描く白銀の全身鎧。そして、その傍らに置かれた水晶の刀身を持つ長剣。俺は、その古代兵器――いや、パワードスーツと呼ぶべき代物の前に立ち、数時間にわたってその解析に没頭していた。
〈アイ。やはり動力炉の構造が掴めない。エネルギーの流れが、あまりにもブラックボックス化されすぎている〉
《はい、マスター。エネルギーシグネチャを多角的にスキャンしていますが、既知のいかなる動力システムともパターンが一致しません。自己完結し、完全に閉じた系を形成しています。まるで、外部からの特定の『鍵』がなければ、決して開くことのできない箱のようです》
〈鍵、か……〉
この数時間、俺たちはこの古代兵器を構成する、特異なテクノロジーの断片を、一つ一つ解き明かしてきた。自己修復機能を持つナノマシン、着用者の思考に反応する神経接続インターフェースの痕跡。その基本原理は俺の知る技術体系と共通する部分も多い。だが、この惑星特有の魔素を触媒として、ここまでの高効率なシステムを、これほどコンパクトなユニットに収めている。その設計思想は、俺のいた地球連邦のそれとは明らかに異質であり、そして、ある意味では凌駕しているとさえ言えた。だが、その心臓部である動力炉だけが、頑なに我々の解析を拒んでいる。
《マスター。このテクノロジーには、いくつかの矛盾点が検出されます。この兵装は、惑星文明レベルの技術と、それを遥かに超越したオーバーテクノロジーが混在しており、技術的なアンバランスが見られます》
〈つまり、このパワードスーツは古代エルフの純粋な技術だけじゃない、と?〉
《はい。シエルのガーディアンから得た情報を鑑みるに、動力源や自己修復機能の根幹をなすエーテロン・スウォームは、『星の民』が外部から持ち込んだものです。古代エルフが、その提供された基盤技術を応用してこの兵装を完成させたと考えるのが、最も合理的な仮説です》
〈星の民の技術を、エルフがカスタマイズしたってわけか。なるほどな……。だから動力炉だけが、突出して高度なブラックボックスになっているのかもしれん〉
背後では、ローディア騎士団総長ギデオンが、腕を組み、何も言わずにその様子を見守っていた。彼もまた、このパワードスーツの正体が、自らの信仰を超えた何かであることを、目の当たりにしているのだ。彼の、全てを見透かすかのような鋼色の瞳は、俺の一挙手一投足を、鋭く、そして静かに観察していた。その視線は、単なる好奇心ではない。自らが統べる国の根幹を揺るがしかねない真実を前にした、指導者としての覚悟と苦悩の色を帯びていた。
《マスター。解析を進めた結果、一つの結論に達しました。このパワードスーツは、現在、外部からの起動信号を待つ『スリープモード』にあります。自己診断プロトコルが、特定周波数のハンドシェイク信号を、半永久的に待機している状態です。そして、その信号を発信しているであろうマスターユニットの存在が、論理的に推測されます》
〈マスターユニット……〉
その言葉が、俺の脳裏に眠っていた記憶の回路を、激しくスパークさせた。そうだ、思い出した。シエルの地下で対話した、あの古代AI「ガーディアン」。彼が最後に遺した、道標。
『全てのシステムを統括しているのは、聖地ソラリスに眠る、私の同胞……マスターユニット『マザー』だ』
シエルで起きた悲劇も、このローディア騎士王国が抱える信仰の謎も、その根源は一つの場所に繋がっている。点と点が結びつき、壮大な線を描き出す。その感覚に、俺は科学者としての純粋な興奮を覚えていた。
「……ソラリス」
俺は、思わずその名を口にしていた。それは、確信に満ちた、静かな呟きだった。
「どうした、カガヤ殿」
俺の呟きに、背後で沈黙を守っていたギデオンが、初めて重々しく反応した。彼の声には、俺が何かを掴んだことを察知した、鋭い響きがあった。
「いえ……」
俺はゆっくりと彼に向き直った。
「この鎧、いえ、『ブリュンヒルде』を完全に目覚めさせるための手がかりが、どこにあるのか、分かった気がしただけです」
俺の言葉に、ギデオンの鋼色の瞳が、鋭く光った。駆け引きは不要だ。俺は、この国の最高権力者である彼に、自らの推論を隠すことなく語ることにした。
