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第18話:邂逅

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

俺は、静かに右腕を上げた。意識を集中させ、ら斥力フィールドを断続的に射出する。音もなく、ただ空間が歪む。そして、一頭、また一頭と、狼型魔獣たちが、まるで巨人の手で握り潰されたかのように、肉塊へと変わっていく。


残った数頭の狼型魔獣たちは、ついに恐怖に屈したのか、悲鳴のような遠吠えを上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。だが、それさえも見逃すつもりはなかった。


振り返ることなく、ただ腕を振るう。その度に、逃げる魔獣たちの進路上に、見えない壁――斥力結界を隆起させ、激突した彼らはあっけなく絶命していった。


斥力結界が霧散すると、森に、死臭と血の匂いに満ちた、不気味な静寂が戻ってきた。俺の周囲には、原型を留めないほどに引き裂かれた、狼型魔獣の残骸が転がっている。

さっきまでの喧騒が嘘のように、風が木々の葉を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえた。


「ふぅ……何とかなったな。アイ、サンキュー」


俺は荒い息を整えながら、安堵のため息をついた。アドレナリンの奔流が引き、全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐える。魔素の過剰使用による疲労感が、鉛のように体にのしかかっていた。特に、最後の斥力結界を放った右腕は、まだジンジンと痺れ、熱を持っている。


《マスター。礼には及びません。生存プロトコルの遂行です。それよりも、対象の女性です。》


「そうだな」


アイの言葉に促され、俺は女戦士の方を振り返った。彼女は、地面に倒れたまま、呆然とした表情で、今しがた肉塊と化した魔獣の残骸と、俺を交互に見ていた。その目には、畏怖、驚愕、そして困惑が入り混じっている。それもそうだろう。彼女の常識では理解できないであろう現象を、俺が引き起こしたのだから。


それにしても、その姿が俺たち人類と何の遜色もないことに、俺は改めて驚きを覚える。黒い髪、褐色の肌、鳶色の瞳。そして、俺たちと同じ、二つの腕と二本の脚。この星の生態系が、地球のそれをモデルにしているのではないかと予想はしていたが、ここまでとは。


俺は彼女の元へと歩み寄った。


すると、倒れている彼女の酷い傷跡が、俺の目に飛び込んできた。狼型の魔獣に喰らいつかれたであろう、肩口の深い裂傷。そこから、夥しい量の血が流れ出し、彼女が身につけた革鎧を赤黒く染めている。深まる土気色の顔、止まらない出血。このままでは、ショック死か、出血多量で死ぬか、時間の問題だろう。


見殺しにしないと決めたんだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。


「アイ、治療できるか? 」


《可能です、マスター。ただし、医療用ナノマシンの通常投与、例えば直接噴霧や注入は、彼女の身体に予期せぬ拒否反応を起こす可能性があります。対象の免疫システムが、ナノマシンを未知の病原体と誤認するリスクを排除できません》


「じゃあ、どうする?」


《安全を考慮し、経口摂取による微量投与から試みます。消化器官を通して、ゆっくりと体内に吸収させることで、拒否反応を最小限に抑えることができると予測します。最も安全な方法として、水に溶かし込むことを推奨します》


アイの報告に、俺は頷いた。地球と全く異なる進化を遂げたであろう生命体に対し、安易な治療法を施すのは危険だと、俺にも容易に想像できた。彼女の身体システムに、致命的なダメージを与える可能性だってあるかもしれない。これは、未知の患者に対する、初めての臨床試験のようなものだ。


俺はアルカディア号から持ち出した小型の浄水器で水を生成し、携帯用水筒に満たした。その水筒に、アイの指示で、医療用ナノマシンのカプセルを一つ、慎重に投入する。カプセルが溶け、透明な水は、わずかに青白い光を放ちながら、水面に小さな渦を巻いた。それは、投入されたナノマシンが、水中で活性化している証拠だった。


俺は、意識を失いかけている女戦士の傍らに膝をつき、水筒を差し出した。彼女は朦朧とした意識の中で、俺の突然の行動に、警戒した目でそれを見る。だが、俺の必死な表情と、水筒から微かに放たれる不思議な光に、何かを感じ取ったようだった。


「ヒャ……、ヒュグ……」


その時、女戦士が、震える声で何かを言いながら、俺を止めようと手を伸ばしてきた。彼女の表情には、俺への恐怖と、奇妙な水への不信感が入り混じっている。その言葉は、俺には全く理解できない、未知の言語だった。喉の奥から絞り出すような、乾いた響き。


「大丈夫だ。言葉は伝わらないかもしれないが、頼むから飲んでくれ。これは、薬だ」


俺は、できるだけ穏やかな声で、身振り手振りを交えながら、必死に訴えかけた。彼女は依然として警戒心を解かない。その瞳は、俺が差し出す水筒と、俺の顔とを、不安げに行き来している。


「だめか。飲んでくれないみたいだ」


俺が脳内でアイにそう伝えた次の瞬間、彼女は小さく頷き、震える手で水筒を受け取った。彼女は、俺が敵ではないことを、直感的に理解したのだろうか。あるいは、死を前にして、最後の望みに賭けたのか。その真意は、俺には分からない。


「ゆっくりだ。ゆっくり飲め」


言葉は通じないことは分かりつつも、俺はそう促した。彼女はゆっくりと水を口に含み、こくり、と喉を鳴らして飲み込んだ。水を飲み干し、暫くすると、彼女の体に、劇的な変化が現れた。


青ざめていた唇に、じわりと血の気が戻る。肩口から滲んでいた出血が、まるで時間を逆再生するかのように、ゆっくりと止まっていく。そして、パックリと開いていた傷口の肉が、微かに蠢き、その縁が少しずつ、しかし確実に塞がっていくのが分かった。体力が急速に回復しているのが、見て取れた。


「ドゥ、ドゥメ……?」


彼女の口から、驚きの声が漏れた。その奇跡的な治癒を目の当たりにし、自らの体に起きた変化が信じられないといった様子で、言葉を失っていた。彼女の視線は、もはや恐怖だけではない。驚きと、そして、人知を超えた何かに対する、畏敬の念が混じり合っていた。


〈なあアイ。ナノマシンは彼女の体内に入ったままで大丈夫か?永続的に影響を与えるのは避けたいんだが〉


俺は、ふと気になったことをアイに尋ねた。


《マスター。ご懸念の通り、永続的な影響は避けるべきですが、それは問題ありません。体内のナノマシンは、損傷部位の修復完了後、排泄物と共に体外へ排出され、自動的に本機へ帰巣します。よって、彼女の身体への影響もほとんどありませんし、再利用も可能です。》


アイの報告に、俺は顔を顰めた。


「……まじかよ……。(それって、使用済みのヤツがまた俺の体内に入ってくるってことか?)」


正直、げんなりした。不時着時の俺の怪我もナノマシンで治した。しかし、まさか体外に出て、また回収されているとは夢にも思わなかった。


《マスター。安心してください。帰巣したナノマシンは、アルカディア号の厳重なフィルターシステムと、分子レベルでの分解・再構築プロセスを経るため、衛生上の問題は一切ありません。》


俺はげんなりしたままの顔で、空を見上げた。安心できるとかできないとかの問題じゃないんだけどなぁ。科学的で合理的だが…、なんとも言えない気分になる。


「あまり知りたくない事実だな」


《そうですか。》


アイは、なんでもないように返事をした。


女戦士は、俺の行動、そして自分が目に見えて回復していく姿に、奇蹟を見ているかのような表情をしていた。その中には、感謝と、そして「理解できないもの」への畏敬の念が混じり合っている。


言葉は通じなくとも、この最初の邂逅で、彼女の心に俺の存在が深く刻まれた瞬間だった。


そして、俺の心にも、この異星で生きる新たな意義が、僅かに芽生えたのを感じていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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