「この鎧は、今の状態では不完全です。操り人形を思い浮かべてください。人形が動くには、糸を引く操り手が必要です。この鎧も同じで、真の力を発揮するには、どこか別の場所にいる『操り手』からの命令がなくてはならない。そして、その『操り手』がいる場所……」
「それがソラリスと言うことか」
「はい。」
俺は、ギデオンの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「神殿都市ソラリス。そこに、この世界の、そしてこの国の本当の秘密が眠っているはずです」
俺の言葉は、この聖域の静寂を切り裂く、一つの挑戦状だった。彼の信仰の対象が、実は制御不能な古代兵器であり、その制御キーが、他ならぬ俺を『異端者』として追い詰めた正教会の総本山にある。これほど、皮肉で、残酷な真実があるだろうか。
ギデオンは、俺の言葉に何も答えなかった。ただ、その鋼色の瞳で、俺という存在の奥底を、値踏みするかのように見つめている。彼の脳裏では、俺の言葉の真偽と、それがこの国にもたらすであろう影響を、冷静に、そして猛烈な速度で天秤にかけているのだろう。彼の顔に刻まれた深い皺が、さらに深くなったように見えた。
やがて、彼は重々しく口を開いた。
「……ソラリス、か。正教会の総本山。我ら騎士団といえど、容易に手出しできる場所ではない。下手に動けば、それは王国と教会の全面的な対立を意味する。……だが」
彼は、聖域に安置されたパワードスーツへと、再び視線を向けた。彼の信じる『戦乙女』、その神聖なる武具『ブリュンヒルデ』が、数百年もの間、誰にも応えず眠り続けているという事実。それは、騎士団総長である彼が、常に抱えてきた最大の重荷だった。だが今、その制御の鍵が、正教会の総本山ソラリスにあるという可能性が示された。長年の謎に光が差すと同時に、それは騎士団と国の運命を、異邦人の手に委ねかねないという、新たな苦悩の始まりでもあった。
「君の言う通り、この『ブリュンヒルデ』の謎を解き明かすことが、この国の真の守りを目覚めさせる鍵となるのかもしれない。……よろしい。カガヤ殿、君のソラリスへの旅を、ローディア騎士王国が全面的に支援しよう」
「よろしいのですか?私のような者に、そこまで……」
その決断の重さに、俺は思わず問い返した。それは、彼自身の信仰を、そしてこの国の秩序を、俺という得体の知れない異邦人に委ねるという、あまりにも大きな賭けだった。
「ああ」
彼は、静かに、しかし揺るぎない声で言った。
「君は、もはや単なる旅人ではない。この国の未来を左右する、重要な『特使』だ。これを持っていけ」
ギデオンは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、ローディア騎士団総長の印章が、厳かに押されている。それは、道中の安全を保障し、各国の関所での便宜を図るための、公式な身分証明書だった。これがあれば、怪しげな旅人としてではなく、ローディア騎士団の公的な使者として、堂々と旅を続けることができる。
「感謝します、総長殿」
俺は、その羊皮紙を、両手で確かに受け取った。その羊皮紙に込められた、国の未来を左右する使命の重さを、俺は確かに感じ取っていた。
この古代兵器の謎を解き明かすことが、この世界の真の歴史と、「星の民」の正体を知る鍵となる。それは、セレスティアの力の根源、そしてこの星が抱える数多の謎を解き明かすための、重要な一歩だ。そして、仲間たちの未来を守るための、確かな力にも繋がるはずだ。
俺は、その羊皮紙を、守り刀のように懐にしまった。ローディア騎士団総長という、これ以上ない後ろ盾。だが、ソラリスは正教会の総本山。俺を異端者と断じた者たちの巣窟だ。そこは、理も、理術も通用しない、信仰という名の戦場。この騎士の国から始まる旅は、これまでとは全く質の違う、静かな戦いの始まりを告げていた。
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